客船にて

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−−A.D. 2206年
「完結編」より2年
「Fröhliche Weihnachten」3題
お題2006tales No.72「窓」

「2人だけで…:12月25日、火星」 の続きです
   
【客船にて−return to the Earth】


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 どこへ行こうか。――どうしたい?
という僕の提案に、珍しく彼女は、「寒くてゆっくりできる処がいいな」
と言った。
正月の3日とも実家に顔出さない、というわけにはいかないから、そんなに長
い旅行はできない。だからといって、一緒に来るかい、ともまだ言い出せない
でいる僕は、年が明け新しいシーズンになれば遠くへ彼女を送り出さなければ
ならないという不安に、まだ心が揺れがちなのを職業的義務感と立場から来る
プライド(――年よりは落ち着いているとか、生まれ着いての隊長だ、とか言
われる僕にだって、というものだってあるのだ)でようやく押さえ込み、それ
を愛する相手に対し顔に出さないでいることにはどうやら成功していた。
だからこそ。

(1)

 珍しく一緒に取れた休暇、しかも年末年始なんていう時期に、というのに感謝
して。のんびり、しかも日本人らしく過ごしてみようじゃないかなんていう僕の
ささやかな希望は適えられている。――とはいえそれも、かなり彼女の強引な、
立場を利用したワザのおかげ、でもあったんだけれどね。
 そうではなければ今頃まだ僕らは逢えないでいて、やっと年末の押し迫った
地球で、再会できるのがせいぜいだっただろう。年越しは一緒に過ごせても、ク
リスマスを火星で一緒に過ごすなんてことはできなかったに違いないから。
そんな彼女の我がままを許してくれた艦隊司令兼艦長の古代さんには大感謝
でもある。
 彼女の旧友で僕の親友――だからそれは彼の掌の中、なのかもしれないのだ
けれど。

 元宇宙戦艦ヤマトの戦闘機隊員で同僚であり先輩であり部下だった佐々葉子
隊員。現在は第7外周艦隊に勤務する、僕――第8輸送艦隊の隊長を務める
加藤四郎の恋人でもある。将来を誓った仲、と言いたいけれど、明日は生きて
るのか死んでるのかわからず、いったいいつ次に逢えるのかもわからない僕ら
にとって“将来”を約束するなどという不届きなことはない、と思ってでもい
るのか。星の海を2人して飛び続けることを選び、確かに恋人同士ではあるけ
れども“自由にして良いのよ”と言われてしまっている僕。彼女は本気でそう
思っているみたいで、互いにもちろん恋人同士らしく、ヤキモチも妬くけれど、
その割合はどうやら僕の方が酷いみたいだ、と自覚して数年になる。
ヤマトがあった頃は共に飛んでいたから――いつかは、と思っていたけれど。
こんな世の中になって……だから僕らは出来るときに出来ることを精一杯にし
たい。
 そんなわけで。
 火星でクリスマスに落ち合って、彼女のカワイイ妹と一緒にそのホリデーを
過ごした僕らは、12月26日、地球へ降りる船に乗った。




 「わー、こんな豪華なお部屋、初めて!」
はしゃぐ彩香ちゃんは、普通のOL(とはいっても火星の基地勤め)で、宇宙
を航行する時は特権階級ともいえる位置にいる僕らとは、確かに少し感覚が違
うかもしれない。
まだか3人同室というわけにもいかなくて、2間続きのスウィート仕様の部屋
が取れて、要するに一等船室というよりは特等に近い。僕らだってそんな部屋
――いやまぁ。VIP待遇で送迎されるときはあるけど。自分で取ったりはしな
かった。2人で新婚旅行っぽい旅を一度した時以外はね。だいたい、客船に
乗って行き来すること自体多くはない。
たいていは仕事場である戦艦か――葉子さんなんてひどい時はコスモタイ
ガーでそのまま飛んできてしまって、そこから手近な戦艦に乗っかったり、
基地で仕事してまた月まで飛んでいってしまったり。
僕も大抵、大胆な方だと思われているみたいだが、古代さんや葉子さんには、
絶対に負ける。
 だが確かにこの大き目の客船にも3つくらいしかない部屋、なんだと思うよ。

「そうだね。せいぜい楽しもうよ、なかなかよく出来た部屋だね」
と僕が言うと、葉子さんはうふん、と笑って。
「そうね、こんなチケットしかなかったからねぇ。楽しまないと損でしょ」
と妹に向け、言い訳のようにそう言った。
実際は、違うでしょー? と僕はちょっとしかめ面をして彼女を見ると、えへ、
という笑いが漏れて、その通りと頷いた。
「種を明かせばね」
と気持ちのよいソファにぽこんと座り込みながら、彼女は妹に言った。
「四郎は“年末までに地球へ降りて出頭しなければならない”でしょ」
うんうんと頷く。確かに、行きは指定のチケットを渡された。
「帰りはだから、義務なんで、この日程の定期便に“枠”があるの」
確かに、VIP枠はどのふねにも必ずキープされている。急病人、代議士、政府
高官、用事のある要人。そういう人たちが随時乗り込めるためで、これは一般
に知らされることはない。
「で、私もそうなの。火星で強引に降りて休暇に入ったけど、地球で自分の艦
に出頭するまでのルートは確保されているからさ」
「あ〜っ。じゃお兄さんもお姉さんも、官費なの、それ?」
と彩香ちゃんが言うのに、彼女はちょっと照れくさそうに笑ってうなずいた。
「なぁんだ…で、私は?」
「それの連れってことで。もちろんそっちは正規料金払ってるけど、まぁ」
取れやすいことは確か。つまり、定員外のカウントの3名2部屋だということ
で、だからこそ最も込む12月26日〜28日の地球への定期便なんて取れたんだ。
 「でも、こんな贅沢な部屋」
「一等の方が取りやすいし、一般人コモンに迷惑かけないのよ」
なんだそうで。
「だから、思いっきり楽しんじゃっていいんだよ」
と、今度は楽しそうに葉子さんは言った。

 ねぇ、見てみて。
 彼女が彩香ちゃんを手招きすると、小さな外へ向かっている窓を見せた。
「ほら――火星が見える」
だんだん遠ざかっていく火星の赤い色は美しく、展望室でその姿を眺めている
客も多い。
「外に出て見る?」
客船にはたいてい大きな展望室があり、そこから宇宙の大パノラマを見せるの
も定期便の売りの一つではある。
「でも、もうじきワープでしょ」
「そうね。これ、急行便だから」
「火星から月まで飛ぶんだっけ?」
そのへんのルートなんて頭に入りまくっている僕たちは、どのパターンの船
なんだっけ? という意味で確認をすると、葉子さんは頷いて、
「小ワープ1回パターン」だと言った。そっか。
火星−月間はほとんど通常航行をしないで小ワープでこなす船=特急便なら
半日で地球へ着く。つまりこの船なら丸1昼夜というわけだ。
ワープをまったくしない船というのもあり、それだと3泊4日。
むしろ時間の使い方とすれば、その方が贅沢なのかもしれないけれども。


 
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