【君を見つめる10の御題】より

      air icon  君は価値のない宝石だと気づいた。


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 「君は価値のない宝石だと気づいた。」

 ポソりとそう言うと、森ユキはカランとガラスコップを氷で鳴らして、両手で包むように
喉に果汁の入ったカクテルを流し込んだ。
恋人はそれを見ると、「なにそれ」と聞く。
「昔の恋人に、言われたの」
ふぅん、とまた前を向いて、男の方はロックにした冷酒を眺めていたが、ふと気づいた
ように、「恋人、だって!?」と言った。
大きな声ではなかったが、ちょっとショック、が声に出る。

 それはそうだ。ユキだって自分と出逢った時は18歳。同い歳とはいえ、すでに社会人
経験もある看護師だった。
軍病院の看護師なんて引く手数多あまただ、軍人は案外、そうやって結婚するケースが多い
っていうし。しかもこんな美人。――恋人くらい居たって……仕方ないよな。
ただ、逢った時はフリーだったはずだ。…その、はずだ。
 内心の焦りを表に出すまいとしたわけではなかっただろうが、もともと表情筋は器用
な方ではないし、気の利いた言葉の一つ、出せるわけでもない。
ただ黙って並んで、目の前の酒を見つめる。

 独り言を言うように彼女は続けた。
「――恋人、っていってもね。私の方がそう思ってただけだったのかなぁ……幼馴染、と
いうか小さい頃の知り合いのお兄さんでね。カッコよくて頭が良くて……憧れだったわ」
「へぇ…」ほかにどう返事のしようがあるだろう? 
どうやら勝ち目は、ないらしい。女の子の思い出話の中で“幼馴染のカッコいいお兄さん”
は、最強である。
 「で、ね……」
「別れたの?」
 我ながらなんて気の利かない――。
コクリと彼女は頷く。
「別れた、っていうのかなぁ。……もともと、恋人同士ってわけじゃなかったみたい」
 自分だけの、幼い思いこみ、、、大事にしてくれているという、自惚れ。
 それに。――そんな時代じゃなかった。


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 遊星爆弾が落ち始めた時、ユキは中学生だった。
大学へ行って医師を目指そうと思っていた、その進路を変更した。
少しでも早く現場へ出たい。目の前で苦しんでいる人に何かできれば。
 それは、その人のお祖母ちゃんが放射能でやられて苦しんでいた所為もあったかも
しれないのだ。
病院で世話になるのは医師だけれど。日常、ケアしてくれるのは看護師さんだ。あの
人たちには感謝している、でも皆、大変なのよ。手が足りなくてね。病人ばかり、けが
人ばかり増えるからね……私なんか軽いからって返されちゃって。あぁ苦しい。…

 でも、どんな時代でも――戦いの中でも、人は恋をするわ。
 人は、幸せに生きようとする生き物。まして、少女はね。

 ユキは使命感も意思も十分に備えていたし、正義感も強かったが、人並みに恋する
乙女、でもあった。学校で素敵な先生に熱を上げたり、カッコいい上級生に、友だちと
一緒にミーハーしたりもした。
もちろん子どもの頃から相当な美少女だったので、告白されることも遠巻きにされる
ことも多数……だけど、ユキは。自分が好きになることの方に、常に夢中だったのだ。
 好かれて付き合うなら良い想いができただろう。
簡単に幸せにもなれたかもしれない。
だが森ユキは――それでは幸せにはなれない自分を知っていた。
 地球の幸福も。私の幸せも。――自分でがんばって、得てこその幸せ。
 そう決意していたわけではなかったろうが、ユキ自身がそういう性向だったことは、
人類の未来にとって幸福だっただろう。
それがなければ、古代進の自覚や命も、ひいてはヤマトの成功も、あり得なかった
かもしれなかったのだ。


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 ヤマトに乗艦命令が出、18歳の女子には重過ぎる役割を与えられた日――。

 ユキに惑いがなかったとはいえない。
志願しての乗艦である。もちろん選抜者の中からの志願ではあった。
やり甲斐もあり、それがどういう意味を持つのか――そして、引き受けようと決めた
時、隠されたもう一つの使命すら管理する立場の1人に叙されて。
 『貴女だから、頼むのだ――地球の未来を救ってくれ』
長官じきじきに依頼され、そして佐渡博士と沖田艦長を紹介され…。
それでもまだ、惑っていた。
 たとえ滅びを待つにしても――好きな人の傍に居られる方が幸せなのではないか。

 そして彼は言ったのだ。
「君は価値のない宝石だ――そう、今、気づいたんだよ」 と。
あれがどういう意味だったのか、今のユキにはわかる。
愛でも恋でもない、ほのかな想い。
彼の心の奥底に秘められたものは、わからない。
だけれども。確かに向けられていた深い愛情、そしてあの言葉の意味。
彼が私の手を離すべく、敢えて地下へ潜ったことの、意味。

 (だから私は、迷わなかったのよね――)
優しかった。けれども頑固で、正義感の強かった、五つ年上の、男性(ひと)。
動植物の知識、他の惑星のこと。それと考古学に始まる地球や宇宙の歴史――どれ
だけ多くの自然科学の、歴史の知識を、彼から学んだことだろう。
中学校の時の家庭教師だった。そのまま大学院に進み、研究室に入って――。

 「それから、どうしたの?」
黙って思い出に入り込んでしまったユキの沈黙を、どう想ったか、傍らの恋人が声を
かける。
「ん?」ユキは現実に返った。
ううん、と栗色の髪を揺らしてかぶりを振って。
 その“地球の英雄ヒーロー”を振り返ってユキは優しく言葉を次ぐ。
「なにも」
「戻ってから逢えなかったのかい?」
「そう、ね……逢ったわ。仕事の先で」
「うん…」
「でも、それだけ」
「そう」

 あの言葉の意味。
訊ねた私に彼はこう言った。
『君は宝石のような女の子だ――だが、僕にとって価値ある宝石というわけじゃない』

 やっぱり、そうだったのかと。

 僕の手許に置いておくべき宝石じゃない――もっと大きなものが待っている。
ヤマトに乗り、もっと多くの人にとっての、宝石であるべき女性ひとだよ君は。
――手許に囲い込んでは、いけないのだ。
君にはその力があるのだから……。

 『僕はね、心からそう思ったよ』
彼は少し残念そうに微笑んで言ったのだ。
 『君にはその力があると思ったし――僕の信念は証明されたことになるね』
 握手をしてくれるかい? 地球の英雄ヒロイン――そしてこれからもまた、そうやって
女神のように。この惑星ほしを守ってくれるだろう、君。
僕は自分の判断に誇りを持っていられる。

 そう……。
私、フラれたのじゃなかったのね。
いえ……やっぱり、フラれたのかしら?

 それでも最高の思い出だったわ。
 あぁ、そうだね。君は最高の生徒だったよ。

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 「ユキ?」
深くて不思議な光を湛えた瞳が、自分を見ていた。
はしばみがかった瞳。日本人にしては色の薄い部分が多い、深くて、時にはキツくて。
だけど、大好きな――。
 ユキはにっこりと古代進に笑いかけた。
この世で最も愛しい、私自身が見つけた、私だけの――あらちょっと違うかもしれな
いけど――宝石。
「帰りましょう、古代くん」
あぁ、と柔らかく頷くと、彼は彼女の手を取り、スツールから下ろすと肩に手を回した。
「帰ろう――」僕らの家へ。

 束の間の、静かな時間。
宇宙はいま、静かに地球の夜を包んでいる――。

Fin

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――A.D.2205年頃 on the Moonbase
綾乃
Count009−−10 July, 2008


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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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