【君を見つめる10の御題】より

      window icon 君の心の欠片がごみ箱に落ちていた。


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 「ハロー、艦長」
荷造りでもしようかと寝床に腰をかけた処で、少し開いた扉に手をかけ、彼女が立っていた。
古代は少し驚いて顔を上げる。
「――君か…。驚いたな、どうやって入った?」
都会的なホテルほどではないが、VIPルームである。セキュリティも厳しく、通路を守る衛兵だとて
無能ではない、それだけの指揮をしてきたのだ、彼自身が。
女は嫣然と微笑んで、長い縮れたへーゼルブラウンの髪を斜めにくゆらせた。
「――マクロヴィアン流れ者の前に、扉も鍵も……あって無きがごとし」
古代はそのまま立つと、扉へ向かい、彼女の前に立ちふさがった。
「……噂は、本当なのか?」
「噂?」少し上目遣いに見る目はアイスブルーに澄んでいて、曇りが無い。
この時間に此処に在ることの意味は、半分以上が自明だが、その光には色を込めている様子も
なかった。
「――私たちはキーを無効化できるとか、魔法を遣うとかいう、あの?」
さすがに頷首するのは躊躇われたので、そのままじっと見つめると、するりと指先が顎にかかった。
触れた冷たい感触が心地よく、本能的に彼はその手首をやんわりと掴む。
――もちろん――まだ、わからないからだ。敵か、それとも味方か。
 「怖い目ね――艦長さん?」
綺麗な瞳が見つめ返す。指先がさらに肌を撫で、誘惑が背を伝った。

 女はすでに両腕を首に絡めて、半分、体を預けてきていた。
その華奢でありながら弾力のある感触を、服の上から想像はしていた。だが実際に触れてみると、
それは想像以上のものだった。
 「私たちのことが、知りたい?」
深い声で彼女が囁く。
「あぁ……」と古代は答える。吐息が混じった。
 神秘的で、不可思議だ――人種は同じはず。ただ昔、地球から旅立った者たちの子孫だといわ
れる“マクロヴィアン”たち。異なる風習と、生き様を持ち、何ものにも属さない。
だから、何ものにも従わない――だから、それを取り込もうとすること自体が無理なのだ。……い
つの世も、“中央”とはそうしたものか? 政治とは。少しも、その地域エリアで生きる 者たちのことなど
わかってはいない。――それが、文明か? 宇宙世紀か!?
 だが、知らなければならない。知って、報告して、戦わなければならないのならそれをし、できる
ことならそれを防ぎ、取り込むことが使命だった――。
帰るというこの段になって、知り合った女。まさか、この星での部下として働いていた彼女が、身を
隠していた部族の女だとは。探るつもりが探られていたのだとは――指揮官としては、とてつもな
い失態だった。
――それを、取り返せるの、だろうか!?

 「だれも……知らない」
女の指が古代の喉を這う。
「誰も、気づいていない――知らせることはない、でも、貴方が望むなら」
「望むなら?」
「教えても、いい。……貴方を信じる。貴方を窓口にするのなら、私たちが、私たちのまま存在する
ことが許されるのなら――戦うこと、なしに」
古代は驚き、息を呑んだ。とてつもなく重要なことを、この女は言っている――本気か?
  内心の動揺を僅かも外に出さぬように、古代は体の力を緩めた。
「あぁ……約束、する」
 女の腕に絡め取られながら、古代は頷いた。心の底から――そうできるなら。

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 やんわりと髪が絡まり、唇に柔らかく冷たい感触が降った。
自ずとそう導かれていたのを留めもしなかった必然の帰着だが、キスされているというのに気づ
いたのは、自分が相手に応えてからだった。「――これが、その方法、か?」
心地よい痺れが脳をつき、だが警戒で身体が硬くなる。これでも歴戦の戦士なのだ――甘い罠
の行き着く先は地獄と決まっていた。だが、信じたい気持ちと、もう一つ――どうにも説明のつか
ない気持ちが古代の行動を留め、女の腕を締め上げるのを抑えていた――部下として。少なくと
もこの半年、共に在ったのだ。
だが……これが、本性か。
……いけないと思いながらも、どこかで惹かれていた。その正体が、それか。
 「薬は使ってないわ…」
ゆうるりと微笑みながら女は言った。
[――これが、私たちの、方法。そして、コンタクト――]

 気づいた時には、激しく絡み合っていた。
彼女は女性としても素晴らしかったし、彼はしばらく――何か月も女と接触がなかった。
もともと好意を持っていたのは否定できない――だが、その隠された本性は、さらに魅力的だっ
た。
「隊長――」一瞬だけ、仕事で見せていた女の目になって彼女は見つめてきた。
「イベラ?」
「――そう、それも私の名よ」
また微笑むと、彼女の顔が近付いた。
「古代――コダイススム。憧れた、名だったわ。まだ少女の頃から……この星の果てから――
地球へ向けて。逢えるとは、思わなかった……思わなかったのよ」
 それは一族の秘密を抱いて、他方の将軍と渡り合おうとしている女のものではなかった。
「水無月くん、きみ――」
ぐ、と抱きしめてきて彼女はうっすらとまた微笑んだ。
「コダイ――貴方を、好き…だった、わ」
 同じで大丈夫なのか、と無骨に問うまでもなく、想うままに、して。と彼女…イベラは言った。

 受動的なあいてではない、彼女自身、思う様に求め、与え、そして奪おうとした。

  あっ――ふぅっ……くすくす――。
  はぁ、あぁ。はぁっ……。


 逸らした横顔が、これほど美しいとは。――土と岩で作られた丸い天井の小さな窓から注ぎ
込むこの惑星の月の緑色に見える光が、微かにそれを照らすと、美しさは際立った。
 荒い息と熱を注ぎ込む。彼も年齢も、状況も忘れ、何度か放逐した。
そして、白い光が降った――。
(( あぁっ――な、んだ? ))
その光の中にイベラの意識が浮かび上がる。
(( こっちへ―― ))
 抱き合っている相手の感触がふいに、着え、頭の中に衝撃の光のように全てが降ってきた。
性的な到達と、同時に起こったそれは、爆発するような衝撃で脳髄を打ち、いくつかのイメージ
と宇宙の光が渦を巻いて、古代は意識を失なった。

 再び目覚めた時、彼はその厚い胸を柔らかな指が撫でているのを感じて、はっとシーツを剥
ぎ、体を起こそうとした。
途端に息を乱し、枕に突っ伏した。
「あ――だめ。いきなり動いては……脳がショックを受ける。ゆっくり、息を整えて……すぐに
情報データは落ち着く先を見つけて、収まるから……貴方なら、大丈夫」
「イベラ……君は」
彼女の顎に手をかけ、ちゅ、と軽いキスを送った。
そのままふいと頭をつけ、目を閉じる。
 [愛して、いるわ――]
その声は、聴覚として耳に届いた声だっただろうか???
再び眠りに落ちた古代には、のちのちまでそれがわからなかった。
(( イベラ――俺は、君と共にはいられない―― ))
[わかっている――だから今、愛している。コダイ、ススム――]

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 はっと気づいて二度目に起き上がった時に、古代は一人、その静かな部屋に取り残され
ていた。寝乱れたシーツ。微かに残る甘い香り――肩にかけていたショール……それが
ベッドの傍らにあったゴミ箱のふちにかかっており、取り上げるとふわりと腕に絡まった。
――ふわりとした素材の赤いショール。それはまるで彼女自身のようで。
星の光が明り取りの窓から降りてくる。
(イベラ――)
 静かな部屋は、人の気配もない。
(あれは、現実だったのか?)
頭を振って、目を閉じる。――自分の……あぁ。正直に言おう、願望が、見せた夢か?
だがゆっくりと意識を集中すると、その奥底に、覚えの無い記憶がまるで整理された引き
出しの中のデータのように少しずつよみがえった。
(――これは!!)
 うぁぁっ!! 古代は頭を押さえてベッドに伏した。
まばゆい光のようなものが押し寄せたが、痛みと圧迫感は一瞬。そして、すぐに引いた。
(――そうだったのか…)
これがすべてでは、ないのだろう。だが、ゆっくりと紐解いていけば、きっと全容が見え
るだろう。今、わかっているのは――けっしてつなぎとめても、戦ってもならない、という
ことだけだ。
 ふとテーブルの上を見ると、鋭い切り口を持つ葉枝がテーブルに1葉の紙片をつなぎ
止めていた。
 [戻られて1週間めに――わが代表から通信申し上げます。お約束、
      お忘れなきよう                    イベラ・デ・カーチェイ]

 “カーチェイ”――そうか。
イベラは部族の代表会議の一人だったのだ。
 一人の首長と代表会議がそれぞれの部族を統括する。その会議に選ばれた一人がま
た部族を代表し、全体の王とともに民族を統べる。
カーチェイとはそのメンバーの一人をいう……古代は知識の中を探ってそれを知った。
イベラは真に、それを約束したのだろう――会議を代表して。
 では? 俺に近付いたのもそのためだけか?

 古代は頭を振った。
(今さら何を)
心の中に失望感があるのが不思議だった――俺はユキを愛している。地球の家族を大切
に想い、ほかに心を遣ったことなどない――だが。
 (( 憧れた、名だったわ。まだ少女の頃から……この星の果てから――地球へ向けて ))
 (( コダイ――貴方を、好き…だった ))
――イベラ……水無月くん。
複雑な想いが古代のうちに湧いた。

 ショールを手に取り、立ち上がろうとした視線が再びごみ箱に向いた。
微かに光るものがある……なんだ?

 取り上げてみると、石の欠片だ。この星に来てから古代が使っていたものだった。作業
の最中に欠いてしまい、エネルギーの供給媒介としては役に立たなくなったものだ。色が
美しく、「それなら記念にするわ」と言って悪戯っぽく笑って持っていった。あの時は無邪
気な娘だとしか、思わなかったのに。その石が割られていた。
 割られた石の破片。それが彼女の決別と、意思そのもののように伝わってきた――。

君の心の欠片がごみ箱に落ちていた。
 古代にはそう思われ、それを拾い上げた。

 (裏切り、だろうか?)
そのまま、そっとハンカチに包む。――約束を、果たすまでだ。そう思って。

 ヅーッと通信機が音を立てた。
『古代艦長――出発のお時間まで2時間ですが。お目覚めですか』
古代は表情を引き締めると、「あぁ。予定どおりか?」と訊ねた。
『はい。お急かせして申し訳ありません。――朝食はどうなさいますか』
真っ直ぐに問いかける若い士官。「あぁ、ありがとう――そちらでいただくよ」
『はい』――画面が消え、古代は立ち上がるとシャワー室へ向かった。

 この星とも、あと数時間で別れる――おそらく二度と訪れることも無いに違いない。
俺は使命を果たせるのだろうか?――この、約束を。
 いや、果たさなければならないな。そう胸の中でつぶやくと彼はシャワー室へ消えた。
この美しい星と、豊かな環境のために――この辺境で生きてきた、地球人とは異なる歴史
を持った同胞のために。

 西暦2210年――紛争は、未然に防がれ、新たな辺境自治区が、太陽系に生まれた。

Fin

eden clip

――A.D.2210年頃 on a small Planet in the Solar system
綾乃
Count019−−27 Aug, 2008


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背景画像 by 「Little Eden」様 

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、オリジナル・キャラクタによるヤマト後の世界の短編ですので、ご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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