夜明け前 −before dawn−
.飛行機乗りたち 02 「加藤ってさ。三郎ってくらいだから男3人兄弟か?」 毎日のようにいろんなこと話していて、加藤もとてもオープンなヤツだが。 案外、人の話を引き出すのは上手いくせに、自分のことは あまり言ってなかったというような三郎である。 進は今さらながらに、無神経にも見えかねない三郎の“聞き上手”と 気配り具合に気づいてもいた。 (−−こいつはきっと、良いリーダーになる…) そんな風にも思う。 腕だけじゃなく。人柄だけじゃなく。なんとなく。 「あん? あぁ。−−上に2人だが、実は下にもいるんだ」 「四郎っての?」 「そ」 そう言って笑った。 「さぞかし賑やかな家なんだろうね」 羨ましいという風情を見せて進が言うと、三郎はかすかに首を振って。 「まぁな−−以前はそういう時期もあったさ」 その瞳がいつもと違っていたので 「え? どなたか亡くした?」と訊ねてしまった。 ふっと笑って、あぁ、と三郎は頷く。 「兄貴かぁ…宇宙の藻屑よ−− 一番上がさ、大砲撃ちで戦艦乗りだった けど……けっこう偉くなった処で、開発師団のリーダーで外宇宙。 いったい帰ってこれるのか、いつ戻ってくるのか、おっ死んぢまったのか よくわからん」 「……」 「二番目は、どこの宇宙飛んでんだか……戦艦乗ってる」 加藤三郎はちょっと自慢そうに鼻を触った。 「大人しくて頭のいい、自慢の兄貴でさ−−戦艦乗りなんかになったのが 家族中信じられなかったさ。戦闘員じゃなくて、航海士だけどな。 こんな時期だから、補給ラインも命がけだから。俺もひやひやしてるけど たまぁに帰ってくるな。……今度結婚するようなこと言ってたし。 だがこんな時代だろ? 遠慮深い兄貴だからな」 「親父は宙港の工場労働者だ−−パイプとか動線の専門家だしな、地上の宙港が 閉鎖されてからは地下都市建設に呼び出されて、ほとんど帰ってこなかった。 空気のパルプ、浄化装置、電気やエネルギーの道通…俺らにはわからんけど」 そうか。 「一番下はまだ中学入ったばっかだ」 「ただし、兄貴の嫁さんと子どもが家にいるんだよな」 「え?」と進が驚いたのを可笑しそうに。 「義姉さんと、四郎だろ。甥と姪。父親と母親。…まぁけっこう賑やかな家かもな」 「そうなのか」進はにこりと笑った。 「親両方ともぜんぜん軍人じゃないんだけど」三郎は続けた。 「爺さんの血が濃かったらしくてな−−爺さんは前の戦役の航空機パイロットだ。 太陽系開拓の艦載機乗りで、けっこう実績あった人でよ。……宇宙で死んだ」 「そうか…」 俺も−−どうせ、死ぬなら。宇宙で死にてぇ。 いや、俺は生き延びてやるって思ってるけどさ。 このまま、地球に囲い込まれて叩かれっぱなしは、イヤだ。 戦艦に乗って−−戦艦が無いなら艦載機で及ばぬ限りでも…行ってやる。 加藤……。 待ってるやつがいるからな……末の弟のためにだけでも死ねない。 四郎くん? あぁ−−最近、戦闘機乗りになりたい、なんていいだしやがってさ。 親には黙ってるみたいだが俺にゃぁお見通しよ。 だが−−俺で打ち止めにしたい。 俺たちが地球の空、取り戻して……あいつらには、青い空、戦闘機なんかじゃなくて 飛ばせてやりたい−−そう思わんか、進。 ・・・あぁ。 進は思った。 俺と、こいつとの違い。 −−守るべきものが、あるか、無いか。 未練が残るから無い方がいい、そういう人もいるけど。 ある方が、強いんだ。−−絶対に、やり遂げる。生きて戦って、勝つ。 俺にはそこまでの確信も希望も持てない…。 |