月航路つき こうろ

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月航路つき こうろ

−−パラレルワールド・A
島大介の場合(3)
:お題2006-No.69「愛されること」

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(1)

 「眞菜実〜、決まったぞぉ」
玄関が開くかどうか、という処で夫の声がして、自分も帰ったばかりで慌しく
キッチンに立っていた島眞菜実はその声に呼ばれて出た。
「おかえりなさい」
靴を脱ぎながらちゅ、と頬にキスして、島はそのまま上着を妻に渡すと、
「決まったよ。月航路に乗れそうだ。――1人産休に入るんでね、代わりだ」
「まぁ」
良かった、と妻の目は輝いた。
 結婚して、夫が艦長を務める第10外洋輸送艦隊勤務からは退くことになって
いる。だが島の許で急激に実力ちからを伸ばしてきた将来有望な航法士を、 結婚ご
ときで艦から降ろしてしまうのは、あまりにももったいない、と誰もがそう思い、
また彼女自身も、勤め始めてまだ2年目の今、仕事も面白くなってきたところ
だった。
 だけれど、いいのよ。
私は島さんが旅立つ母港になる家を守っているのでも。
それも航法士の仕事でしょ?
明るい目をして彼女はそう言ったが、それは夫の方が許さなかった。
「だめだよ――地球一の航法士である太田のご推薦付きだぜ? 君がいること
でどれだけの航海士が助かることか」
自分だって、本当なら傍にいてほしいのだ――だけど、傍に置くのは自信がない
のも確か。この年になって得た愛妻に……ほとんど内心はメロメロの島大介なの
だから。艦長の威厳も、航海長の規律もあったものではない……という自分勝手
な理由も、ある。

 「ともかくご飯にしましょ」
ごめんなさいね、私も今帰ってきたばかりで何もできてないの。
そう言いながらなにやら野菜を刻む音。
「手伝おうか?」と島も立ち上がってキッチンへ行く。
「もうお腹空いたし、缶詰とかで組み合わせディナーといくか」
「あら、そんなのダメよ」と口では眞菜実もそう言うが、確かにお腹は空いて
いる。また旅立たなければならない2人にとっては、数日のことだ。
「いいワインがあったな」
「そういえばそうだったわね。シャンパンとかも」
新居祝いと結婚祝いに、ずいぶんいろいろなものをいただいて。
中でもワイン系はけっこう充実しているのだ。
ワインセラーができそうよ、と贈られてくる、島と共に仕事をした部下たちか
らの品々に嬉しい悲鳴を上げていたが、それの在庫整理をするのも良いかもし
れない、と思いついた。けっこう美味なグルメ缶詰や、なにかもあるのだった。

 食事は美味しくなければ、というのは2人ともにの身上でもある。
食べることは基本――彼が1人で、それなりに生きてこれたのは、料理や食事
を楽しみ、生きることに倦まない強い精神力があるからだ。
「食うことを忘れたら人は終わりだ――」宇宙戦士たるもの、そういうものさ。
男っぽい、という感じのあまりしない島だったが、こういう話だけはそれらし
かった。
「これから何が起こるかわからない、なんて時はね、どうするかっていうと」
どうするの? と目を輝かせて聞き入れば。
「まず、食う」は? と眞菜実は。「……それも、できれば肉がいいな」
腹が減ると気力が続かなくなるだろ。最後の最後って時に生死を分けるのは
気力だからな−−だから。飯は大事だぞ。
はぁそうですか。
――眞菜実は大介と暮らし始めてから、毎日現れる新鮮な彼の面に、幾度惚れ
直しただろう。
 だがそれは島大介の方も同じだった……。

 ペーストや缶詰のフレッシュ野菜、そして肉や魚のくんせい。
それにちょっと新鮮なサラダと美味しいワイン。
なかなかの夕食になった――そして。
 少しでも2人でいたい。
遠洋の航海に、2人が出ることは変わらない事実で、大介が地球に居る時間が
増えるわけではないのだ。
毎回、わずか10日から2週間――その間、旅は短くて6週間。
長ければ数か月。
その間、地上と宇宙うみへ……または別々の宇宙の中に、飛ぶ。


 一緒に暮らすようになってわかったこと、その2。
――島大介は、甘甘な男だった。
ともかく、べたべたに甘やかす。
目の中に入れても痛くない、というのは娘に対するものだと思うのだが、女房
にも同じ。それでいて、自分もしっかり甘ったれているのだ。
いやもちろん……ベッドの中では巧みにリードしまくられ、の妻ではあったが。
 んん……。あふ。 しま、さん……
 言うなよ――俺の名前はだ・い・す・け
 いや……あ。……呼んでなんか、あげないから。……ああん。
 ふう……まなみ、可愛いよ――君みたいにかわいい女は、宇宙中探しても、
いない。
 あん。もう、……何も言わない、で……。


 「で、だ。」
休日の朝――休みとはいえ朝はランニングなど一通りのメニューはこなす大介
だが、この日は少しまったりしていよう、と決めた日。
ベッドの上に胡坐をかいて、大介は言った。
「次の航海から、さっそく乗艦しろとの命令――せっかちだよな、航路管理部も」
と、あらそれって昨日の続きね、と眞菜実は笑う。
あのまま食事−お風呂−夜の××と一気になだれ込んでしまって、肝心な話は
そのままになってしまった。ちょっと赤面する眞菜実である。
 「艦長は?」「――北野」
「北野、ってあの、北野てつさん?」
「そうだ」
島の後輩――やはりヤマトの人という印象のある北野哲。だが本人にその話を
するといやがるともいわれている。何故なら、訓練航海に同乗し、古代や島らに
直接その艦上で教えを受けた最後の世代ではあるが――自身、ヤマトで戦った
ことはなかったからだ。
デザリウム侵攻の際、地上からの支援部隊を率いた。
そののち、残存艦隊を率いてヤマトに合流し、大活躍した功績を持つ。
――彼も、サージャと同じ。総合士官であり、航海士というにはあまりに戦績
が高く、島や古代らも信頼を置く後輩である。もちろん戦闘指揮も執る。
 当然、艦長兼航海長だろう。こういった場合、副航海士の人選が問題になる。
おそらく月航路のベテランが配置されているのだろう。北野が居ない時は自身、
航海長を務めるような。そういう職人たちの職場であるはずだった。

 あのなー、眞菜実。
「え? なぁに?」
あどけなく、体を預けたまま、にっこりと微笑む。
まだ陽は高くなく、朝早い時間。――若い21歳の眞菜実は、まだ眠くてたまら
ない時刻だ。ましてや夜更かしして、運動もして……。
少し頬染めて、それでも半身を起こした大介に寄りかかり、そっと甘えるように
声をかけた。
「一つ、先に言っておく」
ぽり、と頭をかき、決まり悪そうな島。
 くすり、と眞菜実は笑って、自分も体を起こした。
大介さんって自分でわかってるのかしら。なにか悪いこと告白するときって、
いつも。――子どもみたいよ。
「その艦な――しろとり、というんだけど。北野は臨時乗艦だってのはわかるよ
な」「えぇ」
「そこにベテランの航法士が1人、いてな――」
「えぇ。ベテランがいらっしゃるのは心強いことね」
「あの……いじめられるな、よ」
はぁ?
 脈絡ありませんけど、だんなさま。

 話は結婚式にさかのぼる。


 
このページの背景は「Silberry moon light」様です

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