【欲しがる想いに10】より

      window icon そっと背中から抱きしめて離さない。


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= 1 =
 「伸義のぶよしっ、めし、行かねーか」
「あ、秋里…ん。いま、な」
友納伸義(とものう・のぶよし)は、先任で幼馴染の和気秋里(わき・あきさと)に声をかけ
られ、食堂に向かった。

 「なかなかシフト合わねーもんだよな」
カレーを休みなく口へ運びながら、秋里が言う。同じ艦内で勤務していても、隊が違うと
なかなか一緒に動くことはない。その程度にはシフト制は徹底していた。
――もちろん大きな作戦や艦隊に出くわしたら話は別だ。
たった40名の艦載機隊。
何日も、まともな眠りも休憩も訪れない戦闘の中に放り込まれる。……それがヤマトという
艦だ。
 「そだな」
少し微笑む伸義は、男の俺の目から見てもけっこうカワイイ。狙ってるヤツ多いんだぞ、と
いうのは危ねー発言に思えて、まだ言ったことはないけど。
 一つ年下の幼馴染。訓練学校に入ってきやがった時はびっくりしたな。まさかしかも戦
闘機隊に入ってヤマトに乗ってくるとは。……女の子と間違えられるほどにかわいくて、
元気に野山を飛びまわるだけでなく一緒におままごとなどした年少の頃を、秋里は思い出
していた。

 「なー秋ちゃん。そっちの隊ってさ、けっこ厳しいってほんとかい?」
伸義は加藤隊、秋里は山本隊である。ほかに岡崎隊、鶴見隊があるが、加藤隊以外の
現場指揮は古代班長が直接に取ることの方が多い。だが日常シフトはそれぞれの小隊
長の個性で動いているといえた。
 「厳しいって……此処の隊はどこも似たよーなもんだろうよ。そう、な……うちの小隊長
は口数少ねーからな。怖いっていうのはあるかもな。怒らせるとツンドラタイガーブリザー
ドだし」
「あん? なにその、ツンドラタイガー…」
「身も心も凍りそうって意味。……あの冷たい視線浴びてみろよ、三遍くらい死にたくなる
ぜ?」
ぷふ、と伸義は笑った。

 「――それよっかさ。おまえ、古代チーフと同期だろ?」うん、と彼は頷く。
 艦底にいる限り、常に艦橋詰めの幹部乗組員との接触は少ない。それでも戦闘班長・
古代進は、格納庫が好きなのか義務だと思っているのか、当直にも立つしゼロを磨きに
よくやってくるから、他のブリッジクルーよりは馴染みがあるとはいえ……岡崎組(=火
星部隊)出身の秋里にしてみれば、どことなく近寄りがたく、しかも新卒で若いエリート、
という印象が拭えない。
 「古代? ……う〜ん。よく、わっかんねぇな」
デザート代わりに漬物を口に放り込みながら伸義が言う。
「……でもね、いいやつだよ。天才だし」

 いいやつ、で、天才。か。

 古代進を表現しようとすると、同期に訊ねるとほとんどそういう答えが返ってくる。
105名の中央校第四期生のうち四分の一ほども乗艦しているわけだが、なにかと“特別
クラス”だった古代や島は、やはり学生の頃から“特別”だったという印象が拭えない。
 ふーん、と黙り込む秋里に、
「どうしたの? なんかあった?」
屈託の無い伸義の顔を見ていると、うう、ちくしょう、かわいーぜ、ほかの男に気をつけろ
よ、と言いたくなる。
 秋里にはそういうは無かったが、実は伸義がそっちの人だということには、この
幼馴染はとうに気づいていた。艦内であぶないことしてないだろうな……それは一種の、
形を変えた独占欲でもあったが、実際に心配をしていることも確か。
軍規の厳しい、しかも重い使命を負った艦の中だ。あまりハメを外して顰蹙でも買ったら
それは実質の懲罰を引き出す。それが軍隊というところだと思うから。

 「山本先輩ってさ。そんな怖い?」
話がまた小隊長に戻ってきた。
――まだ、続いてるのかな?
「なぁ…お前、小隊長と、まだ…」続いてるのか、と口に出そうとした。
一瞬、きょと、とした伸義だったが、あぁ、と気づいて言った。
「まだ? 僕、あの人と付き合ってなんかないよ?」
しらばっくれているのでもなさそうだった。
「――学校生時代、付き合ってたんじゃねーの?」
ぷふ、とまた伸義は吹き出した。
「有名じゃない? ……あ、そうか。秋里は中央校じゃないから知らないかもしれないけ
ど。およそこっちの道の人間で、あの人と一度も何もなかった人なんていないよ」
と屈託無く笑う。おい、そこそんな爽やかに笑ってていいとこじゃないだろ。……あっけに
取られて、もしかしたらこいつ、度胸だけはすげーんじゃねーのか、と改めて幼馴染の知
らなかった面を見せつけられたような気がした。

 自慢じゃないが秋里は男女のそっち方面には疎い。男っぽくてけっこう顔も悪くないし、
パイロットだし、人気もあるのだが、どうも長続きしない。ベタベタするのも苦手だし、すぐ
泣きしたり計算しやがったりする女というものそのものが苦手だ。訓練学校の女はその
辺はさばっとしてるのが多くて付き合いやすかったが、その分、女性としての情緒が欠け
るのは仕方ない――かといって、男にはきっぱり興味がなかった。……そっちのお誘い
も当然、たくさんあったから、経験が無いとはいわないけど――二度とごめんだ。

 「1回や2回、会ったり何かあったからって、“付き合ってる”とは言わないの」
秋里が目を白黒させることになった。
「そ、そうなのか?」
「そうなの。……少なくとも僕らみたいなのは、そう」――そういうものなのか。
まぁ……男同士だからな。だけどな――伸義って魅力的だと思うけどな、かわいいし。
そのわりに気持ちは骨太で男っぽいし。仕事もできるしな。
心根、真っ直ぐでスレてないし……。
 その気持ちがヤバいものをはらんでいることに、秋里は気づいていない。

akisat illust by Jay
AKISATO,Waki
Copyright © Neumond,2009./Jay,All rights reserved.
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 「あ、山本さん」
噂をすれば、影。
秋里の背後から近づいてくる人影に、伸義が目を輝かせて反応した。
「小隊長」 ごく、と残りを飲み込んでガタリと立ち上がる。
 「――もう飯、食ったか?」 柔らかな口調は、だが事務的だ。
「緊急ミーティング。第二会議室――集合。すぐだ」
「しょ、小隊長」
 あのなぁ。
とん、と山本の手がテーブルに置かれ、ふぁさ、とその長い前髪が額にかかって秋里は
どきりとした。
「――ヤマトの艦載機隊に“小隊長”なんて地位は無い。そう呼ぶの、やめろ」
「は……。で、でも……しかし。それなら、どう呼べば」
「副官――または、名前でいい」
秋里は目をまた白黒させた。
「――山本、さん。……ですか」
「そうだ。呼び捨てでもかまわんぞ」
「まさかっ」
 ふ、とクールに少し笑って山本は背を向けた。
友納とものう
「はいっ」元気良く目を見返す。
「加藤班もだそうだ。そっちは格納庫。そのまま哨戒もあるだろ」
「了解――してますっ」
「遅れるなよ」「アイアイっ」
 心なしか、伸義に向ける声は砕けていて――明るいような気がする。
特別なつながりがあるんじゃないか――自分とこの小隊長と、別隊の幼馴染。
気づくと伸義がじっと自分を見ていた。

 「――あのね、秋里。気にすんなって。――山本さんはお前のこともきっちり見てて、
大事にしてくれてるって」
「そ、そんなこと…」
隊長なら当然じゃないか、とか、莫迦なことに気回すヒマねぇ、とかいろいろ言葉は
口の端に湧いてきたが、咳払いするだけで終わった。
 「行こうっ。俺たち最後かもだぜ?」「あぁ」
2人はトレイを慌てて片付けると、格納庫と会議室に向かって駆け出した。

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= 2 =
 その夜――。

 「秋里――」
 当直で2人が留守、もう1人はいつもの夜遊びで1人寝の4人部屋。
戸口から声を顰めるようにして、伸義がやってきた。
部屋は隣の、やはり4人部屋――とはいえ、戦死者が出てるからな、もともと3人だった
のが、現在は2人部屋だ。
 「今夜はこっちも留守なんでさ――遊びに来た」
そう言って、向かいのベッドにぽす、と腰をかける。
遊びに来た、じゃないだろ……寮生活じゃないんだぞ。

 ヤマトの艦内は四六時中、臨戦態勢といってもいい。
第三種まで引き上げられることはめったになかったが、第四種だとはいっても、飲酒禁止・
睡眠不足や夜遊び禁止――なのは艦載機隊メンバーなら自主的にそうなるのが当然である。
それを破った時に戦闘になって、まず縮めるのは自分の命、そしてさらには同じ隊の仲間
の命。ひいてはヤマトの敗北――あとが無いというレベルでの。
 だから毎日の自主訓練、定められた任務、睡眠・栄養・生活リズムその他。それを崩す
ヤツはいない――まるで集められた傭兵集団のように。
新兵気分だったこいつらだって、すぐにそうなった。戦艦で、戦闘空域を旅する、という
ことはそういうことだ。それに耐えられないヤツは――狂うか、去るしかない。

 だが、そんな中でも余毎の逢瀬、くらいの息抜きくらいはする。
 息抜きではないだろうな。命の欲求――こんなギリギリの日々だから、せめて。人の温
もりや恋を求めるのは人としての本能なのかもしれないのだ。
 「部屋代え、してくれないか――」
唐突に、伸義が言い出した。
「部屋代え、だって?」
 戦闘で死傷者が出て、部屋の人数がアンバランスになることはよくある。最初は平均化
させようという話も出たが、死者も仲間だ、せめてそのまま地球まで、という考えがない
わけでもないし、部屋をしょっちゅう変わるのは落ち着かなく精神的に不安定になるとい
う考え方もある。そんなことで強制的な変更は無くなり、希望があれば(調整可能であれ
ばだが)移ったりもできた。
――そして、わりとよくある理由が、これ。

 「――うち、いま2人部屋だろ。ここの部屋が4人。……秋里に、こっち移ってもらえな
いかな、と思って」
ふぅ、とため息を吐いて、秋里が言った。……単なる人数合わせじゃ無い、な?
 わけを言えって顔だね。
幼馴染だ。顔色なんて読めてしまう――それに、あいつはそんなに鈍くもない。
「それ、もしかして、お前の……」
こくりとヤツは頷いた。――同性愛者ゲイ、という性癖の所為。
 だからといって誰にでも襲いかかるわけじゃないのは当たり前だが、2人きりの同室者
が落ち着かないのは気分としてもわからないではない。異性と2人同室で暮らせといわれ
るのと同じだから。
「彼が――不眠症みたくなっちゃってさ」 同室の塚崎は悪いやつじゃないが、いろんな意
味で常識人だ。「僕も、塚崎と妙な気まずさ抱えるのイヤだから…」
こくりと秋里は頷いた。
 あぁ……なんだか。
気の毒だな、と思った。
普通、男同士なら気にしなくてもよいことを、気遣わなければならないのだ。
きゅん、とどこかが苦しいような気がした。

 突然、身体が動いた。
「なぁ、来いよ――」「ん?」
薄闇の中――ナイトランプが青く光る室内に、通路からかすかな明かりが差し込む。
くい、と手を引いて、膝の間に背中から抱え込んだ。
 幼い時以来、そういう風にしたことはなかったが――だけど小さい頃はよく、こうや
って抱きかかえていたのだ。

 そっと背中から抱きしめて離さない
 俺は、こいつが好きだ――秋里はそう、思った。
どんな“好き”かはわからない――こいつが男に求めるような求め方をされたら、俺は
逃げるかもしれないけれど。
護ってやりたいし、傷つけたくない。こいつらしく、生きて欲しいと思う。
――あぁ。と秋里は答えた。
「その方が、いいんならな。俺は、いいよ。明日からでもそっちの部屋に移っていくよ」
「ありが、とう…」
手の中で、息づくように伸義は言った。
 その様子が愛しくて、ぎゅ、と腕に力が篭る。
「……くるし…ちょっと、キツイよ、秋。やめ、て…」
あ、と思って力を緩めた。
 くるりと腕を掴んでこちらを向き、微かな光に光る眼差しを向けた。
「だめ――秋ちゃん、そういうことをしたら」少し怒った口調だった。
「……僕は君らとは違うんだ――男にそうされると、違う気分になっちゃうでしょ。僕は
秋ちゃんが大事だから、巻き込んだりしたくない」
「ご、ごめん…」腕をほどき、口ごもる。
 「ううん」
心底困ったような顔をしたのだろう。くすりとまた彼は立ち上がると、きゅ、と腕に手を
巻きつけ、頬にちゅ、とキスを寄越した。
「今日は、帰るね――2人でいるとヘンな気分になっちゃうとマズイし。加藤隊長には僕
から言っとく。明日、待ってるね」
 お、おい、待てよ…。
ん? と伸義は戸口で足を止めた。
「――加藤隊長には、何ていうつもりなんだ? 理由は」
え? なんでそんなこと聞くの、というように伸義は言った。
「その通り言うさ。僕がゲイだから、2人部屋だと相棒が緊張しますからって」
「お、おい…」
あぁ、わかった、とでもいうように彼は笑った。
「――隊長は知ってるよ? 僕のことなんて。それに……加藤くんだって、そう・・だ」
え? と秋里は固まった。伸義はふいと近づくと耳に口を寄せて言った。
「……内緒だけどね。それに、加藤くんは真性じゃなくて、来るもの拒まずってだけ。女
性も好きだと思うよ」
「ほんとか?」
うん、と伸義は頷いて。だからそのまま言っても大丈夫だ、同期だしさ。じゃね、と戸口から
消えた。
――残された秋里は頭がぐるぐるするまま、ベッドにぽすん、と座ったままでいる。
 俺――どうなったんだろう?
伸義を抱きしめた。
離したくない、と思い、愛しいとも思った――だけど。
 これは、恋なのか? その先まで、したいと思うだろうか? 男の彼と?
 ええい、考えるのは、やめよう。
秋里は毛布をかぶって寝ることにする。
明日からはあいつと同室か――坂崎も入れて。それもまた悪くないなと思う。

 西暦2200年。ヤマトは星の海の中を、順調に中間地点・バラン星へ向かっていた――。
若者たちの、いろいろな想いを乗せて。

Fin
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――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO

綾乃
Count002−−23 May, 2009


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背景画像 by「Blue Moon」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、*月の咲く空*様からお借りしています。

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