【君を見つめる10の御題】より

      window icon 君の胸には見えない数字が刻まれている。


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= 1 =


 「はいるぞ」
シュンと扉の開く音がして、背の高い影が部屋に歩み入った。訪問はすでに知らされ
ていたから、彼は振り向きもせず、それを受け入れる。
「――相変わらず、忙しそうだなマナブ。様子を、見に来た」
 彼――杜裳能 学とものう まなぶは、振り返って入ってきた上官――真田志朗を振り返り
「局長、お久しぶりです」と、言った。

 どうぞ、と殺風景な部屋にある隅のソファを示して、学は覗き込んでいたサンプル
試験管を許のブースへ収めた。いくつかの数値を打ち出し、プリンタへ転送して、操
作盤から手を離す。――目の前、この部屋の大部分を占め、天井までを這い上がって
いる巨大な樹幹にも似た水溶液の満ちた水槽、それを軽く見上げながら背にして。
 「――生まれましたか」
タバコに火を付けながら学はソファに体を移し、透明の空気ブースで実験室とそのス
ペースを遮断する。真田の向かい側に座った。
「あぁ」柔らかく掠れた声には喜色があり、無表情といわれる真田が少し笑んでいる
のがわかる程度には、杜裳能学と真田志朗の付き合いは短くは無い。
供された珈琲に口をつけ、彼は「――それで?」と言った。
真田は一瞬詰まったが、学の意図するところを理解したのか、目を上げゆっくりと言葉
を零す。「あぁ――健康だ。母子共に健康、五体満足だ。これ以上無いってほどにな」
 その口調に、皮肉が混じらなかっただろうか?
 学はゆっくりと珈琲を飲み干すと、カップを置きながらまた手に持ったままのタバコ
を咥えると煙を吸い込んだ。
――まるで機械メカとも評される杜裳能学の冷徹さに、唯一の人間味を与えているかも
しれないのが、この、ヘビースモーカーともいえそうな喫煙の習慣である。体に悪い
ことはわかっており、数々の悪影響も医学的に証明されており、何よりも微細な生体
部分を扱う彼の仕事に悪影響を与えないようにするためには吸う場所も、設備も制限
される。……それでもなお。私費を投じて防御ブースを作る程度には、その喫煙の習
慣をやめようとはしないだ。
――それがまた、逆に彼の《健康で健全である人間》への、ささやかな反逆なのかも
しれない、と真田は思う。オレのように、もともと義手義足で、そんなことする必要も
ない人間には、贅沢な悩みのようにも思えるが……同じ科学者として、しかも生体
科学者としての学には、どうも理解できない部分がある。

 「おめでとうございます、と申し上げますよ。――地球の英雄ヒーローと女神の子。
希望の光、その第一子ですからね」
そう。戦争は終わった。戦後が、始まったのだ。
皮肉を言うつもりはないだろうが、その祝辞を素直に受取れる真田でもない。だが、
「あぁ――ありがとう、と俺が言うのもヘンな話だがな。皆、喜んでいるし、俺もなん
だか弟の子どもみたいな気がしてな」――ごく正直に、真田は照れた。

 「それで? 如何でした?」
喜んでるふりをするつもりもない、とでもいうように、学は言葉を次ぐ。
「――いくら身内の・・・子とは言っても、やることはおやりになったんでしょう?」
ソファに背をもたれて、学は真田を意地悪く見やった。彼ははぁ、とため息をつく。
「――まったく。お前は相変わらずだな」
その真田の言葉に、学は初めて素直な、年齢相応の笑みを見せた。
「――師匠の御教えのお蔭さま、でね」くすくすと笑いが漏れた。
 はぁ、と真田はまた一つため息を付くと、「……厭な野郎だな。調べた。もちろんな」
ヘソの緒を処理し、それを保存する前に。体液をサンプルとして取り、もちろんそれは
母体の――森ユキのものも。ついでに“帰還したばかりで消毒が必要”と父親の処置
をした際に、その古代進のものも。
 「だが、男か女かは気にならないのか…」普通、真っ先にそれを尋ねるのがまとも
な感覚の常識人というものだ。どうも科学者というものは、自分も含めて少しズレて
いるに違いないと真田は思った。
「あぁ、もちろん気になりますよ。どちらでした?」
「男だ――古代守Jr、と呼ばれることになるだろうな」
「……親友の名、叔父の名、ですか。人というのはおかしなものですね」
少しの間、2人の間に沈黙が、落ちた。

 で。
「調べた結果はどうでした? サンプルはいただけるのでしょうね」
彼がそう言うと、「莫迦野郎、俺が何故、わざわざこのお目出度い日に連中の宴会にも
出ないで此処までやってきたと思ってるんだ」
立ち上がり、両手を拡げて学は言う。
「そうですよね――さすがです。それでこそ、真田さんだ」

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 2人は別室のほの暗い明かりの中で、サンプルデータの数字を前に並んでいる。

 「ほぅ……健康そのもの、ですな――遺伝子、その他、傷もない」
「まるでそれが意外だとでもいうような言い方だな」
「――いけませんか」
学は真剣にそれを覗き込み、考えながら答えた。
 「ヤマトのメンバー……特に何度も異星人たちとの戦火を潜り抜けた第一艦橋メン
バーの体には興味がありますよ。当然でしょう――宇宙は神秘に満ち、人知の及ばぬ
領域だらけだ。特に人体や遺伝子に与える影響は、発見することもなかなか難しい。
また、人間というものの免疫力や生体としての体力・防御力についても地球上にいた
のでは解明されない部分の方が多いんですからね。……実際、古代進と森ユキの結婚、
は良いとしても、子どもの誕生には不安の声が多かったんですよ。あの2人ほど、宇
宙線の影響を受け、他星に降り立ち、様々な環境に自分の体を晒してきた例は無い。
――いやまぁもともと、若くして選ばれた最初のヤマトメンバーに関しては、因子と
して優性のものが多く含まれているだろうというのは…おっと待ってくださいよ、真
田さん。貴方だから言ってる。俺は推測を外に漏らしたり論文に混ぜ込んだりする趣
味はありませんから大丈夫です――だからね。それが本当に次世代にどう影響を与え
るか。興味というよりも、不安ですよ――とんでもない奇形が生まれるんじゃないか
ってね、半分は安心しているんですから。これは正直な処なんです…」
 だから。
おめでとうございます、というのも上辺やお世辞ではないのだ、と。
――この後輩が言う言葉に嘘はないだろう……真田はうそ寒い想いでそれを聞いた。

 (俺の中に、そういった不安が無かったわけではない)
リエからも暗に指摘されていたことだ。
特に、最初のイスカンダル星、デザリウムの影響、さらには銀河交差の宙域を航行し
た影響は計り知れないのだ。
ユキが無事、守を出産したことで、ヤマト乗組員たちの今後に明るい灯が点った――
そう思っているのは我々だけではないだろうと真田は思う。

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、オリジナル・キャラクタによるヤマト後の世界の短編ですので、ご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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