放課後

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【放課後】   

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−−A.D.2208 秋
佐々葉子の大学院生活:お題 No.44
   
(1)

 ざわざわと、大きな窓の外の木々の葉がそよぐのが見える。
 あぁ――樹木もこんな背丈に育つようになったか――最も成長した樹木
でも5年もの。ここにある樹木たちは実験の意味も持っていて、もしかしたら
連邦大ここは、現在の地球上で最も整備された木々の生きている場かもしれ
なかった。
 静寂の中――講義を採る講師の穏やかでよく通る声と、学生たちのそれを
メモするシャーッというキーボードの上を指が走る音。中にはペンで紙に書きつ
けつつ、録音を回している者もいるが――ひと昔前まであったような、大学生
特有の不真面目さは、この教室に限っては、ない。
皆、講義に集中し、教室内には静かな集中力が満ちていた。
 だが時折。
 120分の講義の間中続く集中力など備えている人間はそんなにいやしない。
だから間に質疑応答を入れたり、雑談を交えてうまく持っていく講師もいれば、
板書や解答を学生に前でやらせては緊張を緩めたり、演習という名のシミュレー
ションをやらされることもある。
 ただ。今日は――ちょっと、眠い、かな。

 さわさわさわ……。
 ほぼ防音されている窓ガラスから外の音が入ってくるわけではないが。風が目
に見えるようで、木々のざわめきを感じているのは――地球にいて。平和
で――そうある証拠で。
時々、何でもないのに、胸がジンとしてきてしまうことがある。
――星の海で、散っていった仲間たち。
 いやこの昼間。貴重な時間――そんなことを考えている場合じゃないだろう、
貴女は今、学生なのよ、と佐々葉子は自身に語りかけた。
でも、眠い――。
お腹の子が、睡眠を要求しているのだということは何となくわかってはいるけれ
ども、ここで退出するわけにもいかないしな〜。うとうととするでもなく、目は
しっかり開けたまま、やっぱりちょっと意識を飛ばしてしまう佐々だった。


「佐々さん…だったわよね」
講義が終わっても、自席でぼぉっとしていた葉子の前へ、同じ講義を取っている
らしい女学生が立って話しかけた。
「え、えぇ」
なるべく、普通の女性らしい話し方を…心がけている。
軍隊の調子でやったのでは、一発で浮いてしまうから。だから、もともとそんな
におしゃべりな方でも、自分から友だちをつくりに出ていくタイプでもない葉子
は、必然的に“物静か”になってしまっていた。
だが、暗いわけでもなく、近寄り難いわけでもない彼女は、声を掛け合う学生く
らいは、いた。
だいたい専攻の特徴か、女子学生は全体の割合としてあまり多くはない。
講義が始まって1か月。だが友だちとというらしきものは居ない。
 忙しいし――まだ引継ぎも完全ではないし――終業してからも、防衛軍に回ら
なければならなかったり自宅からネットでシミュレーションやデータ出しに付き
合わなければならないことも多かったし――それに、正直、大学院の勉強って。
キツい。…想定外だった。
 つまり、余裕がなくて。
 身体の調子も悪くはないけど、やっぱり少しトロくて。
“身重”とはよく言ったものだ、と思う。もう安定期に入りかけていたから、多
少のことではフラつかなくなっているけれど。
――ほとんどが年下の同級生たちには(敢えてそういうチャンスがなかったこと
もあるが)妊娠していることは、知られていなかった。
彼女がスリムなせいもあるかもしれない。

「名前、覚えててくれるかしら、杉原涼子よ」
「え……ご、ごめんなさい。杉原さん? た、ぶん」
しどろもどろになって、少しうつむくのを
「佐々さんて、年上って聞いたけど、何かカワイイのね」
と杉原と一緒にいた女子学生が言う。
「私は内藤和枝。仲良くしましょうよ」
「…ありがとう」
戸惑いを隠さないで佐々は、目の前の女子学生たちを見た。
 「もう一人、仲良しはいるんだけど…」と内藤が言い
「あぁ、ゆかりは最近、ダメよ」と杉原が手を広げて。
「追っかけてんじゃない、あっちの教室で」と呆れたように言った。
 きょとんとしている佐々に
「ねぇ、貴女、私たちとほとんど同じクラスよ。次、講義ないでしょ、ランチ
しない?」
と杉原は言って。
「あ、ありがとう――」
とその好意を戸惑いながら受け止めて、それでも嬉しかったのでにっこり笑った。
 すると、目の前の女子たちは、少しぽ、と赤くなる。
「あら、やだ。カワイ〜」と内藤。「絶対これ、男子たちが放っておかないわ
よね」と杉原。慌てて佐々は。
「あ、あの。私の年、知ってる?」
「え? 25くらいじゃないの?」と言う。
「…あの。27。仕事してて、学士入学だから」
「へぇ」っと杉原は言って。
「下から上がらないでここにストレートなんて凄いわよね」
「それとも留学でもしてた?」と内藤が言うのに
「…ってそんな時代じゃないか」と杉原が受けて。
 ま、とりあえずカンティナに行きましょうよ、お気に入りの席が取られちゃう
わ、と2人に引っ張られるようにして食堂に向かった。

 
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