絆−きずな

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【絆−父と子】

−−A.D. 2218年、地球。
パラレル・ワールドの古代&ユキ(5)
SY-お題No.95「ラブシュープリーム」の続きに当たります


(1)
 「たくみ……森、拓海たくみ!」
どっか遠くで俺の名を呼ぶ声がする。森、たくみ、、、
「拓海ってばさ!――起きろよ、呼ばれてるぞ」
 んあ?
窓から陽が入って心地よい窓辺の席。
少ぉしだけの昼休み、いいじゃないか、ちょっとくらい眠ったって。
あぁぁ気持ちよい。地球も――平和だよな。
「たくみ、ってばよ」
うっさいなー。
 「んあ?」
もそ、と起き上がる様子を、級友が覗き込んでいた。
「おおお。拓海くん、色っぽいわよ」
にやにやしながらからかう。
 森拓海――14歳。年齢のわりには小柄で、けっこう愛くるしい顔をしている、
といわれていて同級生にからかわれるのはもう日常茶飯事だ。
だってここは。
地球防衛軍少年宇宙戦士訓練学校――普通の学校じゃないから。
そんな華奢でかわいくて、やってけんのかよ……同級生たちは皆、そう言うし、
先生たちの間でも噂になっていたことを本人は知らなかった。
まだ入学したばかり。しかし全寮制で、毎日厳しい訓練――まだ基礎訓練だけに、
体育教練みたいなものばかりが多かったが――を課されている中で、集団行動にだけは
慣れていく。友達――といえる奴らもそろそろ出来始め、この声かけてきた背の高い同級生、
山崎ハジメは中ではやたら俺を構う…うちにいつの間にか親友、
だなんてありがたくもない位置を占めている。
「おい、ハジメ。拓海いやがってるじゃないか――寝かせといてやれよ」
 お、出た。お邪魔虫。
こっちは玉村つとむ。俺とハジメがいると構ってくる――というわけでいつの間にか
この3人ツルんでいることが多くなった。
教官せんせいが呼んでるんだよ――早く行かないと午後の授業始まっちまうぜ」
「……午後サボれんなら余計いいじゃねぇか」と玉村が言い
「そんなの勘弁してくれる処かよ。追加させられたら余計かわいそうじゃんかよ」
と山崎。
――呼ばれるのは教官の都合。だがそこで起きたペナルティは本人に戻ってくる。
クレーム出した処で“世間の厳しさを知れ”と相手にもしてもらえない。
此処は人非人の集団かっ。
先日電話して母に訴えると、普通の母と違ううちの母親は言った。
「おっほっほ。そう――よっく鍛えられてらっしゃい。そういう処だって知って
選んだのは貴方ですからね」と楽しそうに、その美しい声で笑われて、おしまい
となってしまった。
 選んだからには貴方自身の責任。だから自分でがんばるのよ。
 愚痴めいてそんな話を山崎にすると、
「うちも似たようなもんだわ」と愚痴り返された。
「俺んとかぁ爺さんだがな、そう言うのは」
山崎の祖父はその道ではけっこう有名な此処の卒業生だ。
――此処卒業して軍に入れば、現在は手の届かない遥か上の上官になることが
運命づけられている相手でもある。
「しっかし、それが母ちゃんってのも強烈だよな、お前んとこ」と玉村。
「すっげぇ美人なんだろ、お前ぇの母ちゃん」
「あぁ……だが、キレイな女は怖いってよっく憶えとけよ、って島さんも言って
たからな」
「お前の環境、恵まれてんだか不幸なんだかわかんねーな」肩をすくめるように
玉村が言ってたのに「放っとけ」と投げ捨てたのはこの間のこと。

 「ともかく早く行ってこいよ」
「ん…あぁ」
もう起きちまったんならさっさと行った方がいい。
あと20分で午後が始まる時間だった。


 航法科1年、森拓海、入ります!
 入り口で直立不動の敬礼をして、大きな声で誰何する。
それを失敗するとまたお小言だからだ。
――お小言で済めば良いが、ヘタすりゃ殴られるからな。一生懸命なふりをした。
「おう、入れ――」
あの声は。佐久間教官――副校長か。
 「森、拓海」
はい、と突っ立ったまま、俺なにかまたやったかな、と思いながら顔を上げる。
「緊張することはない――今日はお小言じゃないからな」
と苦笑が副校長の顔に広がる。
この教官は、穏やかな風貌に似合わぬ鬼教官として有名だ。
だがあたりは柔らかく、人好きもするため、一部の女子学生には大人気である。
まだ若い――なぜ副校長などという地位にいるのかといえば、前線で大きな功績を
挙げてきた人だから。体を壊し、現在は前線を引いている、数少ない現場経験者の
1人である。

 「まぁ、座れや」
はぁ。――拓海としては授業の開始時間が気になる。
「お前のお袋さん、今度、再婚するんだってな」
 拓海の表情が変わった。
いきなり来たか。
……それが、寝不足の原因。ここんところ眠れない。
毎晩、だから悩んでるんじゃないか。
だがしかし。何故それを学校の教官が知っていて、呼び出されてまで言われなきゃならない。
きっと、小柄でキレイな顔からは不似合いなキツい眼差しで拓海は副校長を見た。
「それが?」逆らう口調になる。
 ふっと副校長は笑った。
「まぁそう怒るな」――お小言を呉れたり、殴られたり。厳しい授業を課される
わりには、拓海はどうやらこの佐久間には気に入られているようだった。
まぁそれも彼の背景を考えれば仕方ないといえたが。
――拓海の母、森ユキは、現在でこそ中央病院の専門医師だが、以前は“ヤマトの女神”
といわれた人。その下で、厳しく鍛えられ、共に宇宙艦勤務をした数少ない
戦士の1人だったのだ、この教官は。
(失恋の愚痴でも言うつもりかよ――)
穏やかでないことを内心考えてしまった拓海である。

 「それでな、本題に入ろう」
そう言うと。
「お前――籍はどうするんだ」
え、と彼は顔を上げた。「結婚して同姓にするらしい――仕事上は別としてもな。
お前の籍は、どうするんだ」
だから。
それで悩んでたんじゃないかー!
 選んでも良いと母からは言われていた。“森”のままでいても、もとの父さんの名に
戻しても、新しい戸籍に入っても。
だがしかし。
――新しく父になる人は、強く自分の籍に入ってくれと“願って”いるのだという。
本当の親子になりたい。
『名前なんて形式のものだってわかっているよ。だけど、そこからでもスタート
したいんだ。これは俺のわがままだから』
 まだ逢うことのできない新しい父親は、なんと旧式なことに手紙など送ってきて。
俺はちょっとこの人の、噂とは違うらしいイメージに驚いていた。
だって。
「此処の登録は一生つきまとう。今はまだ良いがな、卒業してからもその名を背負う
のがいやなら、本籍がどうあろうと、学校の登録は今のままにしておくこともできるぞ」
 あぁ。……この教官ひとは心配してくれたのだ。
俺が。あまりに大きなプレッシャーにつぶされないようにと。
何を悩んでいるかを、想像してくれたのだ――さすが母を知っている人だけあるな、
と拓海は少し驚いた。
「できるんですか――」
思わず返事を返していた。
あぁ、と副校長は頷いた。
「登録を“森”のままにしておいても、あとは君がどの姓を選ぼうが自由だ。
そういう希望があれば、手続きをして、先に通しておいてやる」と言った。
「ありがとうございます」
「特別措置ではあるがな――君の母親の、功績と。それと、父親になる人のあまりの
大きさに。君の将来が拘束されてはいけない」
「はい」
……こんな人間らしい配慮をしてくれる処なのか、ここは。
「では。お願いいたします――私はまだ。どうするか決めていないんです」
ぽろりと本音が出た。
「だけれど、此処では。そうさせていただけるのなら、『森』のままで」
うん、と副校長は頷いた。

 ぽん、と書類の蓋を閉じて、佐久間は言った。
「しかし君も。大変な親父様を持つことになるな−−この年になって」
「はぁ……」頭をかいた。
「もう、逢ったのか」
「いえ、まだ」「そうか……」
 少し目を上げて、彼は言った。
「魅力的な方だぞ――俺たちは皆。尊敬する方だ」
佐久間副校長は彼を垣間見、直接共に作戦をした、限られた人の1人だ。
 ふん――名前ばかり肥大した英雄。
彼の胸にはそういう想いしかない。だからといって。
父親になって嬉しいとは思えないから。
ふっと佐久間は笑った。
「お前が何を考えているかわかるがな――特に母親を取られるみたいで
気に入らないんだろうが」
「……俺だって。ヤマトの古代進と森ユキの伝説くらい、知っています」
拗ねる口調になるのは仕方ないだろう。だからって。今さら一緒になるなんて。
1回別れたんだろう? 母さんを放っておいたくせに、今さらプロポーズして何
考えてんだよっ。
「“英雄”の人間性なんてわかりゃしませんからね――」
人を、部下を。多く殺してこその地位であり勝利だ、ということはこんな場所に
いればイヤでもわかることだ。だが自分もその跡を繋ごうとしている――尊敬し
ていた。あんな人になりたいと思っていた人が。いきなり、先輩としてでなく、
父親として降ってくるなんて。
「まぁそう言うな」副校長は。
「――あの人は、艦隊司令としてそりゃ優れた人だけどな。優しいひとだよ……前線に
あっては鷲のように鋭いが、部下に優しく、自分に厳しく、そして思いやり深い。
俺たちが心酔しているのは実力だけじゃないさ」
「そうですか……」
何を言われても実感などわかなかった。
 「まぁ自分の目と耳で確かめることだな――第15艦隊の残存部隊は、来週地球へ
寄航する。この訓練校にも臨時教官でいらっしゃることになっているが――その前
に逢っておけよ。休暇はやる」
「そりゃずいぶん特別措置ですね」
「なにも特別ってことはないさ。正式な依頼がお袋さんから来てるからな」
俺はまだ逢うなんて決めてませんし。了解した憶えもないですけど。
――でも母が。23の時から女手一つで俺を育ててくれた母の幸せを思えば。
俺に何を言うこともできない。
 拓海は教官室を辞した。



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