air icon この蒼きそら

CHAPTER-16 (044) (064:1 /2 /3 /4) (051) (065) (093) (067)
    


No.64 【五月晴れ】
 
= まえがき のようなもの(ご注意含)=

『宇宙戦艦ヤマト2』……
このchapter16の半分は、それを取り上げました。
“艦載機隊下っ端物語”の続きで、月基地に居なかった元ヤマト乗組員たちは
あの時いったいどうしたのだろう、地上篇。
しかしもしかすると、上記短編集内の
「嘘つきな唇に優しい罰を」 を読まないと
わかりにくいかも。よろしければ、↑上記をお読みになってからお読みください。
「嘘つき〜」の方が余程「KY100御題」っぽいという話もありますけれども。

この話は、相変わらずOriginalで、古代進は出ますが、Loveloveでも何でも
ありません。「白色彗星特集:番外篇」の位置づけです。
そういうのがお嫌いな方は、先へ進まないでください。

「古代進&森雪ファンのための100のお題」No.64、75本目。
そんなお話でよろしい方のみ、どうぞ。

(綾乃・拝 2009年6月)



= 序章 =

flower clip

 中空に光があり――空を見上げた彼女は。
そこで何が起こったかを、知った。


(――ひろ!? そこに、居るの?)


 
    

= 1 =

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 「古代艦長代理――あちらに」
ゆっくりと丘を上ってくる人影は、以前よりふっくらと女性らしくはなっていたが、間違え
ようの無いものだった。ふわりとしたスカートと編み上げの明るい色の上着に身を包
み、姿勢よく立っている姿――。
「鎌坂――いや……長崎、だったな。今は…」
古代進はなんともいえない表情でその女性ひとに相対すると、彼女はゆっくりと近づいて
その指を組み合わせ、古代を見た。
古代は無表情のまま拳を握り締めていたが、微かに顔を伏せ、言った。
「……すまん――と、言って済むことではないが。やつは……長崎は」
 沈黙が風を伴って丘を吹いた。
海からの風はまだ温く、夕方の光は残酷なまでに赤い。
そこに立つ人々の心を、まるで抉(えぐ)るように。
だんだんに陰が伸びるのをそのままに。
 「古代――あなたの所為ではない、だろう?」
掠れた声が、耳に届いた。見かけの姿に比して、言葉は男っぽい。
だがその口調には、言葉に尽くせない苦悩が潜んでおり、それは古代たちの抱えて
いるものと、同質のものだ。
 もう一度、真正面から向き合い、涙を流すこともできず、二人は向き合った。
 同期生――最初のヤマトの旅を共にした仲間で、戦友でもある女。だが今、古代は、
その盟友とも言う相手に、つむぐ言葉を持たなかった。だが。何か言わなければ――そ
のくらいは。
 「何ヶ月……なんだい?」
「来月、ね。たぶん」
その瞬間だけ彼女は微かに微笑み、母親らしい笑みを見せた。
古代は急に気づいたように、あぁこんな風の吹きさらしに身重の女性を立たせておく
べきじゃないと、手を取ってこちらへ、と言う。

 ベンチにいざなうと「いいのよ。もともと頑丈な方なのだし――順調だから」
と見上げて笑いながらも、彼女は素直にそこに座って彼を見上げる。
「あなたも、座ったら?」
「あぁ…」そうは答えたが、古代はなかなか腰を下ろそうとはしなかった。

 いいから座りなさいよ。
そう言って、強引に腕を引っ張った処などは、昔と何も変わらない。ぱっと見た時は、
別人と見まがうばかりだったのに。……そうだ。地球へ帰ったあの日から1年と、そし
てこの戦いの間の3か月――逢ってなかったのだ。
埋めたい言葉は沢山あったが、この場で交わせる言葉はわずかなような気がした。
 「いつ、月から?」
「――貴方たちが旅立って1か月くらいかしら。月基地は戦闘員と技術員だけ残して
地球へ避難ということになったから。その船で――私は体もこんなだしね。だから2か
月くらい」
「そうか……」

 古代は眩しそうにもう一度見た。
「あの鎌坂がお母さんなんてな――不思議な気分だ」
「そうね……私も。あまり現実感がないかも――でも。あの人がもう帰ってこないこと
も、現実感なんて、ないんだけどね」くすりと笑うが、その笑いには消えるはずもない
影が差している。
「長崎――」
「ひかり、でいいわよ。昔みたいに」また、けぶるように笑う。
 そんな顔を、しないでくれ。
俺は、お前の夫を――俺の同期で仲間だったやつを、巻き込んで、殺した男だぞ。

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 「古代」
なんだ、と古代は言う。そういえば今日のこの日、何故彼女が身重の体を押して訪
ねてきたかも、まだ聞いていなかったことに古代進は気づいていた。
「――あの人は、自分の意思で行ったのよ」
「……なにを」言い出すのかと、彼はそれを見返した。
びくりと肩が震え、感情を抑えきれるだろうかと思う。
 遺族の家を回り始めた処だった。だがほとんどの生存者が病院に収容されたまま
であることもあって、古代に回されてくる資料の多さや処理しなければならない案件
の多さに忙殺され――またその忙しさに助けられても居た。

 「ほとんど、眠ってもいないんじゃないの」
すい、と手を伸ばして、彼女の指が額に触れる。――ごつごつした骨ばった手だった。
それが今は、ふっくらと柔らか味を増し……もちろん骨はあいかわらず頑丈だったが。
そんな処にも胸が痛む古代である。
「――眠れ、なくて」
同期生だ。14の時から一緒に時を翔け、そしてイスカンダルまで往復し時には一緒
に戦場を駆けた。女だからといって、何が違ったわけではない。
本音が零れた。その手の、温かさに。
 イスカンダルからの帰路に、やはり同期だった戦闘機隊の長崎 浩ながさき ひろ と打ち明け合い
想い合って、地球に戻ってほどなく結婚した。同期で一番乗りだったことに皆が驚いた。
 そして、来月には生まれるという二人の赤ん坊――それを残して。長崎は、月基地
から加藤たちと共にヤマトへ参集したのだ。

 「可哀相に……」
指はそのまま古代の頬に触れた。柔らかな微笑が古代を包む。「泣いてもないんで
しょう……ユキさんとは、逢えてるの?」
微かに首を振る。また無理して抑え込んでしまうのだろうか。一緒にいるのも辛い?
「ユキは家に帰してるから――時々様子を見に来てはくれるが、俺も時間がなくて」
そうなのでしょうね。静かに、ひかりは言った。
 二人の方がすぐに結婚するのだと思っていた。だから私たちも籍を入れて――帰還
後少しして月基地に赴任になったあの人を追いかけて、私も月へ行った。

 「古代――長崎自身の意思よ? 加藤が無理じいしたわけでも、山本くんが強引だっ
たわけでもない。……それに、私の意志でもある」
「鎌坂――」
こんな体じゃなかったら――自分もおそらくヤマトに一緒に乗っていたのだ。
「女には声かけなかったんでしょう? 遠野だって大槻だって川井だって。皆、気持ち
は同じだったはずよ」――たとえ戦闘員でなくとも。
「だが、今回のは……“反逆”だった」
あいつらを、君たちを謀反人にすることは、できない。
「私は戦闘員だったわ。今でもそう――正直、赤ん坊が生まれて、手が離れるまで
復帰するかどうかはわからない。それでも……長崎は私に何も言わなかったわよ。
でも、わかるでしょう? 同志だもの。ヤマトの仲間だもの!」
「鎌坂――」

 古代一人が苦しむことはない。

 誰も古代一人に押し付けようとは思っていない――むしろ傲慢よ? 彼らの想いを
大切にするのなら……わかってやって。あの人は、もう帰ってこない。
哀しいし、まだ実感も、ない。もう二度と――あのあったかい声が聴けないなんて、
信じたくない。この子は、父親が無いままに生まれてくる……信じたくなんかない。
でも、間違えちゃいけない。それは誰の所為でもない――貴方たちは、私も。
「正しいことをした、と。せめて信じていたいの……」
 ごめん……と口の中でやはり古代はつぶやいて。
ぽとりと膝に涙が落ちた。
「古代――泣くといいよ。いつでも艦長代理でいる必要なんかないんだ。皆あんたと
一緒で幸せだったと想う。だったら、生きてる人間だって。あんたが皆を大事に思うと
同じように、皆もあんたを大事に思ってるんだから――それしか、死んだ連中のこと、
大事にする方法がないじゃない」
ひかりの目からも大粒の涙がこぼれていた。
 「あいつ。……いい男だったよな――」
古代の口元にようやく少し笑みらしきものが浮かんだ。
こくりとひかりは頷いて。「あんないい男、二人といないよ。――だけど、ちゃんと残
していってくれたから。この子は宝になるんだ。だから……」
「ありがとう」古代はそのまま沈黙した。

 行くわね? そう言うと彼女はそっと古代の膝の上に置いたままの手に触れた。
顔をあげた古代はもう、泣いてはいなかった。ひかりの腕を取って、ゆっくりと彼女を
立ち上がらせる。
送らせるよ――そう言って。生まれたら絶対に教えてくれな、今日はわざわざ訪ねて
くれて、ありがとう、大事にな、と言う古代である。
こくり、と頷く彼女は、可憐で、そして逞しくて――あの頃のままのひかりだった。

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