月の音色


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−−A.D.2231年頃
:お題 No.60「楽の

【月の音色−tombre of the moon】

   (1)

 「山本先輩さん! 話がありますっ」
 訓練しごとから戻ってきて、私信の伝言に折り返した途端、 元気な怒鳴り声が耳に
飛び込んだ。見ればヴィジホンの向こうは、命の恩人――若い頃の親友によく
似たその甥・加藤大輔である。
ふふん、と笑って。
(来たな――)と思う山本明であった。
「よぉ。元気か」
「はいお蔭様で元気ですよ――」
誰かさんのお蔭で機嫌はすこぶる悪いですけどね、と付け加えるのを忘れな
かった。まるきり瞬間湯沸かし器みたいな男だな。
そういうところも三郎にそっくりだと山本は微笑ましかった。
「何か、用か? 久しぶりの休暇だろう。おっかさんとゆっくりしてんじゃないの
か」
「お時間、もらえますか?」
は? 俺、今、月に居るの、わかってるよな。
「あ、あぁ?――次地球に戻るのは1か月後だぜ?」
「明日、行きますから」
……あのことか、と山本は合点した。休暇をツブしてまで、わざわざ月までやっ
てくるなんてな。兄バカもいいところだ。
「あぁ。いつでも」
「内容もおわかりですね」
「……迎撃体勢は出来てるよ」
仕方なかろう。その原因である妹は…やはり休暇で地上に戻った途端に、ここ
に来てしまっているのだから。

 西暦2231年――月軌道上は波乱万丈の気配である。




 「大輔? 戻ったの?」
戸を開けてどさりと荷物をリビングのソファに放り出すと、珍しく本部勤務の続い
ている防衛軍特務室企画室長の佐々葉子大尉――母が居た。
ガニメデでの長い、また責任重い任務を解かれて1か月の地上勤務中。
遠洋へ出る航海士官の息子は約1か月ぶりのご帰還である。
 「あぁ――無事に戻ったよ、元気さ」
「東艦長さんはお変わりない? 和田通信士くんたちも」
「あぁ。元気だよ――聖樹もね」
「そう。……ちょうど古代も戻っているから、久しぶりに逢えるわね」
その古代の次男坊は、今でもやはりあまり父親とは顔を合わせたがらない。
昔みたいに頑なではないにせよ――父の方も、それを避けがちだと いうふし
あるが。
 今回は短かったのね、というので。
あぁテスト航海だしね。今後の進路を決めるための探査みたいなものだったし。
行って帰っただけだから、と言うと。
「ずいぶん航海士らしくなったじゃない」と額をこづかれた。
 あったかい紅茶――母さんはお茶入れるのは上手いんだよねぇ。
まぁ料理もだけど…うちは父さんが料理上手だからな。その父さんは、まだ今日
は火星の果てだ。コロニーに出かけているんじゃなかったっけ。
「そういやぁ、飛鳥は? なんかしばらく逢ってないな」
「貴方が居ないからじゃないの」
いや、逢ってぜひ話さなきゃならんことがあるんだ、と兄はすごんだ。
 何よ、と母に問われて。

 「ねぇ、母さん」
「はい?」
飛鳥が。
山本明と付き合ってるって、本当なの?――。
 一瞬、キッチンの向こうで動作が止まった気配。
 かちゃかちゃと食器を動かす音がして、自分のカップと簡単なつまみを作った
母さんがリビングへやってきて。自分もとんと向かいに座った。
「えぇ――本当よ」
貴方、誰から聞いたの、と問うので。
軍の一部で噂になってる――と言った。
 山本明帰還の報を佐々は、ガニメデを辞する直前に聞いた。転任の通達と共
に新規配属の人員として、重要ファイルの中に報じられていたのだ。
遊軍・戦闘士官として作戦ごとプロジェクトに携わる大尉。古代進司令の直下
に入るがこれまでの経験を生かし、特務に就く……。
なお、この生還は奇跡的であり、軍としても栄誉ある立場で迎えることを約束
する――と。
 生還から発表まで約8か月。慎重にことを運んできたが、やっとその体制が整
い、山本も地球人としての権利と義務を回復したといえる。

だからって、30も年上の死に損ないと。まだ19だろ、飛鳥は。あんなに綺麗で。
「母さん、知ってたの?」息子は責める口調になる。
「え、えぇ…」――どちらかってと、煽ったかもしれない。
 実際は。
 防衛軍の中に、飛鳥に憧れる男は少なくない。同期の連中もそうで兄の俺に
わからないよう遠巻きにしている風情だったし、また飛行科のメンバーは特に。
掃き溜めに鶴とはいわないが、森ユキ以来といわれる美形な上、個性的で、
魅力に溢れている。実力もあり…多くの若者たちの憧れだった。
だから、噂は早い。
「アクエリアスに乗った連中が言ってたのさ――山本さん面目躍如だってさ。
あの人、そんなに昔凄かったのかよ」
 相当キてるな、この兄は、と母は苦笑した。
 「どういう噂よ――」
「あぁ……いろいろだ」
聞くだに腹立たしい。
 くすり、と母は笑った。
「なにがおかしいんだよ――母さんは悔しくないの」
大輔はむくれている。
 「まぁ落ち着いて……貴方、飛鳥とは話してないわね」
「うん…そんな時間ひまなかったのはわかるだろう?」
まさか、恒星間通話して戦艦上乗者相手にそんなこと聞けやしない。
「あれはね。――飛鳥が迫り倒して落とした」
えぇ? と大輔は目をむく。
「……というので私たちの周りでは有名だけどね」と笑い。
「父さんは知ってるの?」
えぇ。不本意ながら、ね。
 そりゃ不本意だろう、と兄は思った。
 美しく育った娘――自他ともに認めるファザコン。俺から見たってまるで恋人
同士のような父と娘。
「だからこそ、なんじゃないの?」
と大輔の心中をわかったように母は言った。
「昔から飛鳥は、年上に弱かったじゃないの――」
 う。そういえばそうだった。

 初恋はどう見ても父さんだ。その次に好きになったのは…。
「古代もモテたわね」と可笑しそうにくすくす笑う母。そうだ。最初は祐子で、次
が飛鳥。確かに尊敬する人だし――親しくしてもらえてるのが不思議なくらい
偉大な人ではあるが、何故女ってのは平気で惚れたりするんだろうな、と思う。
「あれはもう、そういう性分だから仕方ないわ」
と葉子が言うのに、大輔も不承不承頷いた。

「で。…山本さんって、母さんの彼氏だったんじゃないのかよ」
 またいきなり来るか、でちょいと引き気味の母。
 「う〜ん。――それもどっかから拾ってきた噂?」
と睨まれて。
「あぁ、皆知ってるよ」
――大輔は軍に入って驚いたのだ。母・葉子が“恋多き女”だとか“セイレーン
の魔女”だとか言われてることも。古代進総司令との消えぬ
噂も。――亡き島大介との噂は、もう自分の名を通じてさんざ子どもの頃から
悩まされたから事実無根だっていうことは知っているけれども。
……月基地時代、火星コロニー、ヤマトの旧乗組員たち。相手といわれた人
たちは皆、それなりに凄くて…そして多くは鬼籍に入っている。
だからこその“魔女”――。
 実際の母さんはとてもかわいくて、ちょっとぽやんとしていて女性としては
もしかして鈍い? と思うくらいで、父さんに純情な女性ひとだと思うんだけど。
息子の俺が知らないだけかな?
 その噂の中でも最も長く、最も尾を引いて今でも語られたり時には書かれた
りもするのが――古代さんと山本さんのこと、だ。
古代さんとのことは僕らにだってわからない。
父さんと古代さんも親友といっても良い仲だから、あり得ないとは思う。
だけど長く同じ艦隊にいて、父さんといるより古代さんといる時間の方が、母
さんは圧倒的に長いんだ……だからといって、どうなんだろう?
そして山本さんのことは。
父さんに聞いても何も知らなかった――叔父さん…僕がそっくりだと言われる
三郎叔父の親友だった人。そして。何かしら不思議な蔭のある人で。
星の海で僕らが拾った−−だけれどその頃は、まだ彼は意識もおぼろだった。
その後も。彼について古代さんと話す機会もあまりなく――それに古代さんと
山本さんの間にある不思議な感情ものは、僕らには理解 しがたい気がして。
宇宙戦艦ヤマトで…初戦から生き残った戦闘班員――もはや数人のうちの
ひとり。古代さんも、母さんも……山本さんも、だ。

  
 
このページの背景は「Silverry moon light」様です

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