地球連邦図書館 宇宙の果て分室>第6回BOOKFAIR バレンタイン/如月の訪ない
 島&テレサ in the パラレル・E

butterfly iconこの想いが届くなら

・・St.Valentine Day on the Earth, 2203/Parallel world・E・・



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 「わたし。その、“ばれんたいん”に参加できるでしょうか?」
テレサがそう言い出したのは当然の流れだった。
ユキはとてもそれを喜び、カタログを持ってきてチョコレート選びを楽しんだ。
 「本当にたくさんあるのですね?」
目を丸くしたテレサは、それでも楽しそうだった。
「全部、食べてみた方がよいですの?」
「――それは、無理」
 どれもこれも限定品である。バレンタイン以前の“ご試食期間”は終わってしまっているし、 カカオのキツイ成分のものは、あまり摂取するとテレサには危険かもしれなかった。
 「でも、美味しいですわね、本当に」
テレザート人と地球人の味覚がまったく同じではない、と真田は言う。
なのにチョコレートをどちらもが“美味しく”感じる、というのは一種の奇跡かも、 とユキは思うのだ。


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 そうしてテレサは数日間、“チョコレートを選ぶ”楽しみをユキと共有したあと、 ほぅとため息をついて言った。
「なんというのですか――楽しかったですわ」
にっこり。
 あぁいけないわ、ユキちゃん。テレサは女の人で、島くんのものなのよ……というのは冗談であるが、 それほどにテレサの笑顔は素敵で、嬉しかった。
――あとは島くん。貴方次第……なんだけどなぁ。


 決断力の男・島大介。と、これまでユキは思ってきたのだ。仕事においても、ヤマトにおいても。 もちろん慎重なことは慎重、古代にも見習ってほしいくらいである。 だが、それは優柔不断に見えてもけっしてそうでないことをユキも知っている。
 だけど。
 どうして?
 今回だけは――こんなに貴方を必要としている人の前で。どうしてなのかしら。 森ユキには、よくわからなかった。
 古代が時々、島を掴まえては責めているのは知っていた。古代が
「島がはっきりしなかったらウチで引き取るから」そう言っていたからだ。
 ウチで――ウチでって。それは、“古代と自分の家庭”というのを意味するのだろうか? あら。 ……そんなことで喜んでいる場合じゃないっていうのに。森ユキ、困ります。


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 さて2月14日。バレンタイン・デー、当日である。


 森ユキはその日、病院へ行くことができず、やきもきはしたが、 本職の方でもバタバタと多忙な一日で、夜になってからしか寄ることができない。 さすがにそのあたりは島に任せよう――と思うのだ。
 (島くん――テレサさんの気持ちも、わかってあげて)
 彼の気持ちは?
いったい、何を考えているのだろう。


 島大介は、多忙だった。
 何故なら、輸送艦隊をしばらく降り、地上勤務にしてもらうための根回しに忙しかったのだ―― ということを、古代進にも森ユキにも相談しなかったのである。
 だがようやく手続きの一切が終わり、少なくともテレサが落ち着くまではしばらく地上勤務、 または月か火星までに往復航路1泊2日以内に限る――そういう立場をもぎ取った。 普段淡々と命令に従う彼だけに、今回ばかりは各方面もそれを容れざるを得なかった。


 午前中に最後の手続きを終えると、
「では、明日からよろしくお願いします」
と航路管理部と参謀室(その間の、島の勤務先である)に挨拶を済ませ、 島はようやく午後になって、病院に姿を現した。


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 「しま、さん――?」
 入り口に佇む制服の姿を見て、テレサは表情を表に出した。
島はスタッフに一礼して中へ入ると、看護師も部屋付きの者たちも席を外した。
「起きてて、大丈夫なのかい?」
柔らかな笑み――もう何日も逢っていなかったのだ。テレサはその顔を見た途端、 どれだけこの人に逢いたいと思っていたか、自覚していた。
 ベッドに腰掛け、島はパイプイスを持ち出すといつものようにそこに置いた。だが、 そこに座るでなく、もう一歩近づくと、ふい、と腕を引いて胸の中に抱え込む。
「――テレサ」
 抱きしめはしない。抱え込み、包み込み――柔らかく髪を撫でた。
あの時、そうしたように――夢とも現実うつつともつかぬ空間の中で、 いつもいつも。毎日毎日そうしていたように……あれは、この人には現実だったのだろうか?  わたしにとっては、まさに現実だったのだけれども。


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 「しま、さん――」
 鈴を振るような、夢の中でも、意識の底に自分が沈んでいたときにも聞いていた声が耳元で聞こえた。 微かな息遣い――だが、確かに生きて手の中にいるその女性ひとの存在を、 いまようやく奇跡と思い、実感する。
 突然、抱きしめたくなって困った。
 体の奥底から、思ったのだ――それは突然の衝動である。


 この想いが届くなら――どう伝えればよいのだろう。この想いが届くなら。 何を失ってもよかったのだと……俺は一度は、地球を。ヤマトを捨てようとしたのだと。
 包んでいた腕に、力を入れた。壊してしまいたくない――だが溜まらずに抱きしめた。
 「しま……さん」
 ため息を吐くように声が聞こえて息がかかり、島はたまらずにその唇を自分のそれで探った。 通った細い鼻筋から頬にかけ、そうしてまさぐるように近づいて唇を捉え、やんわりと、 次についばむように、徐々に犯していく。――初めて交わした、キスだった。


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 「ん、……」
普通の女性なら、苦しければ暴れるのだろうが、なんだかわからないのだろうか、 くたっと力が抜けて、彼は慌てた。
「て、テレサ――」
「……は、……あ」
息を止めていたのか? もしかして。
 あのね。そういう時は、鼻から息して……って。 そういうことから言わないとわかんない? もしかして。


 それはそうかもしれなかった。一人で何十年あそこにいたのだろう? 自らの星を滅ぼし、 孤独の中で。人とのコミュニケーションのとり方など知ろうはずもない。 ヤマトへのメッセージのあの物言いだとて、誰もが受け容れがたかったのも、その所為だろう。 ましてや人と至近距離にあって、互いの体温を感じる触れ合いなど、あろうはずもなかった。 その前に、その強大な能力ちからが、 それを寄せ付けなかっただろうから――。
 くすりと笑って島は、また彼女を包み込んだ。そうして囁く。
 「キスしても、いい?」
ぽぉと少し髪が光ったような気がして、彼女が腕の中で頷いたような気がした。


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 顔を下げてふい、とまた唇に触れた。こんどはやわらかく応えてくれて、 一つお利口になったのかなと島は思う。愛しくて――微笑ましかった。
 あんな“女神”だった人なのに。この腕の中にいる間は――まるで少女のようで。 護ってやりたいと思ったのだ。


 この想いが届くなら。


 そしてもう一度。島はそういう想いを込めて、三度目のキスをした。


shima & therresa


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choko icon「え? バレンタイン?? 君が?」
チョコレートを差し出したら、島は目を丸く見開いて、びっくりしたようだった。 次の瞬間、本当に嬉しそうに見てくれて、「開けていい?」と言った。
「一緒に食べよう」とも。
 よかったのかしら? 正しい渡し方?
 島さんに抱きしめられて、いろいろな不安が溶けていくような気がした。 自分の、なんだかふわふわした思いのままの、此処にいるわたしも。自分の存在も。
――あぁだから。自分は此処にいるのだと、改めてわかったような気がして。
 この想いが届くなら……チョコレートってなんて素敵なんでしょう。
テレサはにっこり笑ったが、それが相手にどのような感動を与えているのか、 まではわかるはずもなかった。


 西暦2203年。全宇宙的に(<嘘)バレンタイン・デーである。


 ここ地球の、某病院の奥深い場所でも。一箱のチョコレートが幸せを生んでいた。
「島さん? 美味しい?」
「あぁ……本当に、旨い。よくこんなもの手に入ったね」
「……それは。ナイショ、です」
にっこりとテレサは微笑む。
 半分くらいを一緒に食べて、残りは大事に貰って帰るねという島が、帰り際にもう一つ、 プレゼントを呉れた。
「――しばらく地上勤務になった。毎日、来るから」
「お会いできるのですか?」
目が丸くなったと思う。
あぁと頷く島を、今はとても好きだと彼女は思った。
 (地球の人が“愛”と呼ぶものが何かはわからないけれど――)
彼女には本当にわからなかったのだ。
だがしばらくは――島の去った扉を見つめ、目を閉じた。
 しばらくは、自分は存在するだろう。それを宇宙の神は許したから、わたしは此処にいる。


 そのテレサに、チョコレートの甘さと舌触りが、とても“現実リアル” を教えてくれる気がした。
「――もっといろいろ食べてみたら、何かわかるのかしら、ね?」
少し違うような気もするが、彼女も地球での生活くらしの第一歩を踏み出した、 といえるのかもしれない。
 地球は現在いま、平和に向けて歩き始めたところである――。


【Fin】


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――10 Feb, 2011

=あとがき #10=   =コラボレーション「あとがき」=
 
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