【暗黒系10の御題2】より

      window icon爪は赤を得るか。


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★前書き★
5作目にして作者は、このお題に関して自分で決めた掟破りをしてしまいました。
この小品は、「ヤマトの、イスカンダルへの第一航海での乗組員たちの会話」ではありません。
また、登場人物は全員(といっても2人ですが)オリジナル・キャラクターです。
時代は、ヤマト『完結編』から、数年の後。
第7外周艦隊を統べる古代進の旗艦・アクエリアスが就航し、ガニメデ基地をベースに
活躍を始めた頃のことです。

作中の背景その他は「新月の館」における 古河大地 関係の物語に依拠してます。
未読の方も、この話の雰囲気だけお楽しみいただいても良いかなとも思います。




 暗い宇宙そらにいくつかの光の点。
飛び立つ線、惑星上にある点――。

 それらを硬化テクタイトのガラス越しに眺めながら、古河大地はからになったウィスキー
グラスを鳴らした。
カラン…と、素っ気無い氷とグラスの立てる音を手の中に弄びながら、この惑星ほしの夜を
過ごす。基地の外れにある一角には、民間人も出入りできる遊興施設があり、その
ひと隅にあるバーは、こんな処にあるにしては珍しく、わりあいに静かで、1人で飲む
には気に入っている店だった。

 耳許でカラン、という心地よい音がして、ヒヤリとした冷たい空気がそれにまとわり
ついた。はっと顔を向けると、女がトンとそのグラスをテーブルに置き、するりと体温が
横のスツールに滑り込んでいた。
 「あぁ……君か」
ぼそりと、興味も無さそうに答える口調は、人を寄せ付けないようでもあり、だが拒絶
するというほど強い意識を発してはいない。
「えぇ、私よ」女は微かに笑い、その表情は10人の男がいたら8人くらいは心地よい
と感じたのではないだろうか。残念ながら大地はその、残りの2人にあたる。
 「――独り?」
「あぁ」と彼は応じた。
「俺ぁいつも、独りだぞ」独り言のように口をついで出た科白に、女は可笑しそうに答
える。「嘘ばっかり。貴方がなぎ払ってるだけでしょうに」
はっきりとわかるほどに唇の端で笑ってみせて、だがまだ彼は前を見たまま。
「席料よ」と目の前に置かれたおかわりのグラスを、ありがとうとでもいうようにち
ょっと目の前にかざしてみせて、くい、と一口を喉に流し込んだ。
グレンフィディックのロック。――こんな辺境の地で飲むには贅沢なシロモノだった
が、1杯目それを飲んでいた彼にしても2杯目を奢られて別に困るものでもない。
バーボンのまろやかな喉越しが、直接のように胃に流れ込んで、ふぅと心地よく一息
をついた。
 「相変わらずね――ま、ストレートで流し込まないだけ、良いか」
女はまた笑った。
「……家じゃいつもそうさ。だけど、高い酒、楽しまずに飲んじゃ勿体無いだろ」
氷を溶かし込みながら、過ぎていく時間と酒をゆっくりと楽しむ。
−−それは“酒を飲む”ことだけが目的なのではない、時間の浪費の方法だったろう。

 「何見ていたの」「べつに…」
この男との会話はいつもそうだ。話せば饒舌にもなれるくせに――部下の人たちが
言っていたわ――会話らしい会話が成立しない。堅い表情をして、いつも、感情が
読めない。
だけど、皆、知っている。時折の笑顔がどれだけ魅力的だか。だから、その一片を得
るために惹かれる女がいるのも――男もだけど――知っている。
 彼女=薮内海やぶうち かいは、それよりはもう少しこの男と親しい 間柄ではあったが、
それでも友人だとも言い切きれず“知り合い”の域を出ないのかと思うのが常だ。
「――今日は終わったのか」「えぇ、まぁね……どうせ1日や2日で終わりゃしな
いから。ひと息入れに来たら貴方が居た、ってわけ」
そう言ってみせる。
「……そう」
 今日の大地は少しいつもと違う気がした。壁を作っているというほどではないが、
内面を見せるのを嫌うこの男の殻が少し緩んでいる気がする。
どうにかしてやりたくなって……というのは、女のどうしようもない処だろう。
ふいっと知らず手が伸びて前髪と地肌を触って、その形の良い頭に手を触れる。
 「やめろ、よ。……そんな気分じゃ、ない」
やんわりと、それでも拒絶というほどにはキツくなく、左手が上がってその手を払う。
そうか。“そんな気分”じゃ、ないんだ。

 彼が何を考えているのか――あるいは、考えていないのか。
わかるような、気がした。
「――お前」カランとまた持ち上げたグラスが鳴る。アルコールを含む間言葉が切れる。
「好きな男、いるのか」
そんなこと興味ないくせに、というような口調で大地は続けた。
 「――まぁね。いないことは、ないわよ」
「付き合ってるのか」「……付き合ってるような、そうでないような」
「近くに、いるんだな」「えぇ、まぁね」
「――そうか。良かったな」「まぁね…」
 探り合いするほど色っぽい仲じゃない。本当のことを言ってるかどうかも、どうでも良い
のだろうきっと。
ほぉ、と珍しく女の目の前でため息など吐いて、大地はまた目線を外の滑走路に発着
する光の点を眺めた。

 「――飛行機、好きね」
こんな時間外まで、眺めているなんて。
「あぁ……それなりにな。だから、こんな処ガニメデにいるんじゃないか?」
やっと会話らしい言葉を吐き出して、彼の表情が緩んだ。

 いろいろな噂がある、この男。――童顔な目鼻立ちをしているくせに、そうは見えない。
年齢もよくわからない――若いという人もいれば、そうでないという人もいる。
だけど、あの艦長たちと同世代のはずだから20代後半、というところか。
あの人たちの仲間にしては――ヤマトの仲間にしては、くら部分ところ がある。
それがまた、妙にある種の女たちを惹きつける。
 恋人がいるんだともいう――男の。色好みには見えないくせに、一度、通路でキスして
いる処を見かけて驚いた。相手は少年だったが……ふと目が遭って、悪びれずに見返し
ニヤりと笑ってみせた。その時に、惚れたかもしれない、少しだけ。
 だがもう一つの噂は――恐らく真実だろう。
誰もが大きな声では言わないが、基地の誰もが知っている。
戦闘機隊の間では、規定の事実だともいう――この男が、副隊長に惚れている……愛
ともいうべき純情さで。まるで騎士のように、届かぬ相手を、愛してきたのだと――何年
も、何年も。あの戦いの頃から。
 今も、彼女を想っていたのだろうか。飛び立つ光を眺めながら。
 あのひとに憧れる者は多い――海自身もそうでないとはいえない。 キャリア女性の希望。
きりりとした姿、シャープな機影、きびきびとした職業意識。そして危機になればまるで、
魔法のように飛び出していっては奪還し生還してくる戦女神。
そしてその傍らには、常にこの古河大地がいる。
ふだん共にいる姿はあまり見かけないが――危地に赴く時、必ず共にある、といつから
か知った。そうしてそのひと――佐々葉子を、海も知るようになったのだった。


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 目の前のテーブルに無造作に投げ出された左手。
あれ? と違和感を感じたのは、その薬指の先がマニュキアを塗ったように赤い色を帯
びていたからだ。
視線の先に気づいたのか、偶然か、大地がやんわり顔を向けた。
「これか…」ふと笑う。「マニュキアみたいだろ…」
そういう言い方をすると、子どものような表情になる。海は顔をしかめてその指を取った。
「――爪、無いのね」
あぁ、と大地は言い、手を海の手に預けたまま指をぱたぱたと動かしてみせた。
それを取って、するりと撫でると、何かを感じたように通じ合うものがある。
 「抉り取られたからな……肉が浮いてきて、、、キレイに治ったからな、そのままだ」
均等に肉が浮いたのだろうか、血管が透けて、この明かりの許ではオレンジにも暗い
赤にも見えた。
 今の外科技術なら簡単に直せるでしょうに、と言うと
「治してどうなるってもんでもなかろう。指の動きがもうこれで慣れちまったからな。
爪ができると拘束感があるかもしれない」

痛々しい、生々しい、赤。
 「君は爪に赤、塗らないんだな…」
ふと大地はそう言った。預けたままの手を逆に絡ませ、指を取られる。目の前に持っ
ていかれてふ、とやつの唇がそれを舐めた。
「指先ってヤバいだろ」人の悪い笑顔を浮かべている。――邪魔をしたお仕置きって
ところだろうか。この男には、そういう処があるのだ。
「――やめてよ」声が掠れた。
 「薬剤はマズいけど、コーティングはしてるのよ。爪が溶けてもやですからね。
まぁ手袋してるから――」
 あ、そうか。
ふだん気づかなかったのは、彼らはいつもグローブを外さないからだった。自分たち
は実験の時しかはめないグローブを。操縦桿を握る時はいつも。館内でも、常に。パ
ネルを操作する時もそのままなのかどうかはわからないが……ごくプライヴェートに
会って、褥を共にする時、着衣とともにようやくそれを外す。だから……指先を見る
なんて、めったにないからだわ。そう気づいた。
 ポツンと、グラスの向こうの窓の手前に、揃えたグローブが置かれているのに今更
ながらに気づいた海である。

 「爪、剥がされるのって……痛いんでしょうね」
何もなかったように前を向いて、酒に戻った大地に、先ほどよりは少し間を詰めて座
っているかいは訊いた。「――まぁ、な……だが痛みも、あんまり続けば、慣れる」
その、淡々とした口調にゾクりとして、思わず体が震えた。
 それに気づかれたのだろうか、するりと背中から手が伸びて、反対の肩を大きな掌
が包んだ。ふと横を向くと端正な顔がすぐ近くにあって、ゆっくりと久しぶりの――
キスが唇を覆った。
 柔らかな舌。熱い息――ちょっぴりアルコール臭く、そして甘い。
そのまましばらくそうしていたと思うと、唇を離れ、顎に沿い、首筋に降りようとし
た処で、彼は離れた。
独特の感触が背を走ったが、ふぅと息を吐いてそれを引き締めると、海はまた両肘を
カウンターテーブルに乗せてグラスをつかんだ。
 ふうん、と面白そうに眺める彼の目は、悪戯めいて光っている。
 ――そんな気は無いのだ、今日は。彼は。
「どの指も…ひと通り、やられたな。爪と肉の間に細い金属片を入れられるのさ。
……まぁ、初歩的拷問だから、こんなの民事警察でもやる」
ぞっと背筋に寒気が走った。

 有史以来――拷問というものは進化こそすれ衰えることはない。
「今でも使うぜ? 相手が俺たちと同じ“ヒト”だったらな。――ムチで打つとか殴られ
るとかいう以外に、肉体的損傷を伴うもの…例えば骨を砕かれるとかな? そういう目
に遭った時、どの程度でどうするかは、場合場合だし、そいつの素質とか訓練次第だ」
 恐ろしいことを大地は語っている、と海は思った。
それは、拷問などを含めた特殊訓練を差す。――そんなことが、あるのだということは
知識では知っていたが、まさかこの男がそれに噛んでいる、ということは?
 「腕の一本や足を折られるのは何とか我慢できるさ――だけど、骨を砕くとか膝を
割る、といわれれば……俺はアウトだな」
気持ちが悪くなってきたが、大地は平気だ。……実際にはもっと酷いこともされたが
……相手はヒトでは無かったのだから、効果を考えてのことだとは思われなかった。

 人っていうのは、案外簡単に死ぬのさ――。

 ぼそりと大地はそう言った。
だが、案外しぶとくて……なかなか死ねない。死にたい、生まれてこなければよかっ
た、というほどの苦しみに放り込まれてもね、次の日目覚めて、まだ息をしていると
思った時の絶望は、生きたいという欲求と差し引きしてどっちが大きかったろうな…。
生きてまた、あのいつ終わるか分からない苦痛の中に引きずり出されると思うと――
ころしてくれ、と叫びたくなる気持ちになるさ。
 海は黙って、吐き出すように静かにそう言い続ける大地を見守っていた。

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 (だが俺は――殺してくれ、とはついに一度も言わなかった。)
 あとから気づいたことだ。
何故だろうな――。

 左手を目の前にかざして、薬指を眺める。

 “赤”というのは、血の色だな――俺たちの色でもあり、生命いのちの色だ。
美しくもあり、そして、残酷だ。それがにごる時、俺たちの命も終わる――。

 あの頃の傷跡を残すものは、これと――あとは。
 体の中央に斜めに残った大きな傷と、抉られた俺自身――外からは見えない。

 「行くわ、ね…」
今日は独りでいたいのだ、彼は。
――邪魔するよりも、そうした方が、温かい。彼女はそう思った。
「あぁ…」
片手を振り向きもせずに上げて、その上げた指に赤い爪が見えた。
「――バーボン、ありがとな」
次は俺が奢るよ、そう微かに聞こえて、彼女は店を後にする。

 (俺は−−)
胸の中でだけ、ゆるりともてあそんでいた想いが、頭のなかで言葉になる。

 愛したことを後悔したことは、無い。
絶対にそれが返されることも報われることもない−−。
そういう途を選んだことも、だ。
 (報われている、とは思うんだけどな−−)
口元に零れた微笑みは、幸せそうといえなくもないものだった。

ふだんは忘れてすらいることだ。
艦を降りてしまえば、目の端にその姿を捉えることすら稀になる、遠い女−−。
だが。
 愛してる、と気づくのは、それよりも、こんな時間だ。
 想い、それが届くのか−−届かないのか。
求めるのは愛情ではなく、俺が君を愛していることを、君に知っていてほしいと
いうことだけ。それが、願いだった。
 それで、幸せなのだから−−。


 古河大地はまた一口、琥珀色の液体を口に含むと、ゆっくりと微笑んだ。

 また滑走路の向こうに光の筋が見えた。
この時間でも発着するものがある……あれは、航宙機ではなく、戦艦かもしれなかった。

Fin
space clip


――A.D.2210年頃 on the Ganymede

注★この話は、フィクションです。『宇宙戦艦ヤマト』をベースにしていますが
本編TVアニメとはまったくかかわりがないほどです

綾乃
Count005−−25 June, 2008


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背景画像 by「十五夜」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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