air icon 惑星ほしの巡り〜城壁

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惑星ほしの巡り〜城壁】

−−circa..10 years later
:お題2005−No.83「城壁」

(1)

 「よし…準備良いか?」
低く抑えた声がインカムから響く。
「はい――設置、避難終了しました」
「残ってる者、ないなっ」「大丈夫ですっ」
 「大尉、これを」
部下が近付いてリモコンのスイッチを渡してくれる。佐々葉子大尉――この開拓
基地での指揮官の一人――実質、この現場のチーフは、うなずいてその小さな
スイッチを受け取った。
「伏せろっ」
カチっと、音にもならない音がする。

 数秒――何も起こらないのか、と思う様。ややもして……目の前の岩がゆっく
りと拡がるように。そしていきなり致死のスピードを持った破片が飛び始めた。
空気がない場所での爆発――。
 それは一瞬で終わった。
「――全部イッたか?」傍らの技術官に訊ねると
「はい――そのはずです」
PCをあけて爆発のエネルギー量を計算していた部下が言った。
 「よし。行くぞ」
くい、と手を動かすと、後ろに控えていた部隊の連中がぞろりと起き上がった。


 

 「ひょえぇっ――こりゃ頑強ですねぇ」
丈の高い岩壁を見上げて麻生一郎あそう いちろう少尉が言った。
「あぁ…発破かけないと仕方ないかもな」
腰に手を当てて岩壁を睨みつけると、ほぉとため息を吐いてその上官は答える。
くるりと後ろを振り向いて「全員、来たか?」そう言う。
 かなり勾配のキツい上りだった。
いくら地球に比べてGが弱く、月並みの0.8(月は0.6Gだが)だからといって、酸素
の限定された小惑星上で、どうしてこうも身軽に動けるものか、男連中は皆、不
思議がる。
若いがひょうひょうとしていて、見かけによらずエリート士官で、小柄とはいえない
麻生も、身が軽い。2人が先行して岩登りを終え、その先の相談をしている間に、
やっと部下どもが追いついてきた、という体たらくであった。
 その麻生少尉を、今回初めて借り出して使っている佐々は“案外、使えるな”
と感じている。人に対しては、部下だろうが同僚だろうが一切の先入観を持たず
に接する、それが佐々の心情で、だから特に好き嫌いを持つこともなければ贔屓
することもない。そして、自分の感情を相手に気取られないようにふるまう――
それが彼女を“アイスドール(=氷の人形)”と呼ばせるまでに無表情にしていた。
それは辺境の現場に出ることが多かった所為だろうか? ――それとも、事の初
めから、男の狼どもばかりの中――戦闘機隊の中で生きてきた経緯の所以だろ
うか。だから彼女が相手に“評価”を与えるとすれば、それは事を進行する中で
与えられるデータからだ。

 現在の佐々葉子は、地球の英雄・古代進艦隊司令を長とするアクエリアス艦隊
の所属する第七艦隊に所属している。ただし、その部隊を包括する「開発部隊」。
2年間の限定で、火星近郊のコロニーの開発の下ごしらえがその仕事である。
調査部隊が先行し、最初に軍人と専門の業者を中心とする“開拓屋”が入植し、
人が作業できる最低の資材を投入する。それから本格的に民間の開発部隊が参
入する前に、基礎開拓を行なうのが現在の基地の仕事であり目的だった。
 川上少将を長とし、苫米地桂子とまいち けいこ中佐を副司令 と戴き、佐々は副司令補として、
中佐の直属である。実際のところ、現場に出ての汚れ仕事が佐々の得意とする
処で、実戦経験や惑星、外宇宙経験のほとんどない壮年の司令官・川上は、そ
の現場のほとんどを副司令に任せている。そしてまた副司令は佐々を信頼して、
全責任を委譲している。――実際の処、佐々は、その大尉という階位にかかわら
ず、この惑星基地の実質部隊長であった。
 現在、その中間成果をチェックするべく、本部地球から査察部隊が来ている。
――。
 中央とのやり取り――そんな時には現場の実力者は、上官たちにとって邪魔な
だけだ。その間、懸案になっていた別任務を与えられ、基地には朝出頭して連絡
事項を受け顔を見せるだけで、ほとんど現場に出ている佐々である。本来の直属
の部下である須永 征とすなが いく少尉と 桐原 裕きりはら ゆたか准尉は査察部隊のアテンドに差し出され、
その代わりに麻生と南が付いた。麻生が佐々と直に仕事をするのは、これが初
めてである。偶然にも麻生と須永は同期で、しかも好敵手ライバルとあって親しい。
――若い頃の古代進によく似ている。そういう評判を取っている須永と異なり、
麻生はまた随分タイプが違う。熱血漢、だが実直さが表に出ているような須永に
対し、少し斜に構えている風のある麻生。だが、それはポーズにすぎず、彼もま
た、未来を背負うに値する有能で実直な若者である。

 「大尉っ――ご指示をっ」
まだ息が上がっているまま、震える手で敬礼をして南由起生みなみ ゆきお 准尉が言った。
 この新人は、最初会った時に佐々を“ヤマトの佐々”と知って、単純に崇拝して
おり、佐々の歩いた地面でも拝みそうな勢いだ。
「――まずは息整えろ。そんなまま突撃すると酸欠でぶったおれるぞ」
笑った気配はなかったが、おそらく苦笑したのかもしれない。
横に居た麻生はそれこそ笑って、「全員、整列。点呼しておけよ」と言った。
「はいっ!!」

 部隊は拡張エリアの西の外れにいた。
 未開拓エリアに先鞭を付けるのが今回の任務で、資材投入前の地ならし。
そして基礎工事の元になるものの埋め込み。ロボットや工作機械に任せれば良い
というものではない。一般人が住めるコロニーを作ろうというのだ、慎重のうえに
慎重を重ね、すでに調査済みの地域を人が入って精査する必要があった。
 「やっぱ、邪魔っすね、この山」
「あぁ…」佐々は腕組みをして目の前の岩山を眺めている。
なるべくもとの自然を壊したくない――それがたとえ、草木の生えぬ岩山だとし
ても、だ。
調査のデータが出た段階で、そこはモメていた処でもある。
「――人が住みやすいように、いくらでも作りかえればよいだろう。 現在いまの地球
には、惑星改造すらできる技術があるのだぞ。人間が住むのだ、当たり前だ…、
か」
川上少将とのブリーフィングを終え、部屋に戻るなり苦々しい顔をして言った苫
米地副司令の顔を思い出す。中佐は直接には言わなかったが、その上官である
司令官の意見に賛成でないのは佐々にはよくわかった。
――中佐は佐々と共にイスカンダルまでの旅を成し遂げ、ガミラスの崩壊を目の
前で見た同士。…その人間たちにとって、惑星の自然に手をつけることが、どの
ような意味を持っていることか。それはひいては、そこにある生命を脅かすこと。
……私たちはこの手で、どれだけの生命を奪い――それは軍人ならある程度は
仕方ないといえるが――どれだけの異星の民族を、殲滅してしまっただろう。
第一航海だけでヤマトを降りた苫米地中佐にしてみても、ガミラス本星の崩壊と、
その後見たイスカンダルの美しさは衝撃で、そのイスカンダルが資源を手に入れ
ようとしたさらなる異星の手によって爆発したことも……承知のこと。
だからこそ。
苫米地にしろ、佐々にしろ――口には出さねども、想いは、同じである。

 (仕方あるまい――)
佐々は決意した。「発破、用意。――技術部、頼む。南、チームを連れて設置を
手伝え」
「了解しましたっ」
南准尉が下士官と兵隊たちを連れて山に取り付くため駆け出すのを、
「走らなくても良いっ。エネルギーの消費量を考えろ、莫迦ものっ」
言い添えなければならなかった。

 
 
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