夜明け前 −before dawn−
.廃墟 01 「おう、どうだった?」 食堂の隅で進が悄然としていると、平田と島が声をかけてきた。 太田と相原も一緒である。 「古代、加藤、鶴見、九重と揃っていて、こうも静かだと何だか調子が狂うよ」 古代は何か言おうとしたが、黙って目を上げると、島ははっとして、口をつぐんだ。 ――加藤や鶴見…いつも率先して騒ぐ2人が言葉をなくしている。 ばかりでなく。 「――悪い、俺。行くわ」 飲みかけていた紙コップの珈琲をくい、と空けると、そのまま立ち上がり、部屋の方へ 去っていく。鶴見も続いた。 島たちは怪訝な顔を見合わせながら、残ってまだ座っている古代を見た。 「……思った以上に……。いや、覚悟はしてたけど、ね」 地上は酷い惨状だ。 誰にも見せたくないほど――だからこそ見ておいてほしいと思うほど。 お前らもそのうち実習で出るだろ。その時は覚悟しておいた方がいい。 古代はまだ呆然とした表情のまま、抑揚のない声でそう言った。 そういえば。 飛行科の連中、今日はあまりこっち出てきてないな。 古代は口に出さなかったが、トイレで吐いてたやつもいた。 ドームに再収用され、着地した途端、貧血を起こして倒れたやつもいた。 上がってる最中や出入りの時に失敗したやつがいなかったのは、さすがに厳しい訓練を 突破してきた連中だと心強く思う。 だが古代は――。 (俺は案外平気なんだな……) そんな自分がショックでもあった。 仲間たちを気遣い、皆がどんな衝撃を受けたかを冷静に眺めている。 だからといってそれを、島やほかの連中に説明してやるような気にはならないが。 部屋に戻ってから、静かに島が聞いた。 「そんなに、酷かったのか――」 加藤と同じく、数少ない地元出身者だ。 気になっていないはずはない――聞きたいだろうに。 瓦礫と、崩れた山で地形の跡形もない―― 富士山も、駿河湾も、東京湾も――形を留めていない。 山の近くは溶岩で変形細工の鉄板みたいになった地面があるだけで 町や海の方は、それこそ崩れたブロックで瓦礫の山――離発着できる場所もない。 個人行動は許されなかったから――俺たちは地上を少し哨戒して、日本列島を縦断し、 また戻ってきた。 空気は焼けて爛れるようで――もちろん放射能を帯びているから、大気の色は青くなかった。 空が落ちてきているみたいに見え、まるで地球という星がどうなっているのかわからない。 皆。泣き叫んださ。 俺たちはこの地球を、取り戻せるんだろうか――。 いや、取り戻してみせるって……思えるように。 飛行科の連中の心身の戦いはそれから数週間に亘って続いた。 泣き叫ぶ者もいたし、自分の内側に篭ってしまう者もいたが 飛ぶのを休むやつも、挫折するやつもいなかった――。 他の科の者たちは、その惨状を横目で見ながら、ぼそぼそと想像するしかなかった。 「古代――また、上がるのか」 「あぁ……」 「お前、砲術なんだからなにもそこまでやらなくとも」 いいや、と彼は顔を振った。 「義務だ――知っておかなければ。それに、空飛ぶだけが戦闘機乗りじゃない」 島はその古代を見て、ふと言った。 「俺も行く――資格はあるはずだ」 「島……」 島の目はまっすぐ自分を見ていた。 あぁ、わかった。 教官に申請出しておくよ。そうだな、お前だってライセンス持ってんだもんな。 一緒に、行こうか、今日は。 そして島大介も、小型機を駆って地上へ上がり、彼らと同じものを、見た――。 |