air icon 幸運の神ラッキー

CHAPTER-07 (017) (011) (092) (052) (042) (077: 1 /2 /3 /4 /5 /6)

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 惑星上からの出航というのは初体験である。当たり前だ。
――惑星上、とはいえ土星はガス惑星で、その本体の上に基地があるわけではない。
地表から約6,000kmのD環の内側に作られた人工矮星がその基地。こんな不安定な場所に
何故わざわざ基地なぞ作ったかといえば、それが施設として重要だからにほかならない。
土星の衛星と輪とのバランスの上に作られた基地で、さほど大きいわけではなく、艦隊の
寄航・補給を主な業務とし、またある種の実験施設が設置されている。
 土星の基地で最も大きなのはタイタンにあるが、これもたとえば木星の衛星ガニメデなど
に比べればその規模は小さく、金星や冥王星のそれに比べても小さい。太陽系の要衝を占
めるとはいえ、真ん中にある辺境――という存在ともいえた。
 「――あのガス惑星の中の基地作り計画は挫折したんですか」
出航の準備が整って舷窓からひょいと下の鈍色の光を眺めて風間が聞くと
「さぁな。ごそごそやってる連中もいるみたいだが?」とそばにいた先任――沢谷といった
――が言って、「余計なことに気ぃ回してる暇あるかっ。データは揃ったのか? 戦闘配置に
て緊急発進できるようにしとけよ」と、また怒られた。

 ざ、と艦橋の空気が緊張する。
 入り口から戦闘班長兼砲術長の南部康雄とその配下らしき若者、艦長・古代進と眞南
副官、佐々大尉が入ってきた。一斉に、敬礼。
ささっと各席に着く南部や佐々らを尻目に軽く答礼した古代は、つかつかと中央まで歩いて
くると、艦長席の前にしつらえた大型操作パネルの前に立ち、天井パネルを見上げた。
 風間にはひょいと目をやっただけで声もかけず「相原」と呼んだ。
「はい―― 一種Aですか、二種Cですか」質問もせぬままそう答えた相原参謀に「とりあえ
ず、C。南部」と古代は答える。「はいっ」
「各砲塔、シミュレーションCパターンで準備のうえ発進と同時に機動だ」「了解っ」
――心なしか嬉しそうに声が返って、南部参謀ってこういうヒトだったのか、と思う風間。
頭の中のメモ帳に記録する。……自分が登っていく階段の先にこの人は必ず居るはずで、
うまくやって良好な関係を持っておかなければならない相手の一人だった――そういえば。
相原さんもそうだな。初お目見えだけど、長官の女婿だっけ。それに通信参謀としては若い
けど実力者だし……皆が、元ヤマトの、つまり古代配下だというのは気に入らないけど…。
 「風間っ!!」
小さいが鋭い――かなり怒りを含んだ声が飛んで、気づくと眞南副官が南部参謀――いや
今回は戦闘班長か、の方を指差していた。
「とっとと位置に着かんかっ。お前だけだぞ。準備してないのは」「は、はいっ」
あちゃぁ……失点1、だ。
 南部参謀の背後に立ち――眞南副官も古代艦長の席の横に立っている。
サブパネルが設置されているが、古代艦長自らそっちは行なうようなので、おそらく艦橋
全体に気を配っているのだろう、と思った。
優れた副官に支えられれば、艦長だってやりやすいのに違いない。
 「そこで見てろ」挨拶もする間もなく、南部さんの指がピアニストのようにキーボードの
上を動くのを見た。次々と移り変わるパネルの数値と画像の意味は、さすがにわかる。
艦内各所の砲塔や武器、重火器装置の位置と状況、あとは人員配置か。
数字はエネルギー値のようだった――基礎はもちろん身に付けているが、これは艦ごと
に異なるから憶えるか慣れるしかない。……あれ? まてよ。南部班長さんってこの艦、初
めてなんじゃないのか。いつも本部にいるはずで――。
「ぽかんとしてんじゃないぞ。いつでもオレと代われるように、自分でやるつもりで見てる
んだ」小さくつぶやくように言われて、は、とまた目を凝らして覗き込む。
大丈夫ですって。こういう情報の扱いなら、任せてください。と、内心でつぶやきながら。

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 発進直後。「前方仰角30度から敵。土星F環から離脱ののち、戦闘に入るっ」
艦長の声が響いて、15分後には艦内は騒然とし、風間は南部が後ろで見守る中、砲術指揮
席に着いていた。
 「右、旋回。2時の方向、敵機想定約30! 艦載機隊――発進準備っ」
女にしては低いが通る声が飛んで、右上の宙に枝のように位置されているコ・オペレーショ
ン席から佐々葉子の声が聞こえた。
それにつれサブパネルの緑地に光の玉がどんどん増えていき、格納庫の様子がデータで
表示された。あの光の点がそれぞれのCTなのだと思われる。
 「砲塔っ、コスモタイガー発進後、追尾っ」
その指示を佐々がすべきかどうかは異論があるだろうが、南部も古代も何も言わず、ただ南
部は鋭い一瞥を自分の手許に呉れているだろうことは想像がついた。
 カシャカシャと素早い動きで砲塔の準備をチェックしていく。
しばらくはそれに専心していると「各砲塔、コスモタイガー発進20秒後に、敵流星群を各
個に撃破。第一、第二砲塔、第四副砲、追尾。第三副砲は援護」
そう横から南部が怒鳴るのが耳元で聞こえ、offスイッチにした手で頭を叩かれた。
「莫迦野郎っ。指示しなきゃわからんだろうがっ。発射準備はタイガーの発進中に済ませる
んだよっ」「は、はいっ」――内心、しまったと思ったが、データの送信に精一杯でしたとは
言えなかった。それに、そういう指揮って砲術長がしちゃっていいのか――いや、そうだ。
南部さんて戦闘班長も兼ねてるんだっけ……オレ、それの補佐?
 内心わたわたと慌てるが、それを外に出さない程度のポーカーフェイスはできた。
声に出すことで、艦橋の中にもタイミングを伝える意味があることまでは風間はわかってい
ない。現に、南部の発声を受けて、各人の手許と多くある中央のサブパネルがめまぐるしく
動き始めた様子を示していた。

 土星発進直後、そのまま、敵の目くらましをという想定で“カッシーニの間隙”を縫う、
という荒業ののち、場所を最も外側のE環に移して流星群と戦闘、という立て続けのシミュ
レーションの真っ只中にいる。
――土星の輪やカイパーベルトなど、宇宙空間に帯を作っている微小矮星の集まりを使った
シミュレーションはよく行なわれたが、事故も危険も多い。気を抜いたり力量が不足してい
ると、艦載機隊などはぶつかって爆発したり、砲塔の低エネルギー光波でも爆発を誘引した
りして死亡事故につながる。
――艦載機隊には“まるで新人”というのはいなかったが、風間や篠原のように宇宙艦での
出撃は初めてで、それまでは基地にいた、という人間はいたが、なんとか乗り切ったようだ。
「ようし、いいぞ赤坂。――宮本隊長に報告したら一度艦橋に上がってこい」
佐々が機嫌よくそう言うのが聞こえ、(赤坂くんというのか)頭にメモした風間である。

 土星の環での演習は熾烈を極めたが、終わってバテた顔をなんとか誤魔化そうとしながら
集合場所に集められた戦闘員たちは、部ごとに上長からビシバシと指摘を受けた。
「6番機、7番機っ。次からお前らは前へ出んでいいっ。自分が被弾するだけならまだしも、
僚機を巻き込みそうになるとは、なにごとだっ」青い顔をして敬礼している2人に、佐々大
尉の容赦ない声が飛ぶ。「20番機、32番機も同様。甲板掃除でもやって出直せっ。――17
番、19番機。お前らはシューティングからやり直し。AAクリアするまで実機はお預けだ」
 「申し訳ありませんっ! 次は、がんばりますから、外さないでくださいっ」
「私も。次は絶対に繰り返しません、やりますっ」
必死、という泣きそうな声で怒鳴り返す隊員たち。
「ようし、言ったな……今の2名、搭乗を許す――だが、すぐ次のシミュにも入れ。休み無
しだがいいなっ」「はいっ」「感謝しますっ」
 「わ、私もっ」「がんばりますっ」次々と言うが、「お前らは知らん。次の出番を待て。
――空戦の心得などいまさら繰り返すまでもないな? 緒戦が勝負だ、わかったか」
小柄で優しげな外見をしているのに、なんだあの迫力は。
 一瞬、ぼぉっとしたと思うと突然「艦橋のっ若僧っ! そこの准尉だ。第二波からの指揮
取ってたの、お前だな」
指差されてたじろいだ――くそうっ、負けてたまるか。俺の指揮が、何かっ。完璧とはさす
がにいかなかったが、艦載機隊が動きにくいなんていう指示をした憶えはない。
「――オンタイムじゃ遅い! こいつらは天才の誉れ高き連中だ。お前のタイミングじゃ
、 指示出た時には現場なんぞ通り過ぎてる」
うそだろ、と顔に出たかもしれない。いままで怒鳴りつけていた連中を背に指揮所詰めの俺
とオペレータを睨み上げる。
「……そ、そんな。ではどうすれば」
「阿呆っ。自分で考えろ。何のために地球で一、二と言われる指揮官の傍にいるっ」
え、と見上げる横には南部少佐がぬっと立っていた。
 「――まぁ、佐々。次はBシミュだ、それで挽回してもらうさ。なっ、准尉」
言葉は優しい――フォローしてくれているようにも聞こえるが…それじゃ、ダメだったって
ことか? あれでも? 厳しすぎるだろ、それ。
首席卒業のプライドもある。作戦も成功裏に終わった。被弾してお亡くなりになった(とい
う想定の)連中は、それ、自分の腕の問題だろっての。
 その後も、えらく厳しく個人攻撃が行なわれ、だが外れろといわれただけで指摘ももらえ
ない連中もいたから、それよりはマシだったのだろうか。

 「不満そうだな」
駆け足で部署に戻ろうとしていたら横を隊長補佐が通りかかった。宮本さんといった。この
ひともあいつの――古代進の子飼いなのだろう。えらく態度の横柄な人、という印象だが。
「そんな風に、見えますか――」
「あぁ、見えるね。目を見てりゃわかる。そういう気持ちでいると、うまくいかないぞ」
「やることはやります――伊達に成績上げてきたわけじゃありませんし」
「そうかな」
ニヤりと笑うのがイヤな感じだ。
 「では、お手並み拝見といこうか――このまま土星宙域を抜けたら古代艦お得意の10時
間連続作戦に突入する。バテて脳貧血起こすなよ――現場が迷惑するからな」
なんだこのヒトは――え? 10時間連続って!? いま演習終わったばかりだろ。そのまま
2時間も休憩しないで連続訓練だとぉ?
 「なんだ、知らなかったのか。――これはウチの名物なんだよ。他所から文句が出てなぁ、
まぁ現場を知らないお歴々やら、下ろされちまったヤツのチクりだろうが。以前は16時間
だったから、10時間くらいラクなもんだ。まぁ頑張れよ。二、三度やれば、ウチの艦にい
やでも馴染む」
 まじかよ、それ。
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= 2 =
 「今回の演習は、少し趣向を変えて“艦内8時間+惑星上陸8時間”シミュとする――
って通達が来たぞ」
汗を流したあと(さっさと休んでおけと先輩に言われたのだ。土星宙域を抜けるまで3時間
もない。そのまま突然、始まるんだと言われて――だがまだ今のデータもまとめてない)、
士官控え室で準備に追われていると、砲術の先任が顔を出した。榊原さんというらしい。
本部でも顔を見た人なので、南部さんについて乗り込んでいるのだろう――実力はピカ一だ
ときいている――というか調べたんだけどね。

 「おう、其処か、風間」
がっしりしたガタイの人が榊原さんの横から来て、呼ばれる。「はっ――何でしょう」
敬礼して答えるが、この人は――。
「豊橋大尉だ――南部さんの下で第一砲塔チーフと上陸部隊の指揮を取る。今回は人手が足
りないからな……お前、俺の副官に付け。シミュはシミュでもそのまま実戦配備だからな、
気を抜くなよ」
「じょ、上陸部隊ですか?」
俺は蒼くならなかっただろうか? 白兵戦なんて冗談じゃない。
俺は頭脳労働タイプなんだよ――もちろん弱音なぞ吐けないのは当たり前なので、口に出し
て言ったのは「よろしくお願いします」だけだったが。
 「手が足りないって、古河大尉(さん)は?」と榊原が豊橋に聞く。
「現地合流――潜入捜査と罠張ってるって。1小隊連れてった」
「大丈夫なんすか? そんな人数で――」「あの人ならなんとかやるさ」
「こっちとのリレーションは?」「古代と佐々がいればなんとかなる――」「ですね」
 見えない会話が交わされている。

 そういえば、この艦は、“10日間の研修の後、作戦投入”って言ってたな? もしかして、
本気で戦争に行くつもりなんだろうか?
――いまの時代。辺境でのこぜりあいや、いくつかの星間国家間の争いに巻き込まれたり、
政治的配慮で出兵することはある。だが、多くは太陽系内でのテロの横行や、企業・民族エ
リア間の争い、その他、人と人とが巻き起こすものが宇宙規模に広がっただけだ。
だがそれは緻密に、熾烈になってきており、例年多くの軍人や警官――ときには民間人が
巻き込まれて死亡していた。
(何も訊いてないな――)


 そこからの数時間のことは、あとから思い出しても考えたくない。
いよいよ始まるぞ、という非常警報が鳴り響き、第一級戦闘態勢のままワープに入った
戦艦《あかつき》(この艦の名前だ)は、艦そのものが鳴動してんじゃないか、というくらい
振り回された。
 その中。もちろんシミュレーション・プランは立てたし(完璧、とはいかないまでもけっこ
ういいセンだと思う。現に、南部さんからは一発OKだったし)、自分の役割もわかっている
つもりだ。ただそれが目まぐるしく、様々なバリエーションで展開し、臨機応変、といったら
聞こえはよいが、状況に合わせて変化していく。一瞬たりとも気を緩められない、という意
味では、頭脳マラソンといっても限界というものがあり、俺は戦闘開始して2時間経った処
で、脳貧血を起こして倒れてしまった。
――いや、正確にいえば倒れる寸前で南部さんに、
「医務室へ行きなさい、風間くん。邪魔ですっ。――浜谷くん、連れていってやって――」
とレッドカードを喰らってしまったのだ。
ちっくしょう、「まだ、やれます――大丈夫」
「んなわけありますか。無理してやっても回りが迷惑でしょう? 少し休めば、君ならすぐ
回復して戦線復帰できますよ」
南部さんの言葉は優しくないともいえない内容で、一旦艦橋から降りざるを得なかった。

 「だ、いじょうぶです。一人で…」
「まだこの艦の中も熟知しちゃいないだろ? いいから肩貸せ。――あぁみえて南部参謀
も期待してるんだぜ、お前けっこういい線だしな。最初から南部さんや佐々さん本気にさ
せるなんて大したもんだ」そう言って歩き続ける。「本当に言うとおり少し休んで復帰しろ。
休憩中のデータはポット出た時にキャッチできるようにしといてやる」
感謝、します――。
 正直、上がってくる情報を処理して判断していくのは、こんな戦闘の中では想像した以上
にキツいことだった。一瞬の遅れが命取り――そんな処で、俺たち中間に居る人間は、そ
れを正確に把握し、伝え、また判断すべきところと上に送るべきところも分けていかなきゃ
ならない。さらには立体的な思考回路も求められるのだ。
……戦時の情報処理には、少し自負があったのに。

 そう。俺は自分で言ったり考えているほど机上の人間というわけではない。
実戦に出て、銃を撃ったり艦載機飛ばしたりするのが好きじゃないだけで、現場は本当は
嫌いじゃないのだ。
命のやり取りをする瞬間――そういうのを縫って勝利を得た時の興奮や、充実感。それを、
一所懸命やりましたっていうんじゃなく。こう、効率よく。誰にも気づかないような方法で、
実現していく――そんな一流になりたかった。
 戦艦は好きだ――だが、戦艦乗りなんて所詮傍流だから。だから本部勤務を希望した。
ただそれだけだ。

 睡眠ポッドは1時間の睡眠で3時間分の休憩と同じ効果を与える。あまり頻度を高めると
代謝に影響を与えるといわれているが、宇宙に出る戦闘員は当たり前のように利用する。
ヤマトなんかの戦闘時の経験から近年になって開発されたシロモノだ。
 そこに横たわるとすぐに心地良い冷気に包まれ、疲れた脳がほぐれていくようだった。
――白い、光。こんぐらがった思考の糸がするりとほどけ、その先に光が見えた。その向
こうに、、、ちくしょ。なんでだよ。――古代進の余裕しゃくしゃくな横顔が見えた。
絶対、追いついてやる。あんなやつに、負けるものか。
 もはや森ユキが目的なのではなかった。
風間巳希――生涯の目標を自覚した瞬間である。




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