airアイコン 火星の誘惑

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
    
   
   
【火星の誘惑】

−−A.D. 2205年
「完結編」より1年半
お題No.11「姉妹あねいもうと

== Prologue ==

 佐々葉子は、誰かに見られている気がした――。




 戦艦アクエリアスは、処女航海の帰路、再構築中の火星基地へ寄航した。
 「古代さん! 宮本、佐々!」
南部康雄に出迎えられた。まわりには事務官と基地の士官だろう、数名が囲
むようにアクエリアスを待つ。ずいぶんな歓迎ぶりだ。
「よう、久しぶりだな」
古代艦長が歩み寄り、南部に言えば
「元気そうで何より」「寄せてもらうぞ」と佐々と宮本も返した。
 南部は現在、出向でこの基地の防衛システムの構築プロジェクトに参加し
ていた。
地球防衛軍の主要基地として、地球の本部はもちろん、この火星とガニメデ
に本部機構が置かれる予定である。中でも火星は絶対防衛圏を確立する必要
があり、南部康雄は本部から派遣されそのプロジェクトのシステム構築に当
たっている。
「基地には?」と南部は問い
「3日――その後、もう一度出て、また」戻ってくる。
「そろそろ古代さんの手も必要になってきた処なんです」南部が言うのに
苦笑して
「あぁ。聞いてるよ。どこ行っても休めやしないな」と言った。
それどころか。「相原置いてってくださいね」
「それも聞いてる。帰り拾うまで1週間、貸してくれといわれてるからな」
「そういうことです」
通信関係についての詰めに、どうしても、といわれている。
「まぁ戻ったら結婚式と新婚休暇だろ、今のうちにこき使っておけよ」
と古代も笑う。
「新婚なのにこき使われてる古代さんや俺たちより、よほどマシってことで
すか」と南部も言って、わははと旧友たちは笑った。

(ん?)
佐々は一緒に談笑しながら、その視線が南部の背後から浴びせられている
ような気がして、そちらに目をやった。その途端に気配は消える――。
(誰だ?――)
火星に、恨まれる覚えのある人間など、いない。


 晩飯でも、ということになり、現在突貫工事中の忙しい基地から、南部と
数名の基地のメンバーが同席した。アクエリアス側からは古代と佐々、そし
て相原が同席する。 「宮本は?」
くすりと佐々は笑って。
「ヤボですよ、艦長」と言う。「なに? 火星にもか?」
「――今は、火星のヒトが本命みたい」と言って、南部と目を見合わせる。
「そうそう」と南部も笑いをこらえた。
「――お前、相変わらず詳しいな」と南部に向かい、
「俺はぁ、今はもう大人しいもんですよ。その分、宮本さんなんか“港ごと
に女”実践してるんじゃないすか」とうそぶく。
まったくもう、どうしようもないな、と肩をすくめて古代は佐々と顔を見合
わせた。
 というわけで、基地の面々――南部と共に仕事をしている若者や年長者。
同年代は意外に少ないが、皆、古代進に尊敬の念を持っている者ばかり。ま
た南部と共に仕事を進めている事務官の女性たちも数名参加し、その熱い眼
差しは、どうやら古代と南部双方に注がれているように思って、佐々はおか
しくなった。
佐々自身、女性たちからも人気がある。女性たちの夢、憧れの女戦士へ憧憬
――なんていうことに気づく女ではない。
南部だけが楽しそうに「宮本さん居なくて残念ですね」と言った。
 相原の結婚の話はすでに地球的規模で広まっているので、彼ももうからか
われるのはいいかげんに諦めたようだが、南部の手腕はまた格別で、手加減が
ない。逢うのも久しぶりとあって、それには一層磨きがかかった。
「もう、勘弁してくださいよ――」
「まぁ、仕方ないな。俺たちをさんざからかってくれた天罰さ」
と古代も助けてはくれなかった。
 「そういえば」
と南部が佐々に。ん? と返すと――
「加藤が来るぞ。入れ違いで残念だな」と言い、佐々はさすがに
「だから?」と平然と問い返そうとして、まわりのニヤニヤとした視線に囲まれた。
「3か月逢ってない上に、すれ違いってのもね、佐々さん――」相原がまず
言って。
「やっこさん、だいぶんゴネたみたいだけどな」と古代までが尻馬に乗り、
「一緒の勤務にさせろ、とはさすがに言わなかったけどな」
とからかう。
「んなわけないじゃないですか」
とクールを装うが、多少顔が赤くなってしまうのは仕方なかった。

 相原義一1人を残し、戦艦アクエリアスは火星空域を離れる。
1週間の帰還をかけ、内惑星近辺を周回する予定で、また再び火星に戻って
から地球へ帰還する。これも新造戦艦の実験的航路ではある。
 その戦艦にテスト航海以来に乗りこんで「まったく、大変な戦艦ですね」と
南部康雄は言った。
「あぁ――不満はないよ。まだこなせてるとは言い難いが――本当ならお前に
乗ってもらいたいくらいだがな」と古代は旧友を見返す。
「興味はありますよ、当然――特に、ウチ製じゃないですからね」と言う。
テスト航海時には元ヤマトの艦橋メンバーを総動員して訓練を兼ねた航海を行
なった、まぁそれだけでも贅沢かな、と古代艦長は苦笑する。
……一緒なら楽だ、俺が。その信頼は絶対のもの。だが。
 まぁ体二つありませんし。今はとにかく内惑星基地優先ですからね。
 南部には南部の役割が、あるから。
この後は一旦地球へ戻り、その後、ガニメデにも行けと打診されていたが、
それはどうしようかなという程度にヘビーな仕事の続いている身でもあった。
――これでも実は一応新婚である。古代に続いていつの間にそういうことに
なったのか、実家や財界を出し抜いて結婚してしまい、地球中をパニックに
陥れたのはまだ記憶に新しい。南部らしい――旧来の仲間達は一様にそう言
ったものだったが。
 「ではまた」
「一週間後に」
アクエリアスは火星を離れた。

――加藤四郎の乗る定期便がその火星を訪れたのは、アクエリアスが去っ
て数時間後のことだった。


 
←扉へ戻る  ↓次へ  →TOPへ
inserted by FC2 system