air icon 幸運の神ラッキー

CHAPTER-07 (017) (011) (092) (052) (042) (077: 1 /2 /3 /4 /5 /6)




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 本当に静けさを取り戻した艦内・夜時間――。
戦闘も、その後始末も、艦内各所の点検も終わった時間……翌日は乗艦して初めての半舷
休暇。ただし艦に乗ったままだが――。
 確保した者どもは明日午後には宇宙警察が引き取りに来る予定で、厳重に電気的にも有
機的にもシールドされた艦の収監エリアへ閉じ込めてある。データや……必要だったものは
押収したらしい。任務は完了、というところなのだ。

 風間巳希は、めまぐるしかったこの2週間を振り返り、展望室に立っていた。
 脳裏に浮かぶ様々なシーン……地球での時間や本部そのものまではるか遠い時間のこ
とのようにすら思われた。
 舷窓に人影が写り――風間はそれを、自分をこの状況に放り込んだ張本人と知った。
(古代、艦長――)
「なかなか、よくやったようだな、風間巳希准尉」
 乗艦してから初めて、フルネームで名前を呼ばれ、声をかけられた。
ゆっくり振り向いて見つめる風間に古代の表情は読めない。気づくと、後ろに蔭のように
サージャと呼ばれた側近の若者がついていた。静かに、ただ黙って。
 振り返って古代が言う。
「サージャ、ここは良い」はっ、とロボットのように彼は答え、
「――あとで艦長室へ。宮本と佐々を読んでくれ……20分後にな」
従順な様子で控えていた彼は口元に拳をあててクッと笑うと、「佐々さんもお呼びになる
なら30分――がよろしいかと」
それを聞くと古代は片方の眉を上げ
「……ん。…そうだな、30分」と言った。「そのかわり“それなりにしてこい”と伝えておけ」
はい、と答える声も笑っている気がして「お前も来いよ」というのが追いかけて、
「ありがとうございます」と最敬礼して去っていった。

 あとに二人、残された。
「彼は?」と、自然と問う口調になる。
「君が知らないはずはないだろう。一期下の野々村サジオ……面識はないか」
(野々村? ――あ)「……野々村アズナブル・サジオ、ですか」
「そうだ」
数字と名前に記憶があった。
 一期下の天才――超絶美形で。どの項目も最高の成績を叩き出し、その気迫が凄い、と
いわれた逸材。
だが、まだ学生なのでは? なぜ、こんな戦闘の実戦艦に乗っている!? 直接の分隊では
なかったが彼も作戦に参加していた――人手不足というわけでもなかろうに。
学生の研修だというのか? そんな例は聞いたことがない。

 「――あんなことで、よかったのでしょうか」
どう、続けてよいかわからず、彼は最初の古代の言葉に続けてそう問うた。
「合格、と言ったことか?」
問うつもりはなく、自分としてはあれが精一杯だったという想いがある。指揮官ができると
も、戦闘で役に立つとも思えなかった。
だが、与えられた場所で与えられたことをやらなければならない――それは。
「与えられた場所や権限があれば、それに見合う結果を出せばよいだけだ――そういう
意味なら、お前は合格だろう」まるで心を読んだように、古代進が言った。
「艦長……」
 いろいろな含みがあるようにも聞こえる。そういう意味なら? じゃぁ、そうでなければ
不合格だとでも?
「あぁ、考えすぎなくても良い」古代は笑ったようだった。「――元気なヤツだと思ったから
抜擢した。使えなければ研修の間に下ろしている――危険だからな」
あんな、簡単な(といってはいけないのだろうが)戦闘で、ですか。
そう問いたいと思ったが、確かに、下ろされたやつもいたか、そういえば二人ほど。
 「適材適所――というのがあってな」古代は続けた。「うちの艦がスタンダードでもない
のはもう君もわかっているだろう」
「はい」それは確かだ。ほとんどが型破りだといってもいい。
「――戦闘があっさり済んだのは、訓練を厳しく行なったからだ。……それだけはわから
なければならない。君がこの先も、指揮官として生きていくつもりならな」
古代の視線が鋭くなった。
「は、はい……」
訓練したから? ……そうだ。考えればわかることだった。
 「そのための事前情報の収集は、もっとも大事なのだ――わかるな」
よくわかる。そのために自分はそれを目指そうと思ったのだから。
――そうか、そういうことか。

 「古代さん……」
風間は初めて古代進の名を呼んだ。本来なら、艦の中でそれは不躾である。
艦長、または階位で呼ばなければならないはずだが――この艦は、昔のヤマトと同じ。
そういうところ、軍隊らしくないのかもしれない。
「――何故俺を、連れてきたんですか」
「何故?」
古代は風間の横を通って壁際まで歩くとそれに並んだ。
 「なぁ、風間――」そうしてゆっくりと言葉を吐く。
「俺が、いくつだか知ってるか?」……古代進の、歳か? ヤマトの古代。ヤマトが撃沈
して地球に平和が訪れた――そこから1年。いくつだったか。
「24――」
(えっ!?)
 若いとは聞いていた。
艦に乗ってからその年齢など気にしたことはなかった(気にならなかった、というのが
実際だ)。だが……そんなにか。
「君といくつも違わないだろう?」ふっと笑うようだった。「――俺たちは突然そうやって
特別な環境に放り込まれ、常に。シミュレーションの機会も、与えられぬまま、常に未
知の中を手探りで考え、惑い、判断して――生きて……いや、生かされてきたのだ」
「艦長――」
「だから、預かったからには殺したくない――部下たち、仲間。そして、できれば敵も」
その言葉はあまりに静かで真剣で、風間は胸をつかれる想いがした。
 だが彼は。
「――質問に、答えていただいていません」そう言った。
「おのずと答えは出る。見込みがありそうだと思ったから抜擢した。上の方から頼まれた
こともある。……向かなければ鍛え、現場を見せて、体験させ――本部へ戻せば良い。
私はそう考えていた……」
 「それで、どうなのですか」
風間は不思議だった――答えを、求めている。自分はこの艦の一員として、これからも続
けていけるのか、ここに居てもいいのか。
そう問いかけたくなっている自分に気づいて、自分ながらに驚いた。
 「どうしたい」
静かな、問い。
「――使っていただけますか。……ここには、凄い人たちがいらっしゃる。私は、本当は」
古代が手を上げて、さえぎった。「――わかった」

 (艦長――)
古代進は何を言いたいのだろう? 自分を、採用するというのか。そうでないのか。
強い、希み。これほど強い希みを持ったことはなかったような気がした。

 「先ほどの、サージャだがな」
「はい……」
唐突に彼はそう言った。「……あれは、預かりものでな」
え? と風間。――特別扱いなのは、それか? 不審が湧く。
微かに古代は頷き、そして遠い目……微かにけぶるような表情は、そうだ。だれか遠い
人を思い返すような表情で。
「本人の希望もあるが、預かった、のだ――」
希望が通ることなど軍隊に稀有だ。なりたい場所に行けるはずもないものを。
反発が沸いた。
「……ある男の部下だった。大切な男の、な」
え? と再び風間は耳を疑った。微かに、「いまは、居ない」と聞こえたからだった。
 記憶をサーチした――ヤマトの物語など、誰でも知っている。一般には公開されない
情報も、風間はある程度持っているという自負もある。その中、失われた古代艦長の大切
なもの。
「――副長・島、大介、航海士……ですか」
 言葉に出すのが不調法だとは思った。だが、問いたい気持ちの方が強い。
微かに古代はうなずいたようにも、そうでないようにも見えた。

 同期で、死線を潜った仲間。そして親友だったと――記録にも、あらゆるものにも書かれ
言われている。だが軍に入り、身近な者たちから彼の名を聞くことはない。
まだ亡くなって1年は経たないというのに――それほど命は軽いのか? そう思わないで
もないが。むしろ逆か――いまさらながらに思い至る。
野々村やつは編入学でね。10代初めから戦艦や輸送艦に乗っていた、あの若さでベテランだ。
君より歳も一つか二つ上のはずだが――この秋、任官する。私の艦に乗るためにね」
「艦長」
 びーっと微かな音が鳴った。
クロノメータを上げると「あぁ、私だ。わかった、すぐに行く――すまんな」
これは風間へ。
「――打ち上げをささやかに艦長室でやるんだよ。誰も死ななかったからな」
少し悪戯めいた顔で古代は言った。「君も特別に参加資格をやる―― 一緒に来んか?」
有無を言わさず――どんなメンツが集まっているのか、考えると怖かったが、気づくと、は
い、ご相伴させていただきますと答えていた。
 古代進について艦長室へ向かう――あぁ俺はきっと、このひとについていくのだ。
ついていきたい、とそう思ったのだった。


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 後日談。
 風間巳希がその短い航海を終えて本部に報告のため出頭すると、次の任命書が出て
いた。古代進の手紙付きで――。
希望を聞かれたので、艦長にも、そして本部にも伝えておいたのだ。
 『戦艦あかつき 勤務、希望』
と。なのに。

 『風間巳希――本部戦闘参謀室情報課勤務』

 なんだよこれっ! せっかく現場に出て、がんばって追いついて――あの人たちのような
指揮官になってやる、って決心したばかりじゃないか。
あんの野郎! 古代進なんて、本当にいじわるだ。
 ところで、ついてきた古代進の私信を腹を立てながら開けた。
『親展・秘』とある。
 個人的にそういう手紙を添付する習慣はない。だから、特別扱いだ、ということがわから
ないような風間では(さすがに)なかった。

 『―― 貴君を一旦、本部へ戻す。
  今回のことを肝に銘じ、引き続き精進すること。
  なお、私はこの後、戦艦あかつきの勤務を解かれるだろう。これはまだ極秘だ。
  1年から1年半後、新造戦艦が就航する。
  その時にまだ心が変わっていなければ――再度、オファするように。
  その時は、艦橋に君の席を設けられるかもしれない――だが。ライバルは多いぞ。
                    地球防衛軍 太陽系内防衛艦隊所属少佐
                    戦艦あかつき 艦長・古代進』


 その手紙を見て、風間は、怒ってよいのか笑ってよいのかわからなかった。
一応、“合格”――だったのだろうか? なんだろうな、きっと。

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 風間巳希の人生は、ここへきて大きな転換を余儀なくされたことは確かであろう。

 2206年。太陽系外周防衛艦隊が組織され、その長に古代進が就くことに決まったとき。
その旗艦・戦艦アクエリアスの艦橋にかざまの姿があったかどうかは、定かではない。
――ただ、そののち40年以上を経て。古代進がその波乱に富んだ人生を終えようとした時
そのかたわらにあったのは盟友・加藤四郎と、この風間巳希であったことだけは、記録が伝え
ている。

Fin

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綾乃
――CHAPTER 07/counter 084
16 Jun, 2009・完成



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