心の変化

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06. 【心の変化−島大介の場合】

−−A.D. 2217年、ガニメデ基地
パラレル・ワールドの古代&ユキ(3)
SY-お題No.09「心の変化」

 木星の衛星・ガニメデ基地に帰港していた古代進は、久しぶりに盟友の訪問を受けた。
「よう、島。久しぶりだな」
「あぁ――ほとんど1年ぶりか。お前が地球へ戻ってこないものだから仕方ないけどな」
逢った途端に大またで歩み寄り、がっちりと握手をしながら互いの肩を叩き合う。
時を経てもその絆は変わらない。
 「外周艦隊はほとんど此処へはもどらないんだろ? 俺が寄航しても逢えやしない」
という島大介は現在、第10輸送艦隊の司令を務めながらまた時折は自身で操艦も
務める。幹部への招聘が再三あることは、人事情報に通じる古代にも知れていたが、
島が断固として現場を離れたがらないため、なかなか出世は望めないというのが正
直な処だろう。だが防衛軍にその人あり、と知られ地球一ともいわれる腕前は健在だ。
名も実力ちからも。
 第10艦隊は木星航路を中心に、内惑星から太陽付近までを回る、太陽系で最も多忙な
艦隊でもある。時折外周の航路開拓にも、島は腕や戦艦勤務経験を持つ現場処理
能力を認められ、艦長として赴任することもあった。
 だが常に外宇宙へ出ている古代とは、それでも逢わないものだ。
「外宇宙航路の護衛を共同航海して以来だな――」
「そうだな」島の声も弾む。

 わざわざ休暇を使って訪ねてくるなんて、どういう風の吹き回しだ――。
古代が穏やかな声で、行きつけのバーに誘って席を促しながら問うた。
「あぁ……。といっても航路を途中下艦しただけさ。わざわざというほどの距離でもない」
ガニメデ基地は地球上以外では、地球防衛軍第二の規模を持つ要衝である。
 「だけどな……まぁいい。久しぶりだ、地球の四方山話でも聞かせてくれ」
皆、元気か? 問いかける古代の瞳に翳りはない。
「皆」――それが言葉を濁すもとになった時期もあったが……。

 「古代。俺な――」
「なんだよ、島」
「……結婚、しようと思うんだ」
え、と古代進は驚いた。
双方共に36歳の現在にして独身。もうこのまま縁がないのかもしれない――そう
思いながら任務に、宇宙に生きてきた同士でもある。
元のヤマトの仲間たちはほとんどがすでに結婚しており子どももいて家庭を作って
いる。南部、太田、相原、加藤も。真田だけはまだ別居結婚を続けていて子もないが。
古代の兄、守も――イスカンダルからの帰還後、数々の障害を経て現在は地球の
再開発地域に居住を得て、娘・サーシャと共に静かに生きている。
 残っていたのは過去に大恋愛をし――“女神”と呼ばれる女を愛した俺たち2人
だけ。
島がテレサを忘れられず、どうしても家庭を持つことに消極的だというのは、古
代がまだ自身のパートナーと共にあった頃からの傾向だった。“相手の女性が続かな
いのだ”と島自身は言う。自分でも無理に忘れようという気はない。それは、俺だ
けでなく地球の今を作った彼女、その愛情に対し不誠実だから、と彼は言っていた。
相手の女性をそれなりに真剣に愛している。だからこそ嘘はつかない――すると、
そのうち相手が耐えられなくなるのだといっていた。ほとんどが自ら去っていく。
それはそれで仕方ないか、と島大介は言った。
「俺は女性が好きだし――敢えて避ける気も、死んだ女に忠誠を尽くす気もないぞ」
その手のことを訊かれると島はそう答えて、笑った。
だが。現実にはやはり深く深く彼の奥底に根付いているテレサという女を、どうし
ても消すことができない……だがそれでも俺は幸せなのさ。今の古代ならわかるだ
ろう? そう言われてきて、古代進もそれを理解していたはずだった。

 古代は島と異なり、女性はあまり得意ではない。
いや、普通に付き合う女も、そして古代の名声や地位に惹かれて群れる女もいたけ
れども。常に一線を引き、ある程度以上に親しくなろうという気もなく、またそう
いう性質(たち)でもなかった。それに、それで不自由もしていない。
「俺は淡白なのかもしれないな――」
星の海に包まれ、任務に生きがいを見出していた。後進を育て、時折は命の瀬戸際
を渡る時、残してきた者のないことを幸いと感じることすらある。
――だから。
あの時、別れて正解だったのだと。
 状況を知るたびに、まるでやせ細るように、心労を増していった彼女の姿を――
痛々しいまでに思い出す。ヤマトにあって共に戦っていたときには、気丈で、そし
てまた俺が行く先へ常に駆けていこうとしてくれた女――森ユキ。
 今思い出す彼女は、出会った頃の、最も輝いていた彼女だ。その脳裏によみがえ
る笑顔に翳りはない。
――風の噂にその活躍ぶりも聞いていて、それに満足していた。


 「おめでとう」
古代はにっこり笑って、また隣の親友の肩に手をやった。
「で、相手は?」
「あぁ……」
少し照れくさそうに笑う島大介は、この年齢になっても非常に魅力的だ。
「実はな。まだ、21なんだ――」
「え」と古代は驚いた。
「15歳年下かっ」
「あぁ……我ながらな、不思議だと思うけど」
 親子とはいわないが、それに近い。
「どんな女性(ひと)だ――」
「それがな……」
 部下なんだ。
そう言うと島大介は、珍しく顔を赤くしてうつむいた。
「なん……」そりゃほとんど犯罪だろ。
「と俺も思うよ」顔を上げてくしゃと笑った。
その笑顔があまりに無邪気なものだったので、古代は
「こいつ、やったな。ちくしょう」そう言ってもう一度肩を叩いた。
「おめでとう――」
やっと。過去からの檻から抜けられる。
俺と違って……自ずと選ばされた人生を、その重い楔をずっと引きずってきたのだ、
こいつは。
 「俺たちは地球に降りるよ――まぁ重力が重かったり太陽が痛かったりするかも
しれないがな、たまには地球に降りないと人類だってのを忘れるぞ。遊びに来てくれ」
はっは、と古代は笑って言った。
「あぁそうさせてもらうよ、地球にも家ができるみたいで嬉しいよ」と。
「あぁ――お前の家だとでも思っていつでも来てくれればと思う」

「彼女は航海士か」
「そうだ――しばらくは辞めないが地上に降りる。本部に移動できた」
「そうか……よかったな」
「あぁ」
もう一度そう言って、島大介は笑った。
 やっと俺も吹っ切れたのかもしれない。
それに――ノロケに聞こえるかもしれないが、彼女はけっこう大人でね。
いつ知ったんだろうな。何かの航路調査でヤマトの歴史を調べていてテレサのことに
行き当たったらしいんだな。次の日、俺の処へ泣きながら来て−−島さん。辛かったのね、
と突然言われたよ。


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