airアイコン 奪回−宇宙そらの果てで

(1) (2) (3) (4) (5)
    
   
   
【奪回−宇宙そらの果てで】

−−A.D. 2216〜17年頃
:お題2006-No.46「靴音」





(1)

 がががっ、と機銃の掃射する音が頭上に響き、わずかばかり上げた顔の気配を
狙ってきた。
「わっち!」古河大地は首を竦め、崩れかけた手すりを背に、体を隠す。
がしゃん、という音を立てて、佐々葉子が飛び込んできた。
 ! 
 腕を引き、抱きかかえるようにして壁に引き寄せると、間一髪で正射が襲う。
油断無く銃を構えながら大地が顔を向けると、葉子はニッと笑ってみせた。
 「桜井っ! そっち、どうだっ」
下の階に数人、がんばっている下士官たちに声をかける。この位置からだと広間
の柱を通して向こう側に敵勢力。こちらは少数精鋭(!?)。下の階からは第二分隊
が駆け込もうとしていた。「まだっ! あと1分くださいっ」
言葉を投げ返すように一瞬振り返って桜井が寄越し、またコントロールシステム
の解除と小型高性能爆弾のセットアップに戻る。
それを受けて俺たちはまた、広間を近付こうとした敵勢に掃射した。
桜井たち数名は、侵入路を探り出したようだ。

 俺たちの侵入が気づかれたからには、急がなければならない。
 古河大地はまた壁の隙間からそちらを眺めると
「――この先は?……佐々」と言った。彼女の息が間近にかかったが、それが
平静なのを感じて安心する。
――たいした女だぜ。(いつものことながら)
 (――桜井たちが突入したら、私たちは側溝から背後に回るぞ)
(勝算は?)
佐々は壁に微かに配置図を照射してみせた。
五分ごぶ――だが。行かねば)
(あぁ)
大地は頷くとまたスコープを目にかけ、銃を構えた。




 えっ!?
遅出の日の朝。
同居人、桂木陵の腕の中でゆるりと目覚めた古河大地は、突然入ってきたハイ
パー通信にぎょっとなった。

 『古代司令の子息が拉致された――至急、ガニメデ基地方面の第3分隊は
  出頭せよ』

 「どうした? 大地」
キッチンからは自動にセットアップしていたお湯の沸く音が聞こえて来、そろそ
ろ起きようとしていた処。大地はひらりとシーツを剥ぎ取ると上着を羽織り、その
まま通信機の前に立ち伝言を開けた。
『中尉か――』
「はい。古河です」
『先般から交渉に入っていた、解放戦線との第二期掃討作戦だ。相手方が強行
策に出た』
「守くんが?」通信官は頷いた。
『そうだ――人質になったのは古代進総司令のご子息、古代守。もう1人はそれ
を護って死亡したらしい。事件発生からすでに2日が経っている』
「地球で、ですよね」
『あぁ――救出の許可が出た。緊急会議を行なう。ただちに出頭』
「了解しました」

 「飯、食ってけよ――」
内容は聞こえていただろうに、のんびりした口調で桂木が言った。
「それどこじゃないだろ?」
「――だからこそ、だよ。腹減ったら頭働かないぜ? 集合時刻は?」
「特に指示なし――」「そりゃ急ぎって事だな」「あぁ」
桂木の言うのはもっともだったので、キッチンに洗って並べてあった中からトマト
だけを掴むと丸齧りし、バナナの皮をむいて飲み込み、バターを塗って渡してく
れたパンを珈琲で流し込むと手早く身支度をした。
「(今夜)帰れねーかもしれないけどな」
 素早く身体を寄せてちゅ、と頬にキスをする。
「あぁ…気にせず、がんばれ。無事、助かるといいな」
相変わらずゆったりした口調の桂木。
その腕に柔らかくくるまれながら
「あぁ――助けてみせるさ。そのための俺たちだ」
「行ってこい」もう一度、今度は唇にキスを寄越す。
さっと敬礼すると、古河大地はガニメデの桂木の官舎いえを後にした。

 官舎ゆえ、基地まではものの5分だ。だがエアカーに乗り込み発進する。
そのあと、もしかして出動ということになるかもしれない。移動手段はあった方
がよい。


 「古河大地、出頭しました」
「あぁ、来たか――」
ガニメデ基地第一司令官の野坂が佐々とともに待っていた。
「早いな、佐々――」「ちょうど待機中だったんだ」
「そっち(の子ら)は大丈夫だったか」
「すぐに対策は講じた。古代の回りが動いてな。加藤と南部の指示で――」
子どもたちをまとめて退避させたそうだ。類が及んでもいけない。
 「加藤隊長は、今回は?」
「あぁ――交渉のメンバーになっている。古代司令は地球から動くわけにいかん
からな」
内部を押さえ、真田長官とリレーションを取りながら行なうことになっていたの
だ。地球艦隊もただちに出動できる必要があったから。
 「拉致場所はわかったのですか? 時間は」
「すでに第二次の連絡から6時間が経過している――こちらに指令が来たのは、
木星の中間基地あたりに、グリュンバルトの大型潜伏艦が基地を持っているら
しい、とわかったからだ。
「それはっ」佐々が身を乗り出した。
グリュンバルトとは長い戦いである。彼女の夫や娘が月基地にいた頃、戦火を
交え、あわや娘の命が失われる処だった。
だが、正体のつかめないまま。――また最近、活動が活発化している。
 「その、潜伏艦の中に?」
古河は野坂を見た。あぁ、と頷く野坂司令。
「ただちに潜入部隊を組織する。――作戦の指揮は私が執り、現場は佐々の指
示に従え」
こういった潜入捜査や救出では佐々葉子の右に出る者はいない。女だということ
もあるが、商売間違えたんじゃないかというほどの実績を持っている。
まぁ本人に言わせれば「なんでそんな面倒な仕事ばっかり持ってくんのよっ」だ
そうだが。
 「これを見たまえ――」
机のパネルに資料が映し出された…見たいものではなかった。明らかに大人
のものではない、血のこびりついた爪、と。切り取られた短い髪。
「――これ、守くんの?」固い表情のまま、野坂は頷く。
「ひどっ――子どもに、なんてことをっ」怒りに震える拳を古河は握り締めた。
佐々は蒼い顔をして画面を睨みつける。
「3時間以内に返答しないと、次は指を送って寄越す、と先方は言っている」
「――条件はっ」
「海峡封鎖の撤廃――それと、レアメタルの確保だ」
「そんなこと、できるわけ…」「ないな」「だからといって…」

 「古代と話せますか?」
佐々が言った。
「あぁ――最初は、私情で動くわけにはいかん、息子も立場は理解しているから
特別なことはしないように、と言い張っていたのだがね」野坂は苦笑する。
古代らしい、と佐々も言った。
「――古代総司令の子弟を拉致する、などというのはすでに個人事情ではない。
個人的に恨みを持っている人間の仕業でなく、今回の作戦に絡むもので、立派
に事件だと長官も言われてね。議会の日本支部長も判を押された」
当然だろう、と俺たちは思う。それが民間人なら、もっと素早い判断がなされた
はずだ。
 作戦は、人質の奪取と交渉の再開。場合により掃討もあり――だという。戦闘
の前に刑事事件として裁かれるだろう。

 「古代――」
『佐々か……久しぶりだな』
「こんな場合だが…」『よろしく、頼む』「あぁ――任せておけ」
古河と2人、画面の中を見つめる。
古代は表情に何も表してはいなかったが、その深い瞳の奥には懊悩する父親の
心情が厳重に隠されているに違いない。
「心配、するなよ? 私たちを信頼しろ――守くんは、助けるから」
訴えるように佐々が言い、古河が頷くのに、古代はやっと、少しだけ笑みを見せ
た。
 『ユキ――森ユキがそちらへ向かっている。直接行動に参加させるつもりはな
いが、何かの役には立つだろう』「わかった――会うよ」
『――頼む。地球の方は安心してくれ……お前たちに類が及ばないように』
「あぁ……早速、動く」
画面の男が敬礼して、短い通信は終わった。




 
背景画像 by「壁紙宇宙館」様

Copyright ©  Neumond,2005-07./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←三日月-新月文庫index  ↓次へ  →TOPへ  →三日月MENUへ
inserted by FC2 system