air icon 目覚めて、地上で。
・・・おじさま・・・


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xmas tree


= 5 =



 「え? 退庁した?」
『えぇ。古代さんは今日は、午前中の会議に出席されると、 そのまま書類を出されただけでお出かけになりましたが』
 “学校”というようなところから通知があって、返事をしなければならないということになり、 最初少しは遠慮もしてみたが、まぁいいやと思って古代の仕事場に通信を入れた澪である。 古代は、“今日は少し遅くなるから先に寝てなさい”と言って出かけていったのだ。 夕飯の下ごしらえもし、あとは温めるだけ。
――でも、叔父様がいらっしゃらないなんて、ツマラナイな、と思いながら。いいえ、サーシャ。 あの忙しい叔父様ススムが毎日居てくれるだけで今はラッキーなんだから。 無理言っちゃいけないわ、と自分を慰めたのだ。
 毎日毎日。顔を合わせて、朝から夜までずっと一緒。たまに出かけることがあっても、買い物とか、 街を歩くとか――それが澪に“地球の暮らし”に慣れさせるためだったとしても、彼女には、 その“ススムと一緒の”毎日が楽しくて幸せで仕方なかった。へたをすればヤマトでの戦いの日の記憶や、 大切なイカルスの思い出が遠く霞んでしまうほどに。
 澪には、それが“恋”ゆえの盲目であることに気づいてはいない。


 「――それで、ススム……いえ、古代さんは(叔父だというのは極秘事項なので)どこ?」
『……出先から直帰されるということで、承っておりませんが』
「まぁ……」
プツリと無情に切れた通信画面を見て、しばらくサーシャはぼうっとしていた。
 しばしじっと下を向いていたかと思うと、やおらバタバタと動き出した。


 身軽な外出着――この間、叔父様とショッピングに行って買っていただいたやつ、と、上着。 フード付きのもの。サーシャはあまりひと目に立つので、目立たないように髪を包んだ方がよいと古代は言ったのだ。 それをひっつかみ、靴を履くと官舎を飛び出した。
――澪は忘れている。古代から“絶対に一人で外へ出てはいけない”とキツく言われていたことを。 様々な理由から……そうして、キケンから身を守るため。もちろん遠隔操作によるセキュリティはついている。 だがそんなことはどうでもよかった。今のサーシャにとっては、どうでもよかったのだ。
 (おじさまっ。サーシャは、貴方が、好き)
泣きそうな気分になって……いや実際、涙ぐんでいたのだが、キッと唇を引き結ぶと、 サーシャ=澪は古代の家を飛び出していた。


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 どこへ行こう……。
 どう、探せばよいのだろう?


 普通なら迷うだろう。
 だが古代の行動範囲はさほど広いわけではない。東京メガロポリスの外れ。軍本部があり、 そこから西へ広がるモールの中にあるショッピング・エリア。北へ延びる植樹の森。 南へ開けた自然遊歩道と未開拓地。東はドームの中・都心部である。
 だが彼女は迷うことなく、本部の周辺から続く遊歩道につながるあたり……いくつかの店が立ち並ぶ、 瀟洒な通りに向かっていた。


 別段、確信があったわけではない。――それはいうなれば、“勘”とでもいったもの。 澪の“能力”は失われていたが、生来持っていた感応力まで消えてしまっていたわけではなかった。 さらにはそれに加えて“恋するものの勘”というものも働く。
 (叔父様――絶対。ぜったい! ユキさんと一緒だわ。そうよ)


 冷静になればそこで澪が怒る資格はない。森ユキは叔父・古代進の婚約者であり、 そう遠くない将来、自分の義理の家族になる相手である。澪のことで長い間、 ただでさえ多忙な2人は、会うこともなかなかできず、さらにはそれ以前に、長く苦しい戦いが2人を隔てていた。 本来なら現在、ひとときでも離れていたくないほどのもの、 であるはずなのだ――というのは客観的に彼らを見ている者の言葉だろう。
 当事者である澪=サーシャには、そのような状況判断もなければ、何もない。いや、 わかってはいたのだ。ススムはユキさんのものだ、と。
――だけど。だけどっ!!


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 (いたっ! 居たわ!!)
その店の、石畳に面した2階のテラスに、古代進とその恋人の姿を澪は発見していた。
 いつ、どこでも。彼の姿なら見つけられる――それほどまでに、唯一の肉親である叔父・進への想いは強い。 澪がそれを、“恋”だと想っているほどに、である。


 遠くから眺めるだけでも2人の発しているオーラはよくわかった。 進だけではない。ユキもまた……彼と対等にあれる、存在感の強い女性なのだ。 素晴らしい――素敵な人。
 自分を看護してくれた優しさや気配りと、きりっとした横顔。仕事の能力や人柄。 古代への心遣い、そうしてヤマトの仲間たちからの信頼……。そんなことは澪だとて百も承知で、 実は納得もしていた。――納得できないのは、「ココロ」なのだ。まだ幼い、一途な乙女心だった。


 暮れはじめた明かりの中でも、2人の周りには柔らかな光がまとっているようにもみえた。 遠めにもはっきりとわかる。ふとこちらに向けた進の雰囲気は、澪にはなじみのあるもので……だが、 その表情はけっして。自分には向けられたことのない顔だった。
 (ススム……叔父、さ、ま…)
涙ぐむ想いで、一瞬、ぼぉっとしたのだろう。
いや最初から、ほかのことは目にも心にも入っていなかったといってよい。


 その時。薄闇に落ちかけた明かりの中、黒い影がサッと走った。


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bluemoon


= 6 =



 澪はハッとした。黄金きんの髪をはらりと揺らし、身構える。
 イカルスで訓練され、ヤマトで培った戦いの勘は、地球へ降りて鈍ってはいたが (訓練そのものをやめてしまっていたこともある)、不審な者が自分へ向ける感情の動線には人一倍敏感だ。 それが近づいてくるのに――しかもつけられているのに気付かなかったのは、 まさに“恋は盲目”だったからに違いない。
 「きゃぁっ!!」
大きくはないが鋭い悲鳴が上がったが、男たちは手馴れた様子でその口を塞いだ。
「いやっ、叔父様っ!! ススムっ!!!」そう叫ぼうとした澪の意識が途切れる前に、ふわりと風が男たちの背後に吹いた。


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 古代進と森ユキは、東京メガロポリスの外れの一軒家風の小洒落たレストランにいた。 2階のテラスごしに森が見え、その向こうは海が広がっている。そうした自然風の環境を古代は好んだため、 ゆっくりしたい時にはたまに訪れていた店だ。
 テラスの垣根は低く、その向こうに潅木の手前、石畳の道路が見えた。一方は駐車場になっている。
 話すことはたくさんあったが、このひとときを大切にしたいと言葉が惜しまれた。 食事とユキの笑顔。それだけで進は満足で、それはまたユキも同じだっただろう。


 珈琲を飲もうとした時である。
「……さまっ!!」
微かな悲鳴のようなものが聞こえた。反射的にテラスの向こうに方向を定め、 腕に振動シグナルを感じだのだ。
 「ユキっ」と一言だけ残すと、タッとテラスを走りぬけ、 中二階というような高さの其処から枝を利用して外の石畳へ飛び降りた。
(サーシャっ!!)
 何故此処に、という意識も一瞬働いたが、気絶させられた瞬間を見た進は咄嗟に足元の石を拾い、 そのつぶてを2発、男たちに見舞っていた。


 がっ、と鈍い音がし、2人が倒れたのと、進が駆け寄るのが同時だった。 店の中を駆け抜けて走ってきたユキも追いついた。
 悪党2人がぐい、と顎をもちあげられ、顔を上げたときに見たのは、2人に腰の護身銃を抜き、 突きつけている森ユキのきりりとした姿だった。
 「――ユキ。此処は俺が見ている。この番号に連絡してくれ」
進が寄越したカードを受け取り、ユキはうなずいた。警察、というわけにはいかなかった。
 だが遠くからふゎんふゎんとパトカーのサイレンが聞こえてくる。2人は顔を見合わせた。 店の人が通報したのかもしれなかった……仕方ない。身柄は預けることになるだろうが、 ともかく専門家を寄越してもらおう。
 澪を抱きかかえたままの進は、そう思ったのである。


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 「サーシャ! 一人で外出するなと言ったろう?」
気付いて、怪我もしていなければたいしてダメージも受けてないと確認した上で、 澪に上着を着せ掛けると、古代進はそう言った。
 澪はふい、と拗ねて涙の溜まった目で古代を見た。
「澪ちゃん、大丈夫だった?」
ユキが優しい言葉をかけてくれたが、こくりと頷いただけで顔を逸らした。
 「……すみません、お取り込み中。申し訳ないのですが」
2人に手錠をかけた警官の一人が寄ってきて、古代に頭を下げ、彼は頷いた。
 簡単な事情を、といわれ、身分証を見せると「は」と相手は警察式の敬礼をする。
タワーの方でいらっしゃいますね。古代進さん――は、あ、あの古代司令ですか」
「このは“真田・サーシャ澪”、私が保護者だ。……襲われた理由? わからないんですよ、それが」
「これだけきれいな娘さんじゃねぇ、そういう不逞の輩もおりますからな」
そう機嫌を取るように警官は言って、「お手数ですが、ご同行願えますか」と古代に向かって言う。 こちらの方はというので、森ユキ、私の婚約者フィアンセです、と古代は答えた。 事情通らしい警官の顔に興味深げな色が浮かんだが言葉には出さず、 澪の表情にも一瞬、なにかが表れたが、こちらも口を利かなかった。
 「ユキ――悪いが、今日は」
「えぇ」ユキは頷くしかなかった。「大事にしてあげて。また、連絡して」
「あぁ……送ってあげられなくて済まない」そう言い交わすと、 警察の車に古代と澪は乗り込み、ユキとはそこで別れた。


 警察に向かう車の中で古代は澪に言う。
「俺が気づかなかったらどうなったと思ってるんだ。絶対に一人で外出するなと言ったろう? 約束を守れない子は、 いつまでたってもちゃんとした人間になれないぞ」
「――叔父様…」
澪はみるみる溜まって溢れそうになった涙の目のまま、進を見返した。
 「おじさま……おじさまなんて。嫌い」
そのまま押し黙り、窓の外を見ている。
 (――サーシャ……俺がユキと会っていたのがそんなに気に入らないか? サーシャ、 君は俺の姪で、娘のようなものだ)これから一緒に暮らしていかなければならないというのに。 どうしたらいいのだろう……進は頭を痛めるのだった。


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