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【I love you...but,】

−−A.D. 2200年・帰路
:古代進と雪の100−No.97「I love you」より



= (1) =

 「――君が好きだ、ユキ」
「……古代くん」
その場面を見てしまったのは偶然だった。
柱の影に咄嗟に身を隠すようにして、松本匠まつもと たくみは宙を仰いだ。
その先を見続けようという気はなかった。
ほぉとため息をつき――
(これで、工藤あいつの想いも、終わりか――)
自分にとっては幸いなことのはずだった。だが、もともと叶わぬ想いではないか。
それがわかっていながら、一途に、自分の内側へ深めていくような彼の恋は、いっ
たいどこへ行くのだろう。そして、自分は――?
松本は、胸の奥の痛みに耐えながらそっとその場を辞した。




 佐々や山本とは最初から気が合った。
山本は同期で、戦闘機隊唯一の生き残り、といってもよい間柄だからそのつながり
は傍目にはわからぬほど強かったが、佐々は何故だったろう。
男だ女だというカテゴリから自由な気がした――自分を特殊な目で見ることもない。
こだわることもない……いや、慣れてくると(隊長の持つ雰囲気の所為か)、BT隊
の連中は皆、そのあたり気持ちの良いヤツが多く、松本匠はヤマトに来て、居心地
の良い場をようやく得たような気すらしていた。
 佐々がそういうことから自由だと見えたのは、それは松本もまだ若かったからと
いえる。
彼女には彼女なりの屈折も、想いもあったが、それに拘泥するほど弱くもなく、ま
た不幸でもなかった。
ヤマトに乗り、仕事にまい進することに懸命だったし、絶望の中での一筋の希望が
得られるだけ、夢がまだあったのだといえる。それに、BT隊の面々は、彼女にと
って、大切な“仲間”だったから。

 「お前――山本にはぜんぜん、そんな気持ち持ってないのか」
え? と松本は、何を言うんだ、というように同僚を見返した。
佐々と2人で当直に立っていた時のことである。格納庫で、ふと彼女はそんなこと
を言い出した。
「だってさ。山本ってバイだろ。――お前、あんな美形とずっと同期で、仲もいい
じゃないか。何も感じないもんなの?」
無邪気な問い――。
松本はストレートのゲイである。いつの頃からか気づき、努力して自分を受け入れ
てきた。軍隊に入ったのも、理由の一つにそれがある。ピアノと、どうしようか
迷った。
だが、芸事は才能という枷があり、早くに判断をするには彼は普通でありすぎた、
と自分で考えたのだ(山本と出会い、その出自を知ってからはますます自分の判断
の正しさに確信を持ったものだ)。また、こんな時代だった――地上の戦いなら、
芸術は人の心に力を持ったかもしれない。だが、相手は、未知の宇宙人。
自分らしく生きられるように――多分に芸術家的精神構造を持った松本にとって、
そこは楽な場ではなかったが、同期で、早くに山本明と出会ったことは幸運だった
といえる。
 佐々の発したような無邪気な問い――それは時に悪意をもって、自分に向け発せ
られた。
だが。
「――そうだなぁ。ぜんぜん無い、かといったらそんなことはないさ。君ら女性
だってそうだろう? 山本の前に出て1分以上平静で居られるのは君とユキくらい
だ」と笑う。
その笑いは屈託が無い。
何故だろう。佐々が何を言おうと平気だった――それは多分に佐々に害意も偏見
も無いからだ。
「ねーねー、訊いてもいい?」少し顔を向けて、少し好奇心丸出し。
「はい?」
「ゲイの人ってさ――友人と恋愛と、どう分けるの?」
いきなり来ましたか……。松本は苦笑した。
「山本がどっちの対象かってこと?」
松本は、佐々が山本を好きなんだろうと思っていた。山本の気持ちはわからない。
佐々を大事に思っていることは見えていたし、彼女にするつもりなのかなとも思う
ことはある。――だが、加藤三郎もいるしな。
「――ん〜…でも。山本には加藤もいるしね」
ぼそ、とつぶやくように彼女は言った。
その表情が固いのは?
 「気づいてたんだ――最近だろ、あいつら。部屋出入りしてたり」嫌そうな顔。
男同士の関係がいやなのか、それとも、山本を加藤に取られたような気がするのか?
それとも、その逆か?

 「――俺と山本は、友人だよ。……同期の、命預けあった相手やつ。親友、という
には加藤に一歩譲らざるを得ないけどね。……とくに最初に入った先はけっこう
ひどくてね。そこで苦労を分かち合った、友だ」
君もわかるだろ、ヤマトに直接来たエリートくんたちと違ってさ。その前にどこか
配属されてたんなら。――地球のどこの軍も荒れてたからさ。
「そうね……そうだったね」佐々はちょっと物思う風だった。
――このは。月基地だったかな。あそこも荒れてた、と聞いた。
「山本は手、出したりしなかったのか? 貴方に」
「あぁ……」ぷふ、と松本は吹き出した。「誤解しないように言っとくけどね――俺
たちだって、誰彼構わずかぶりつくわけじゃない」
佐々は真赤になった。「――だって」
あぁ、かわいいかわいい。――こういうところ、やっぱり純情娘だな。
 わずか1歳だけ年下の佐々葉子。だが、男と女のことはほとんど知らないだろう、
そういう風評には松本も賛成だった。男に混じって平気でいられるのは、潔いこと
もあるが、性的に未分化だということも含まれる。――天翔ける乙女。
 実際は、辛い時に慰めあったことくらいはある。セックスはしていないが、抱き
合ったこともあれば、キスくらいはした。――だが、それはのスキンシップの範囲
だろうと思う。
 松本は、嫌いなヤツに触られると鳥肌が立つ方だ。
それは男でも女でも変わらない。山本や――加藤なら抵抗がない。
後者とはまだ何もないが。…佐々ならどうだろうか? ふと頭を掠めた。
一度、女を愛してみようと思ったこともあったし、心根のキレイな女性と付き合っ
たこともあったが――やはり、肉体関係を結ぶことはできなかった。どうして
も……それは、生まれ持っての性癖だろうし、それが自分だと受け入れられてから
はラクになったのだ。
 山本の最も優れた点は、そういうことで人を区別せず、差別しないところにある。

 山本自身は、その美麗な姿もあり、育った環境もあって、猫をかぶって生きてい
こうと思えばできなくはなかったはずだ。その程度には世間知に長けているのは付
き合っていればわかる。もちろん女を抱くこともできるし、それも嫌いじゃないと
言っていた。現に、訓練学校時代、遊んでいた相手は女性の方が多かった。
「だけど――本気になるのは必ず、男なんだよな…」
ぼそりと松本が言うのに、佐々は頷いた。
「――加藤なのかな……古代かな」
え? と松本は目を上げて、この案外に聡い女性を見つめた。
「佐々――お前」
腕を掴んでいたらしい。「い、痛いっ――いやっ」振りほどかれた。
「――いくらお前が女に興味ないっていっても、それ以上するとセクハラだよっ」
「あ、す、すまん…」動転したから。
 「……それ、誰か気づいてるか?」
心配そうに松本は言うと、ううん、と佐々は首を横に振った。
「――加藤のことが漏れてるから…ってか、2人とも隠さないんだもん。モロバレ」
ぷん、という顔になって、佐々は言った。よほど面白くないんだろう。兄貴がわり
の2人がくっついていると、仲間はずれにされたような気分にもなるのかもしれな
いしな、そんな風にも思う。
「――あとの。そっちはたぶん、誰も」
「――気づかれるなよ」
こくりと佐々は頷いた。でもな……そのうちBT隊にはバレるような気がする。
「仕方ないな―― 一緒に飛べば、わかっちまうこともあるから」
 いかな艦長代理とはいえ、戦闘機隊が発進する時はほとんど古代が前に出て指揮
を執る。そんな中で、見えてしまうものもあるということだ。
「――ユキに、知られるわけにはいかんだろ」
「山本は、大丈夫だよ――強いし。上手くやるだろ、あいつらけっこう仲良いし」
「あぁ……。どうせ、永遠に報われない想いだ」
こくりと佐々は頷いた。



 
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