【暗黒系10の御題2】より

      window iconストックホルム症候群の罠。


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この短編は他の作品と同じく『宇宙戦艦ヤマト』最初の旅の一節ですが
この作者独自の設定が加えられています。
それがお厭な方は、この先をお読みにならないでください。

俗に言う“BL設定”です。
加藤三郎、山本明のファンの方は、特にご注意ください。
(この二人、デキてます)
また、設定そのものはオリジナルです。
お読みになってから後悔されても筆者は責任を持ちませんので、悪しからずご了承ください。

ご了解いただけた方のみ、続きをどうぞ。
なおこの話は、2008年までに書き起こした作品の未公開分です。

文責/綾乃 (2009年4月)




 「なぁ…」
 暗闇でふんわりと声がして、山本明は相棒が眠っていないことに気づいた。
さきほどまでいびきかいてやがったからな、目が覚めたわけだ――まだ当直には早い
はずだがな。
「ん?」と返す。眠そうな声とともに太い腕が伸びて頬に指が触れた。
 まだなんとなくぼぉっと眠い。
非番だったし――少し早く休んだのだった。隊長と副官が同時に休める時は少ない。
だからこうして寸暇を惜しむ……というほど積極的な仲じゃねーよな、俺たち。
くすりと山本は闇の中で笑うと、その指が頬に熱を伝えるのを心地よいと思った。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
声がからかう調子になるのは仕方ないだろう。
……けっ。莫迦くせぇ。――そんな風に言った加藤三郎が、一息置いて、
「だけど。まぁ……そんなもんかな」
「へぇ?」
冗談だったのに。――加藤でも夢見が悪いなんてこと、あるのか。

 「俺だって生身よ? 神経だって、あるんよ?」
俺のこと、鋼鉄製の神経だとか、胃袋と本能の男だとか言いふらしてっのは、誰だ?
「俺じゃねーって。若いのが勝手に言ってるだけだって」
「ちっ」
若いのって――皆、同期だよ。……年は少し若いけどな。


 ぎゅ、と胸に顔を押し付けられるのがわかった。背中にその太い腕が巻きつき、密
着した熱が伝わる。
(珍しいな、本当に)
――山本はそのまま軽く加藤を抱きこんでやり、背中をさするようにして……それ
から髪を撫でて額に、そしてずらすように頬や顎にキスしていった。

 「……ん。…悪い。そんな気分じゃ、ない…」
どういうつもりだよ。
甘えたいだけか?
 ほんと、珍しいぜ? 宇宙に雨でも降るかな?


 なぁ。

 腕を巻きつけたまま山本の体の上で顔を上げて、加藤が言った。
ふっと笑った山本は、そのまま並んで寝転んで……同じ毛布をかけて。
肩がすーすーして寒いな、など思いながら、天井を並べて眺める。
互いの肩が触れていて、そこから熱い温度が伝わってくる……触れててほしいんだ
ろう、こいつは。
 「“ストックホルム症候群”て、知ってるだろ?」
あぁと山本は答えた。
「なに? お前――人質にでもなったこと、あんの?」
冗談のつもりだったが、「うん」と加藤は答えて
「――ずっと前。ガキの頃だけどな」

 人懐こくてオープンで、何でも話すやつのような加藤だが、聞き上手な所為か
意外にも自分のことを話したのをあまり聞いたことがない。両親のこと、男ばかりの
4人兄弟のことは何度も聞いたし、皆、知ってる話だが、そういえば訓練学校へ入る
前の個人的な話なんかは――航空専門学校時代のことすら、聞いたことがないな、と
山本は改めて思う。
 それを言ってしまえば、山本の出自だって誰も知らない。
同期で前の基地でも同室だった松本匠だけは、ヤツの趣味もあっていつか知るように
なったようだったが、徹底的に避けまくってきた結果、今となっては誰も訊ねないし、
俺も訊かれても答えない。
――俺は、山本明だ。
大河の名と、14歳までの人生は捨てた。
 いや、俺は本来の姿に戻ったんだ……空飛ぶために生まれて、あのひとを追ってい
こうと思っている俺自身に、だ。

 「それ、いつごろの話だ? 夢って、それか」
あぁ、という声がして、腕をつかむ感触があった。
――よっぽど、怖かったのか?
「7歳くらいだったかな……学校の帰りにね。連れ込まれて、人質になった」
 「――どんな、事件だ?」
「うちが個人的に狙われたわけじゃない。たまたま遊びに行った友だちの家に、犯人が
銃を持って飛び込んできたんだ…」


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 きれいなお姉さんがいて憧れだった。
そいつは小学校の同級生だったけど、不思議なことにあんまり仲が良かったという印象
がない。それはそうだろうな。俺はいつも飯どき以外は外に出っぱなしで町中や原っぱ
駆け回ってるようなガキだったし、授業中以外はガッコでも運動場や廊下駆け回ってた。
 そいつはクラスでも大人しめの、そうだなぁ、なんだかいつも教室の隅で本ばっか読ん
でるようなヤツでさ。悪戯小僧で悪目立ちしてるような俺や仲間たちとは当然、少し離れ
てた。
 家もさほど近かったわけじゃなくて……俺んちぁ、下町だろ? そいつの家もまぁ、
高級住宅街や新都市群の中じゃなかったけどよ、ひっそり静かな……あぁ。工場街の
中だって意味ではクラスじゃちっと浮いてたかな。親父っさんが技術者でよ、移動も
多かったみたいだから……そんなんで俺っちの親父も軍港の技術労働者だったから何
となく話すようになったのかな。

 ――成績が良かったんだ。俺は悪ガキだったが、勉強の成績だけはほとんどトップ
から落ちたことがなくて……あいつもそうだったかな。
まぁエレメンタリー時代の成績なんざ、たいした意味はねーよ。
だけど家の様子とか覚えてるからな。時々、遊びに行ってたんだろうよ……。

 加藤が思い出話をするのは物凄く珍しかった。

 「それで?」天井を向いたまま、山本は言った。
「……死んだ」
ぎゅ、と彼は触れていた腕を指で掴み、力を入れた。
少し、加藤こいつの気持ちが流れ込んできたような気がした。

 ――その時、か?
   いいや。
加藤は首を振った。
 その時は、なんだかなぁ、あんまり細かいことは覚えていないんだ。
だけど俺――昔っからあぁいうヤツだったんだな、と思って。助け出されたあと、
えらく大人に褒められたから――。
 最初はお姉さん――たぶん高校生くらいだったんだな。に、何かしようとしたみた
いだった。俺は体も昔から大きかったし、あいつは細っこくて。なんか守ってやんな
きゃ、みたいに思ったんだな。犯人――こいつも人相はわからなかったんだけどね。
あとで知ったらけっこう優男でさ。
 俺、ずいぶんこいつといろいろ話をしたんだ――何故、こんなことしたのかとか、
いろいろ。
 なんだったんだ?
 地球がこんなんなる前だろ。……何か事故って手足を失ってさ。それでも片手片足
は自前だったそうだけど。宇宙労働者だったみたいだ――会社が保証してくれなくて
さ。それで、親父さんとこ出入りしていたお姉さんのことずっと好きだったって。
親父さんには恨みはなかったみたいだけどな――そこから自分を使い捨てにした会社
になんとかしようと思ったみたいで――寮に……そうだ。そこって会社の寮だった。
思い余って、みたいだった。

 俺は泣いたんだ。
 犯人のお兄さんが可哀相で――ずっと一緒に話してて、俺には酷いことしなかっ
たし。2人は別の部屋に閉じ込められてたから、俺だけ部外者だろ? お姉さんが、
俺は関係ないからって外へ出してくれるように頼んだんだけど、聞いてもらえなくて。
それで、俺、なんか話聞いてるべきなんじゃないかって。
……子どもだろ。何もできなかった。今なら、それなりに対処できたと思うのにな。

 それで、“ストックホルム症候群”か?
「あぁ……悪いか」
「――センチだな」
 ぷい、と機嫌を損ねた雰囲気がした。
手を振り払われたので、逆に掴み返し、体ごとつかまえて自分の体を起こす。
「――お前らしい、って言ってんだよ」
「……」
 まだ、加藤は“らしく”なかった。


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 俺たちみな、人質だぜ?

 突然、山本がその姿勢のまま、言った。
冷たい声音――そして、また。闇の中、かき上げた髪の指の隙間から――グレーの瞳
がわずかな光を反射して赤く光る。
「や、まもと……」
「ヤマトは全部――皆。同じ場所に立てこもった人質のふね
自嘲するでもなく、揶揄するようでもなく。
 だから。
 俺たちはその“罠”の中にいる――だがそれで、いいんだよ。
山本のザラついた舌が首筋をかすめた。
んっ――それを我慢してやりすごすと、するりと指が同じ首に絡んだ。
 「このまま力を入れれば――お前も逝ける――」
「な……!」にするんだ、と言おうとして、やめた。
「……どうして、そんなこと、する?」加藤の瞼が閉じられ、少し震えていた。
泣くのかも、しれない。……だが、こんなことくらいで泣けないことは、2人ともが
知っていた。
 「どうして、死んだ? その子」
「――放射能漏れ」
「!?」
「――遊星爆弾じゃねーよ。――初期の宇宙開発の犠牲者の1人」
「……それって」
 「親父の跡、継ごうと思ったんじゃないの? 勉強好きで、頭のいいヤツだったからな」
「付き合い、続いてたのか?」
いいや、と微かに首が動いた。――時折、便りがある程度。だけどな、航空学校ん時、
たまたま記事で見てな。何かの技術チームで認められたって……俺らの仕事に関係
あったからな、たぶん。

 加藤は暗闇で目を開け、自分を覗き込んでいる山本の顔を見据えた。
「明――お前、死ぬなよ」
彼はくすりと笑った。「――なにをいまさら」
その声音はもういつもの山本明である。
「……俺たちゃぁ、死ぬ時ぁ死ぬ。生き残ればラッキー――そんなの常識じゃねぇか。
らしくねーぞ、隊長」
「それでも、だ…」
 ぐい、と腕をつかみ、彼は体を山本にもたせかけた。
くだらない理由でヒトってのぁ、死ぬんだ。こうやって、地球のためにとただ一隻、
出かけてきたって。……いくら俺たちが“選ばれて”此処にいるからって。死ぬ時は
きっと、くだらねー理由だぜ。そんなの、いやだ。
 「俺は別にいーけどな。」山本が言うと、「俺がいやなんだよっ」相棒が言った。
あいつはくだらねー理由で死んだ。お前ぇは、生き延びて、干からびた爺ぃになるま
で、俺と一緒に居てくれ。な、頼むよ――。
 答える代わりに、山本はぐいと相手の体を引き寄せ、そのまま唇を自分のそれで
覆った。
 長い、接吻キス――そのまま指が体躯に触れ、するりと撫で合いながら互いの存在
を確かめていく。
だが。
(――三郎。お前は、言ってはならないことを言ったんだぞ? ……その言葉は、
俺たちには、禁句だ)
 ヤマトの戦士である限り。
 ただ一隻、虚空を行く戦艦の、戦闘機隊員である限り、だ。

 ストックホルム症候群なんだよ、皆。敵がだれかなんて、もうどうでもいいんだ。
俺たちは同じ運命を背負って此処にいる。だが―― 一瞬先に、それは分かれるもの
なんだ。
 だから――俺はお前の温度が愛しい。だから、今。こうしているんだからな。

 2人の想いは食い違い――そして共通だった。
 西暦2200年、ヤマトはまだその使命の、半ばにも達していない――。

Fin
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――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO

綾乃
Count016−−27 Mar, 2009/summer, 2008


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背景画像 by「十五夜」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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