leaf icon火影 −過去への記憶・未来の夢2



(1) (2) (3) (4) (5) (6)
    

【火影 −過去への記憶・未来の夢2

−−A.D.2237年、地球
:二字熟語お題−No.27「火影」

planet icon
 
= Prologue =

 するりと立ったその姿は、生来のプロポーションの良さもあっただろう。しかし
どのような格好をしていてもそれなりにキメてしまうというのは、その職業柄も
あっただろうか。ふわりとしたざっくり編みのセーターを着込み、下は藍色のス
リムジーンズをはき込んだだけ、というシンプルなスタイルなのに。肩までに短
く刈った薄い髪は柔らかそうで、背を向けている姿だけでもひと目を惹く。

 その青年――YOUが、気配を察したのか、ゆっくりと振り返った。
そのさまも絵になるが、その動作は、どこか懐かしい想いを喚起させて、胸の
どこか奥がジクりと疼く。そしてふわりと振り返り、笑った彼は、ポケットに
入れていた両の手を出すと、微かに笑みを見せて右手を差し出した。
 「豊橋――さんですね。初めまして、YOUゆう――吉岡、悠宇です」
 その瞬間、一瞬の躊躇ののち彼は微笑み返して、おずおずとその手を握った。
無骨で、骨ばって、そして肉厚なその、戦いを経てきた手で。


moon icon
 

= 1 =

 YOUの芸能人としてのスタートは、たいへん恵まれていたが、その後の展開は
多くの俳優たちが辿るものと大差はなかった。美少年というだけでなくそのキャラ
クターや、内側に持つある種のカリスマは彼の置き換えられない美質だったが、
少年期を脱しようとする頃に、当時のイメージを求める顧客が離れていくのは仕方
が無いともいえる。また中学後半から高校、さらに上へと進むことを決めてからは、
ある時期は学業にも力を注がざるを得ず、また1年間の“潜伏期間”を経て、現在
はゆるりとしたペースで年に何本かの舞台と、映画。テレビのドラマなどを着実に
こなしつつ実績を固めている。最近になって自身で演出や脚本も手がけるように
なった。彼は、出演作品には慎重に脚本を選ぶといわれており、出演した映画は
必ず大ヒットとはいわぬまでも評価の高い、残る作品である。
 21歳――ようやく学業を終え再スタートともいえる時期。まだトライを続ける年代。
 YOUが自身の転機と考えるあの作品――『史上最大の作戦−Guardian』に出
会って8年……映画が上映されて6年が過ぎていた。
 YOUの出自は相変わらず伏せられていたが、もはや彼が外惑星基地のいずれ
かの出身であり、その父親が高位の軍人であろうことは知る人ぞ知る処となって
いる。年齢を経てそのシャープな体躯はますます精悍さを加え、誰もが振り返る
存在であることも確かだ。

 そうしてその春、YOUは独立をする。――母の許から、そしてあらゆる意味でも。
父がある日、言ったのだ。「もう、いいだろう」と。
「私に母さんを呉れないか」――それは父の正直な想いだったに違いない。
 機密を抱え軍基地タワーの中枢にある父と、注目されカメラやマスコミに追われる芸
能人のYOUが同居することは叶わなかった。時折、互いの多忙を押して邂逅する
父と息子は、それでも強く精神的に結ばれた親子であり、それは互いが相手を
尊重していたからでもある。あの時代を戦い抜いた父をYOUは畏怖しつつ、その
男としてはけっして一級とはいえない弱さを愛していたし、父・宮本暁は幼い頃
から自立の精神を持って星の海で育った息子を大切に思っていた。若干の引け
目を感じながらも、何よりも愛してくれていることも息子自身が知っており、それは
毎日を共に暮らすことが叶わなくとも疑うことはなかった。
 だが。
(父さんはいつか……)
 息子の中に漠然とした想いが沸いたのは、自身が自分の力で生きるようになっ
てからのことだ。いつか、去ってしまうような気がする。だから、母さんと一緒に居
させてあげた方がよいのではないだろうか。そうも感じたのだ。
 そして宮本が強い希望をもって母との同居を望んだのを機にYOUは家を出た。
そんな時期のことであった――。

crescent icon
 
 『頼みがある』
という息子の連絡をホットラインに受けて、宮本は珍しいこともあるものだ、と
それを受けた。
 なんだ、と問うと。
『古代艦長さんの艦は、こんどいつ戻るの』と訊く。
 柔らかく大きく偉大で、愛すべき男である古代進をYOUは敬愛しつつ慕ってい
たが、直接の知己はあまりない。古代の方が気遣って声をかけることでもなけれ
ば会うこともない間柄だった。
「――来週、入る。地球へだ……会いたいかい?」そう訊くと、いや、と言う。
「お前ももう卒業して、本当の社会人だ。…よく頑張ったな。どうだ、母さんも一緒
に会食でもするか? 望むなら古代にも声をかける。あいつも会いたがってたよ」
そう言ってみた。だが悠宇は、もう一度かすかに首を振ると、ありがとう嬉しいよ
と言いながら、用件はそうではないんだと言った。
 『――会いたい。叔父さんの……あの、人に』
「!」宮本は一瞬、言葉を呑んだ。「……お前が、望むなら」
宮本は言葉少なに頷いた。その表情は固い。
「……何を、言うつもりだ」
息子はまた微かに首を振った。そんな動作が様になるほどには彼は洗練されて
いる。わが息子ながら――仲間たちには若い頃の宮本にそっくりだと言われる
が、自分はあんな風ではなかった、さすがに住む世界があぁだからだろうと答え
るのだが――目を離せないことがある。
 『あの人にどうこうしたいわけじゃないんだ。…僕を信用して、紹介してほしい』
そう、まっすぐ静かに言うと、悠宇は唇を結んだ。
「……あぁ、わかった。だが、あの人はもう結婚して子どもさんも居る。……受け
るかどうかは、彼に任せてくれるな」
『…あぁ、わかったよ。お願いする、父さん』
目を上げて。そこには、真っ直ぐに自分に飛び込んでくるような、あの……吉岡
英の瞳と被るものを感じて、宮本はまた言葉を失った。……自分の息子だという
のに。どうして彼には時々、吉岡あいつの面影が、被るのだろう。
 こみあげるものがあって、宮本は通信を切った。
「追って連絡する。いつものところでいいな」
『あぁ』 男っぽくなったむすこの声がそれを終わらせた。

背景画像 by 「空色地図」様 
イラスト・アイコン by 「Little Eden」様ほか 
Copyright ©  Neumond,2005-09./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←tales・index  ↓(2)  →TOPへ
inserted by FC2 system