2人だけで…

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−−A.D. 2206年
「完結編」より2年
「Fröhliche Weihnachten」3題

   
【2人だけで…−after Xmas】


 「じゃぁね」
「おやすみなさい」
「明日迎えに来るからな」「はい」
パタンと扉を閉め、エントランスへ向かうマンションのエレベータの中で、うふ、
と顔を見上げた葉子はそのまま四郎にちゅ、とキスしてきた。
「おい、こんな処で」
笑いながら、(嬉しいから)と顔に書いてある。
四郎の心も温かいもので満ち足りていて、そのまま彼女をくるみ込むと、すっぽ
りと抱きしめる。
 「着いちゃうよ」と彼女が体を預けたまま言うので、
知らないよ、と離さずにいたら、シュン、と入り口の戸が開いて、入ってきた人が
びっくりした顔をして慌てて顔を逸らした。すっと2人で滑り出て、扉が閉まるの
を見てまた顔を見合わせてエヘヘと笑った。
 「あ」とまた葉子が言ってぱたぱたとエントランスから外へ駆けていく。
「おい……」どうしたんだ、と思ってふ、と気付いた。
(あ、そうか)
そのまま外へ駆け出した葉子は、振り返って横手に周り、上層階を見ると手を
振った。横手にも窓のある部屋から彩香が見送っていた。
 そんな様子を見てまた温かいものがこみ上げてきた四郎は、自分も手を振る
と、葉子を促してそのマンションを去る。
(いいな、姉妹ってのも――)
わいわいと大家族で育ったとはいえ、生き残っている兄弟は自分ひとり。
父も母も義姉たちも、だがそんな寂しさを見せたことはない。
 メトロへ向け歩きながらもきゅ、と肩を抱き寄せて、ふっとそんなことを思った。


 「加藤隊長っ! 加藤隊長じゃありませんか」
 華やかにクリスマスイルミネーションの飾られたメトロのセントラル駅で、突然
声をかけられた。振り返ると、見知った顔――だと思うんだけどな。あぁそうか。
「中村――確か航法士の」
子どもの手を引き、妻らしき人と3人。温かそうなセーターとコートに身を包み、
いかにも“一家でどこかに食事でお出かけ”の様子。幸せそうな姿。
 「火星ベースに居たのか」
「えぇ――隊長のご活躍は伺ってますよ。お元気そうで何よりです」
「どこの艦?」
「多谷艦長さんの処。とはいえまだ着任したばかりですが」と笑う。
 「奥様ですか――初めまして」と四郎が挨拶すると、落ち着いた表情の妻は
しなやかに「中村の妻で、依子よりこと申します」と言う。 基地でパートで勤めている
のだという。
 「こちらは――」と葉子が顔を上げて四郎を見上げると。うん、と答える四郎
である。「島さんの艦にいた――ほら、サージャの仲間の。中村ひろむ少尉」
「そうか…」と一瞬目を伏せて。「佐々です、どうぞよろしく」と手を差し出した。
葉子はまだ制服のままで、子どもがきょとんとそれを見上げている。
 「それでは、この方が」と中村は四郎を見て葉子に手を差し出した。
「お会いできて光栄です」
「ここでクリスマスですか?」葉子が訊ねると、
「えぇまぁ。家が火星ここにあるので、久しぶりに食事にでも出ようかって。な」
と家族を振り返る。
「隊長たちは?」
「彼女の妹が住んでるんでね、いま、一緒にクリスマスしてたとこ。明日には
地球へ降りるよ」と答えた。
 それにしても――。
中村は妻と顔を見合わせてくすりと笑った。
「そうして拝見すると、当時の面影はありませんね」
え? と四郎は言う。
階級はずっと四郎の方が上だったが中村の方がわずか年長だ。デザリウム
戦を終えたばかりの頃、島の艦で勤めていた頃の少年の面影がまだ中村の
脳裏に濃い。その割に10代だった当時からコワモテの隊長だった。
 今、恋人と共にいる様子は――たとえ相手が伝説の女戦士で、まだ制服の
ままだとしても。まとう雰囲気は柔らかく、相手をも包み込むようである。
「大尉はまだお仕事ですか」
外洋艦隊の制服はエリートの証でもあった。内惑星と色が違い、濃い。さらに
士官は襟章やラインを見ただけで、軍属の者にはその地位・所属はある程度
推測ができた。
「いや――昼間、此処に降りた。私は古代の艦に乗っています。火星へ寄航
したので、そのまま休みをいただいている」と答えた。「この雰囲気に制服の
ままはちょっと恥ずかしいな」
珍しく地を見せて、葉子はまた四郎を見上げた。

 「お綺麗な方ですのね――」
中村依子が四郎を見て言った。え、と葉子は驚いて赤くなる。
「ご一緒になられてどのくらいですか」
と問われ、言葉に詰まった――どう言ったら。
「いつの間にか、3年」と葉子が迷いもせず答えて、四郎は逆に驚いた。
「あれからも、3年になりました――」
“あれ”が何を指すのか。――ヤマトの水没か、島の死か。
 きゅ、と肩を抱いて四郎が「久しぶりの里帰りですよ、我々は」
「ご実家、地球ですか」と問われ、「えぇ――そう」
「私は家族がないので。正月はこの人と、ね」とまた顔を見合わせて。
「お幸せそう」と妻が言い
「そうして拝見すると、地球の英雄には見えません」と中村が佐々を言った。
少し照れたような笑いは、ついぞ見られない佐々の顔であろう。
 「次にお会いする機会があるかいつになるのかわかりませんが、お会いでき
て嬉しかったですよ」
「そうだな――皆にもよろしく伝えてください」
「えぇ――隊長も。お元気で」
 落ち着いた幸福そうな姿。そうか、火星は基地ベースの者が多いからな…。
 ふ、と葉子が言った。
「火星も、いいわね」
「ん? どういう意味」
「住むのには、良いのかもしれない」
「本気かよ?」「んん、ちょっとそんな気がしただけ」
乗り場へ歩き出しながら言った。
「コロニーの建設が計画されてるの」「本当か?」「うん」
「なんでお前知ってんだよ」「さーね」
「また秘密主義か?」「そのうちわかるわ」
腕を絡め取られて、温かいな、と思った四郎である。


 
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