砂糖

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:お題 No.66-B
   
【砂糖】

 (あれ? 班長、どこ行ったのかな?)
 夜も更けて。
生活班長室に、指示された資料を作成してそのチェックに行ったところ、
扉は開いたまま、主の姿はなかった。
(ここのところ忙しかったからな――倒れなきゃいいけど)
班長は女ながらに歴戦の戦士である。
ヤワな人ではない。が――何かを思いつめているのか、日に日に焦燥の
具合が濃くなりまた探査と戦闘の入り乱れるこの数週間は、生活班は
死ぬほど忙しい――
女性班員たちの間に、戦闘による動揺が広がりはじめ、仕事に支障が現れ
始めた。
そんな様子を莫迦にしやがる他班の女性たちとの間に、良くない空気も蔓
延して――班長の激務も増していく。艦長は冷たいし……。

 班長のデスクの上に、砂糖の塊が1個、乗っていた。
 ピンクや緑に色づけされた四角い砂糖は、紅茶のためにもだが、その塊
ごと貴重な食糧でもある。時々、班長の机の上に、いくつか、かわいいト
レーに乗って置かれているのを見ることがあった。


昨日だったか、一昨日だったか。
艦長と副長が。誰も居ないと思ったのか、展望室近くの資材置き場で激論
しているのに出会ってしまった。
「――古代!」
島副長は、本気で怒っているようだった。
なぜなら、どんなに厳しいことを言う時も。副長は、艦長のことを「艦長」
と呼ぶ。二人は親友なのだそうだけれど――だけどその時は。名前を呼んで
いたから。怒りを抑えた口調で、“古代”、と。

僕がそこへ近づけなかったわけは。
目の前に、班長がいたからだ。
ファイルを持ったまま、立ち止まって。じっと二人を見つめていた。
その目がとても、いとおしいものでも見るようで――でも、涙を溜めるよう
に切なそうで。
はっと、胸を突かれた。
――班長にそんな顔をさせているのは、どっちだ?
島副長か――古代艦長か――。

二人とも素晴らしい人だと思う。
自分に厳しく、俺といくつかしか違わないくせに、とても大人で。
だが。
「……」
背を向けている艦長の声は聞こえなかった。
ふん、という風に何かを言い捨てると島副長は通路の方にカツカツと歩い
てきて――班長に気づいた。
「ユキ……」と目を瞠って。
振り返り、部屋の中に投げつけるように。
「古代――ユキに謝れ。そのままじゃ、俺たちの信頼も失うぞ――お前
たちだけの問題じゃないんだ」
そう投げつけるように言うと、驚いて心配そうに見る班長の肩をポンと
叩くと、なんともいえない優しい目で班長を見た。
「ユキ――あまり、無理するな」
戸惑って、だが感謝するような目で島副長を見返す班長は少し涙ぐんでい
るようで。
「……あの、分からず屋! あんなやつ甘やかせるとロクなことないぞ」
最後は苦しそうにそう言うと、「無理するなよ」ともう一度肩を叩いて、
島副長は去っていった。
「島くん……」ありがとうとつぶやいたようだった。
 古代艦長が出て来、班長とすれ違おうとした。
何か言おうとした班長を一瞬、見るように、そして何か言いかけたが、そ
のまま。冷たい目をして――同志で、同じ第一艦橋勤務者で、チーフであ
る者同士としても、冷たいまま。
「艦長、これを……」
手渡されたファイルを受け取っただけで、そっけなく「君も、早く休め」
そう言って足早に立ち去る。それを見送る班長の表情を、僕はもう、見て
いられなかった。


 班長は艦長が好きなんだ――。
 あまりにも美しくて、仕事ができて――優しい班長に、ほとんどの新人
たちは首ったけだ。
もちろん俺も例外ではない。
生活班に居て、ほとんどを班長と行動を共にする俺は、そういった意味で
は直属の部下で、羨ましがられている。
だが、聞いた噂――班長の婚約者が、同じ艦の中にいるらしい。
当たり前のことだが、第一艦橋スタッフの誰かだろう、と想像はつく。
ありそうなのは、島副長…なんだけれども。あの様子を見ていると、もし
かすると、やっぱり班長の想い人は、古代艦長なのじゃないか。
それも、一方的に。
二人は恋人同士で、婚約までしたが――艦長が裏切った――そういう風
に見える。
だとしたら。
艦長は素晴らしい人だし、宇宙戦士の先任としても、ヤマトの戦士、指揮
官としても。尊敬している――あんな風に俺だってなりたい。
だが。
――1人の女性に対して。そんな風に振舞えるのなら。
男としては、どうなんだ。
俺はいったい、彼の何を見ていたのだろう、とすら思う。
艦長がいらないのなら、俺がもらってやる――たとえ今、班長の心の中に
俺はいなくても。俺が――側にいるのだから、守ってやろう…そう思う。


 班長は扉の影で、壁に凭れたまま眠っていた。顔色が、悪い。

 かわいい……。
 ピンクの唇、長いまつげ。疲れがたまっているのだろう、白い頬にはらり
とかかる栗色の髪…触りたくなってしまって困った。が、そこは自制心。
頬に、涙の跡があった……。
――そんなに、辛いですか、班長。
 そっと。
 起こさないように奥の続き部屋へ入り、探しものを。
そして残りのデータを入力してしまおうと。静かに…明かりも手元のランプ
だけで。
 
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