定期航路−return to the earth

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−−A.D. 2207年
お題2006-No.76「あざやかなひと

   
【定期航路−return to the Earth】


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 僕らは再び火星で落ち合うことにした。

 本当に短い休暇を合わせることに何とか成功して、例によって火星に入港す
る戦艦アクエリアスを待ち受ける形になった。僕ら第8輸送船団は火星へは寄
らず、その近くのコロニーまでだったが、コロニーから本星へ出る業務用の(ま
だ未開拓地だからそれしかない)ルート便にもぐりこむことに成功し、
「本当に、そういうためだったら手段をいとわないヤツ」と
同僚にからかわれながら、なんとか地球へ着く前に抜け出すことに成功した僕は。
半日遅れで入港してくる戦艦アクエリアスを宙港に出迎えた。

(1)

 「おう、加藤――相変わらずマメだな」
開口一番、それはないでしょー古代さん。
だいたい、こんなことしなきゃならない羽目になってんの、誰のせいですよ。
 その文句が顔に出たのか
「すまんすまん、俺が言える立場じゃないな」
「わかってりゃ、いいんですよ」
内心でも仕事の上でも、年齢は三つ、階級もけっこう違う僕らだが、古代さん
とは親友同士といえる間柄を築いてきた――とは互いに認め合ってるつもりだ。
だが、もはや2年以上、同じ艦に乗務することはなくなって、そうするとタメ
口利きながら一緒に戦闘機駆って、命の綱渡りを共に……という感覚は薄れて
いく。だから口調は許に戻った…というか、その方が自然なのかもしれない。
しばらく逢ってるとまた戻るんだけど。
なんかそれに。逢うたび艦長らしくなってくよなー、古代進。
 「まぁいいさ。ダンナが嫁さん迎えにくるってのもお前たちらしくって」
からかわれるのが本業のはずだろ、という古代艦長は、俺たちのことになると
急に舌鋒は鋭くなる。それでも葉子さんとの息の合い方は半端じゃないし、こ
うやってそれとなく途中下船なんてさせてくれるくらいだから、僕は嬉しいよ
うな悔しいような気分になるんだ。
「もうじき来る――ちょっと事故があってね。その件で手間取ってるんだ」
 そうこうするうちに甲板に、大切な。いとしい女性ひとの姿が見えた。

 彼女はあまり表情の変わる人ではないけれども。それでも、最近はわかるよう
になった。逢えた時の顔。喜んでくれるっていうのは嬉しいもんだよね。
「じゃ、またな。――来月には同じ航路で会えるな」艦長が言い
「あぁ…久しぶりで。あてにしてますよ」と僕は答えた。
「それはこちらの科白だ。じゃぁな」と古代艦長が返した。
 火星で無理にでも待ち合わせしたのは、地球に戻ってからだと各艦の日程、
出頭の日など合わせて2日はロスするからだ。たった3日の休暇と3日の地上
勤務――そうなると逢えるのはわずか1日になってしまう。
ここで逢えばまるまる3日、一緒にいられることになるから。
 その日の火星は待ち合わせただけで、夜間飛行をする客船をつかまえ、地球
へ向かう。

 元宇宙戦艦ヤマトの戦闘機隊員で同僚であり先輩であり部下だった佐々葉子
隊員。現在は第7外周艦隊に勤務する、僕――第8輸送艦隊の隊長を務める加
藤四郎の恋人でもある。将来を誓った仲、と言いたいけれど、明日の命も保証
できず、さらにいったい次にはいつ逢えるのかもわからない僕らにとって“将来”
を約束するなどという不届きなことはない、と思ってでもいるように。
星の海を2人して飛び続けることを選び、確かに恋人同士ではあるけれども“自
由にして良いのよ”と言われてしまっている僕。彼女は本気でそう思っているみ
たいで。もちろん恋人同士らしく、互いにヤキモチも妬くけれど、その割合はどう
やら僕の方が強いみたいだ、と自覚して数年になる。
 ヤマトがあった頃は共に飛んでいたから――いつかは、と思っていたけれど。
こんな世の中になり……だから僕らは出来るときに出来ることを精一杯にしたい。
 そんなわけで、何度目かに火星で落ち合い、僕らは地球への帰路に着く。




 偶然にも、乗り込んだ船はあの「M-SWAN line」…更科船長の船だった。

 この間は年末期間で部屋が取れず、豪奢なスウィートのようなVIPルームに
乗ったが、2人だけだし一般の客室。だがそれなりにそこも楽しめる瀟洒な部
屋である。
 出港してしばらく後、ノックの音がして、再び現れた更科船長に。
「先日はありがとうございました」と言って、「お元気そうでなにより」
とご挨拶すると、「またお会いできて光栄です」と返る。
「当船がお気に召していただいたようで感謝しとります――なぁに、十年一日の
ごとく決まった定期船ですけどね」
と船長は慇懃にも見える笑顔で頭を下げた。
 実直な職人肌で軍人嫌いな更科船長。訓練学校にも1年行ったというが、宇
宙船乗りとしては民間のたたき上げ――だが四郎と葉子には何故か好意的だ。
「毎度のことですが――展望室へ行かれますか」
「ぜひ」と2人立ち上がって、また共に艦内を歩いた。

 展望室は半面がまるでガラスのように見える部屋で、火星が大きく広がってお
り、その向こうには火星の月・フォボスが、そして彼方に太陽と月、地球の姿が
ある。
「コロニーの枠組が見えるんだな…もうわかるくらいだね」と、僕。
先般、コロニー計画が発表されたばかりだ。
少なくとも大きな衝撃を人類に与えた。もちろん、希望や野心といった意味での
衝撃ではあったが−−安全性や宇宙環境などの意味でも疑問視する人たちも
いないわけではなかった。
「――完全に外側を隠して作業するのは難しいだろうな」
「うん。……使い方や移住の申請なんかはまだ数年後だろうけど」
後ろから歩いていた船長が
「お客様からのご質問も増えていますね――ですが」
公に発表したことしか答えられない。それ以上をおそらく知っているだろう葉子さん
は、話を逸らすように無表情になった。
 前に冗談のように言っていたことを投げてみた。
「希望、してみる?」
「なにを?」白ばっくれるように彼女は返す。
「住んでみてもいいなって?」
「……」
 どうしたの、と見やった表情は読み取りにくかった。
「火星、コロニーか…」
賛成派と反対派がせめぎあっているというから、すぐにスムーズな運行に入れる
とは考えていなかった。だが。これは人類の宇宙への可能性に限りなく未来を
与えてくれるものだ。
 僕らは船長にまた一礼すると、展望室へ入り、他のお客さんたちと火星への
眺めを見やることに専念した。

 
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