善き日々 −裡に棲むもの−

(index) (1) (2) (3) (4) (5)

【善き日々・番外篇 −裡に棲むもの−】

−−A.D. 2219年頃、地球/パラレル・ワールドA
加藤哲郎てつお篇・1
これ以前の物語は 「絆」 「晴天の霹靂」
「善き日々−過ぎ行く時を」 でどうぞ

(1)


 メトロの駅を出ると、まぶしい陽光が拡がった。

 駅前の小さな広場から少し坂になっている口を上がり、その上に続く丘へ上った処で、
向こうから手を振っている柔らかい姿が見えた。
 顔を見合わせ、立ち止まった。
 はぁはぁと駆けてきた少女は、明るい目をして、2人に言う。
「お帰りなさい、お兄ちゃんたち」
首に手を回して、加藤哲郎てつおには頬にキスを。そして山本秋生あきみにも同じ。
 「瑠衣――元気だったか?」「走らなくても俺たち逃げやしないのに」
秋生はくすくすと笑う。
「――だって。寄宿学校から戻る日が待ちきれなかったんだもの。久しぶりにお兄ちゃ
んたちに会えるからって、走ってきちゃった」
おいおい。
日ごろ外出には気をつけろって言ってるのにな、このお転婆娘。
――大丈夫よ、ちゃんと。
 木の向こうに、いつものSPが立っているのが見えた。ぺこりとお辞儀をする。
軽く姿勢を正し、彼は俺たちに挨拶をすると姿を隠した。
訓練学校生とはいえ、俺たちは戦闘員だ。学校に入って1年が過ぎた頃、俺たち付きの
SPは解除になった(もちろん埋め込まれた発信システムと緊急コールは生きているが)。
だから。
俺たちがいるから、妹の瑠衣の護衛も、ここまででオッケー。
あとは家族の時間だ。




 「たっだいまー」
玄関を開けると、「おう、帰ったか」
という太い声が聞こえた。――父、加藤三郎が戻っていたらしい。
それはそうだ、めったに取れない夏休み。家族が全員揃えるのも珍しいのだから。
「母さんは?」
靴を脱ぎながら哲郎が言うのに、くすっと笑って瑠衣は父さんと顔を見合わせた。
あっち、と指差す。
 うろうろ、とキッチンで調理をしていたんだろうけど、もう良い匂いがして料理はほ
ぼ出来上がりなんだろう。――今日はランチがメインなんだなと察した。
だが母・葉子は、キッチンをうろうろしながらあさっての方を向いてはまた難しい顔を
してテーブルの上に置いた書類など眺めている。
 どうしたんだ? 母さん。と父親にこっそり聞くと三郎はおかしそうに笑った。
「うん、それがな」
パイロットはライセンスを取っても数年に一度、更新チェックの資格試験がある。規定
の飛行時間をこなしているか、実績は、口頭試問と試験、そして実技。――地上で訓練
施設にいる母さんは来月その審査を受ける年に当たってるが、「飛行時間が20時間ほど
足りないかも…」ということなのらしい。忙しかった――訓練生の面倒と新人の研修で。
理由はいくらかあるが、わずか20時間とはいえ要件を満たさなければ再取得が待って
いる。そんなの、母のプライドからして許せるものではないのだろう。
 実力はピカ一。それが衰えているとは思えない。現在いまでも基地への攻撃なんかあった
ならあっという間に一隊率いて戦闘飛行ドッグファイトで一掃してしまうだろう、という
ような迫力と技術の持ち主だ。――父、三郎は。惑星基地勤務や戦艦勤務は、また別
規定……いつも飛んでるみたいなものだから。なのだそうだ。
 だが…
「現場離れてる弱みよね」
「そんなものなの?」「訓練学校で特別融通してもらえるんじゃないの、母さんなら」
「う〜ん」と思案顔。「まぁ…でもね」ふと思いついたように。イヤな予感がするぞ?
 思い立ったら解決するまで猪突猛進型の母さん――その20時間を、(俺たちの貴重な
休暇を犠牲にして)どうやってクリアしたかの顛末はまた、別に譲るとしよう。





←parallel扉  ←2005−06小箱文庫index  ↓次へ  →新月annex扉へ


inserted by FC2 system