【暗黒系10の御題2】より

      window icon靴の下、苦痛の舌。


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 「靴?」
古代進は、自分の草臥れた靴をふと見やって問い返した。
「そう。靴……その人の性格とかいろいろ、出るよね」
 くすっと笑う様子が、なんかムッとする。
でもまぁこの女性ひとには逆らえない、という気分もあって、頭の後ろをがりがりと掻いた。
ぼさぼさで構わない所為で長めの髪が、ますますぐしゃぐしゃになる。
 戦闘班員の靴は、戦闘や訓練などでただでさえ消耗が激しい。近代素材のため
もあって普通の靴ほどではないが、それでもこれだけの過重を日々かけていれば、
消耗しない方がおかしい。ましてや一日中立ち働き、艦橋と艦内を飛び回っている
感のある古代進である。その靴を見れば、確かに薄汚れてはいる。
身なりの管理も仕事のうちなので、手入れはしているが、中身の劣化までは手が
廻らない。傷めば修理に出すか取り替えてもらうしかないのだ。
 伊勢は目を上げて、またくすっと笑った。
「――いやさ、この靴でどれだけ人の血ふんづければいいのかなって」
別に自嘲するようでもなくそんなことを言う年上の女性ひとを、古代はきょとんとした目で
見上げていた。

 格納庫にいてゼロの整備をしていたら、上から声をかけられた。
「戦闘隊長〜っ」と呼ばれて目を上げると、印象的な表情が目に入った。長い黒髪を
アップにピンで留め、少し汚れた顔が覗いていた。
 あまり親しく話をする相手というわけではない――だが、話しにくいという印象もない。
戦闘員の女たちは若いのが多いが、この女性ひと――伊勢佳子は、確か最も年長である。
……とはいえ20代後半。たぶん、真田さんより少し若いくらいだったと思う。
 はしごを伝ってとん、と降りてきた。
すっと走って外へ出たかと思うとほい、と投げ寄越したものを咄嗟に受け止めて見ると
缶コーヒーである。ちょうど喉も渇いたし、と一息入れることにして、ワープ時の体固定用
に並んでいる椅子の一つに腰掛けた。ふわりと横に並ばれる。
 彼女いせの鼻の横に油が黒く付いていた。グローブをパン、と叩いてから拭った時に付いた
のかもしれなかった。
 「ん? 何かついてる?」きょと、という風に言った。
あは、と綻んだ古代の目線の先に気付いたらしい。
ちょっと待ってね、というとポケットから小さな手鏡を取り出し、覗くのである。

 「へぇ? ふだんでもそんなの持ってるんですね……さすがに女の人だなぁ」
戦闘員は柄っぱちな印象がある。たいていそれにそんな道具持っていると危険なのじゃ
ないか、など思っている古代の横で、くいくい、と頬を拭った伊勢は、パチンとそれを閉じ
がてら裏側を開けて見せた。
「ほら、班長」
 え、と見た古代の目の先に、組み込まれた小さな…。
「ブラスターよ、変形の。あと、こうして」
薄いケースの間から細いテグスのようなものが引き出された。「簡易の通信機にもなるし、
データが少しだけどね、仕込める」
「へぇえ」…古代は本気で驚いた。

 女の人たち皆、そんなの持ってるの?
と単純な興味で聞いてみると、伊勢は微かに首を振って面白そうに古代を見た。
「鏡だって皆が持ってるわけじゃないし。――っていっても正確に鏡じゃないわよ、
ガラスなんて危なくて身につけられませんからね」くすりと笑うが、色っぽくないのは
このひとの個性なんだろうな、と失礼なことを思っている若者である。
「口紅に仕込んでるもいると思うけど…まぁ、これは特注品だからさ」
ニヤりという風に笑ってみせて、また胸ポケットにそれをしまうと、どこに入ったか
わからなくなった。「ま、心臓のちょっと上だからお守りにもなるさ」と。

 昔、髪の中や女蔭など、体のあらゆる場所に武器を仕込んで男を狙う「刺姫」という
中国の殺し屋がいたというが。女ってこわいとこもあるな、そう思う古代である。
――彼女ゆきはどうだろう? 戦闘員じゃないからな、そんなこともないだろうが。
いろいろやっぱり身につけてたりするのかな?
 心の中が顔に出たのか、
「好きな人のことでも考えてたでしょ」という指摘に、思わずカッとなった古代だった。
「そ、そんなことありませんよ…」
「いいわよ、隠さなくったって。思うは自由、若者は大いに恋愛しろ、ってね」
「からかわないでください」
古代は缶の底に残っていた液体を、くい、と飲み干した。

 「靴の底にナイフ仕込んで、敵を狙うってスパイものがあったね」
雑談のように言って、伊勢は古代の靴を見た。
「え? 靴?」
「そう――靴の踵」
 古代進はドキりとした。ナイフを仕込んでいたりするわけではないが、通信機の小さい
のが入っているし、剥がせば武器の代わりになるだろう非金属が仕込まれている。
いつ何があるかわからないから……火星時代に叩き込まれたことで、皆がそうではない
のだろうか? ふと古代はそう思った。

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 「あんた、どれだけその靴の底に踏みつけにしてきた?」
突然の言われように、え? と古代が思ったのも仕方なかっただろう。
「――踏み付けに、ですか?」
古代は人を踏み台にした覚えなどない――もちろん、意識しては。理不尽な侵略によっ
て両親も親戚も友人たちも、平和な時間も、故郷の村も町も、全てが奪われた。
訓練学校へ入ってからも、体が小さかったことと成績の優秀さもあって、理不尽な暴力
に晒された。それをなぎ払い、越えて、さらに高みへ昇ろうとしての今がある。
だが、それは、古代進の側の主観ともいえるかもしれなかった。

 は、と思った進に、伊勢佳子はぼそりと言う。
「ここにあたしたちが乗っかってるの自体、この靴の下に何百人の血を踏みつけてるか、
わかったもんじゃない」
「伊勢さん…」
に、っと笑いかける。――けっして美人というのじゃないんだが……不思議な人だ。
 古代は戸惑った。
 「私だってね、亭主と、子どもと――仲間たちと。地球で待ってる人も含めて、いったい
何人……」
え? と古代は聞きとがめた。「お子さん、ですか…」
「あぁ」と伊勢は微かに笑う。
 「5歳だったわ……やんちゃで、可愛い盛りでね。遊星爆弾の地上直撃による岩盤
落下で、小学校ごと…」ごいん、と手でもう一方の掌を叩いて見せて、苦笑した。
――そういえば微かに覚えがある。
 地下都市へ移って最大級の事故だった。事故、なのだろうが、それは遊星爆弾の直撃
による被害、というように報道されたのではなかったか。
「――それで?」
伊勢は少し背を伸ばすと指を頭の後ろに組んで背を伸ばした。
「…なんていえばキレイだけどねぇ。…どうしてかね。ただ、黙っちゃいられなかった、って
とこが正直なとこかしらね」
 戦闘班長、あんたって若いくせに不思議な処があるね。なんだか本音を話したくなるよ
うなところ、ね。人懐こいって言われないかい?
熱血だ、乱暴ものだ、といわれなければ天才だとか特別製だとか。
……そういえば、そうか。小さい頃は近所の人たちにはずいぶん可愛がられたっけ。
甘えん坊だと兄貴にはいつもいわれていたし、母さんもそうだった…。

 「班長、そうしてみるとお兄さんによく似てるね…」
え、と古代は目を上げた。
「兄を……ご存知なんですか?」言葉が掠れたかもしれない。
こくりと伊勢は頷く。
「軍に入ってから直接、一緒したわけじゃないけどさ。何度か会ってるよ。私の亭主
が――もう死んじまったけどね……助けてもらったこともあったし。それに……最後
に乗ってた艦の副長が、守さんだった。友人とも親しくてね、いい男だったね――」
「そうですか…」
 穏やかで明るくて、優秀で…。
亡くなったんだって…残念だったね。いや、残念だよ、私も。
そうやってあの人のこと知っててくれる人も、どんどん減っていくから…。

 何故こんな話を突然するのだろう、という戸惑いと、皆、年齢なりに、その居た場所
なりにガミラスと戦う事情や、人生があったのだと。進は思う。

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 靴の下に踏みつけに、か。

 自分が現在いま、戦闘班長で此処にいる――そのこと自体がその結果なのか。
古代は目を上げて伊勢を見た。彼女はそ知らぬ顔をして缶コーヒーに集中しているよう
に見えた。
「優秀なものは、そうでないものを踏みつけ土台にしてのし上がっていく――軍隊な
んてそれで成り立ってる組織だからね。だから、上の者は下の者への命の責任を持っ
てる――なんてことは、今さら私が言うようなもんじゃないもんな」
伊勢は笑った。
「最初から、士官候補生だったろ、あんた」こくりと古代は頷いた。
「お兄さんはまさにそういう感じだったけど…」伊勢は静かに続けた。「……あんたは
それに迷いがあるように、見えるね」
「迷い?」
あぁ、と彼女は頷いた。「時々、ね」
――優しすぎるのかもしれない、とは言葉に出さず、伊勢は胸のうちにつぶやいた。

 あたしたちは戦闘機隊だから、もう一瞬一瞬の割り切りの連続だけど。
伊勢はそうも言った。

 戦いの時に、味方の屍を靴の下に踏みつけても平気だろうか。
 ――平気にならなきゃいけないんだろうか。

 まだ、そんな戦いには遭遇していない。
ガミラスはどんな敵だろうか。限りなく残虐のような気もする反面、妙にわれわれと
近い、人と似た精神構造なのではないかという気もする――それは、攻めてくる方法
とかからね、たいていの学者連中はそう考えてると思うよ。伊勢はそう言った。
 人を相手に、鬼になれるか。
 味方を有効に殺すことで、勝とうとすることができるか…。

 「どう思います? 伊勢さん――加藤なら出来ると思ってますか? あるいは、
山本なら」ふっと彼女は息を吐いた。
「あぁ……安心して死体になれる。足掻いてりゃ、助けてくれるだろうしね」
「そうですか…」
 彼らは大人だと古代は思う。二つ――年齢的には2歳年長の同期と先輩。2人とも
が、自分の部下で副班長として自分を助けてくれる。
 「白兵戦やら砲術戦だと直接生身が相手だもんね。引きちぎられた肉体、苦痛の舌。
軍靴の下のズルりとした感触……消えないよね。吐き気がするでしょ」
こくりと古代はうなずいた。
――おそらく、そうなのだろう。
 伊勢や、山本たちと違って自分は――まだそんな実戦経験は、無い。
ただ、砲撃され吹き飛んだ砲塔の仲間たちが、内臓をやられ、腕を足をちぎられ、脳漿
が飛び散る様子を見ただけだ。
そんな時もそれを数字と扱い、トータルの勝利を目指して進まなければならないのが、
将官の仕事。

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 とん、と踵の音をさせて伊勢が立ち上がった。

 「休憩、終わり。片付けちまおう――」
「あぁ…そうですね」古代も立ち上がる。
二コリとして片手を挙げ、また梯子にとりつく伊勢は、するすると自分に割り当てられた
機体に取り付き、がしゃがしゃと工具を片付け点検するとするりとまた降りてきた。

 「詮方ないことを、言ったね…」
伊勢の目は、ふと古代を通してその向こうを見ているようにも思えた。
 「心配しなさんな……あんたの靴は、弱かった者や、敵対する者を踏みつけるかもし
れないけどさ」伊勢は淡々と言葉を紡ぐ。「あんたの手は、多くの、これから生きるべき
人を、救い上げる手、なんだからね」
パチン、と鮮やかなウインクを残して、解かれた黒髪が目の前を過ぎった。
 ふわりとその香りがする。
汗臭く油くさい作業にまみれていたはずなのに、古代の鼻腔には、そうでない香りが
微かに残った。

 ととん、と踵をそろえてみる。
確かに此処に――艦内ではあるが、未来に続くこの艦に、自分はこうして立っている。
カッカ、と床を鳴らしてみて、古代はその自分の重みを意識してみた。
(人、1人分――)
 擬似的な重力が1Gの体重70kg超を実感させる。
 自分は此処に立っている。だが、借りの場所だ。
 ヤマトは今、イスカンダルへ向かう虚空の中にあるのだ。

 足の下に多くの人を踏みつけ、味方を砕き敵を蹴散らすかもしれないが。
 その手に、より多くの人の幸せを掴むことができるんだよ――。


 兄さん――貴方はどうだったんだろう。
 ヤマトの少し前の時代に。ただ負け続けていくしかなかった数年に戦ってきた人たち。
伊勢さんも、真田さんも、兄さんも――そして、沖田艦長もその1人だったのだ。
 今は。
 機会チャンスを与えられて、此処にいる。

(たとえ、1%以下の可能性しかなくとも――)
負けるわけにはいかない。

 古代進はまた目許を引き締めると、カツカツと靴音をさせて、格納庫を後にした。

――Fin
  
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――A.D.2199年 to Iscandal into the YAMATO

注※ 伊勢佳子 (当艦オリジナル・キャラ)と 古代 守 については、
「天使・2−運命のとき」 をご覧ください。
綾乃
Count006−−01 July,2008


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背景画像 by「十五夜」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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