姉妹あねいもうと・2

(1) (2) (3) (4) (5) (6)
    

−−A.D. 2206年
「完結編」より2年
:お題No.9「Fröhliche Weihnachaten」

   
姉妹あねいもうと・2−火星にて】

== Prologue ==


 「彩香、今年はどうするの?」
火星基地の同僚と、クリスマスパーティをやるのに、日程を調整するのはいつも
マメな沙耶子の役割だ。軍属ではないがシステム部門に勤めていて多忙なことも
多い彩香の都合を真っ先に訊いてくるあたり、皆、そのへんは自由の訊く気軽な
OLが多いからだろうか。
「う〜ん、ちょっと予定が入るかもしれないんだよねぇ」
どうせ一緒に過ごす彼氏なんていない。でもちょっと見栄張ってしまうのは何故。
「それって24日のことでしょ。前後でいいのよ、女同士の集いなんて」
「…みんなそんなに彼氏いるの?」
「まぁその報告会も兼ねましょ、久しぶりだし」
沙耶子の顔はにっこりと笑っていた――あぁ、沙耶子もうまくいったんだ、
きっと。…話したくて仕方ない時期ってのもあるもんね。
 「由布は? 地球勤務になったんだっけ」実家に帰りたがってたからな。
「あぁ先月からねぇ……でもさ、旅行がてら火星に来るって言ってたわよ」
「また物好きな……」
いくら宇宙時代とはいえ、各惑星で過ごす休みなんて地球本星の賑わいに比べ
れば贅沢というほどのものではない。
「ちがうのよ」と意味ありげな顔を見せる沙耶子。
「彼氏と旅行に行くんだけど、まだ両親が煩いから火星の友人と古巣を訪ねる
んだってことにしたいらしいの」
「まぁ」
 あの由布がねぇ。
 由布と彩香は仲が良い方だった。火星で近所に住んでいた頃は、何かのイベン
ト日には“彼氏いない同盟”で一緒に飲み明かしたりしたもんね。
――今年は、どうしようかなぁ。また美弥のとこで女同士過ごすかな、しずくちゃん
と一緒に。
 彩香は沙耶子に「メンバーは?」と尋ねる。
「うん。彩香でしょ、由布でしょ、奈菜美でしょ、紗智さち、と私で5人かな」
いい線ね。学校時代の同級生3人と基地にきて何故か気が合って加わった2人。
屈折した青春を送ったわりには友人がいないわけではない、火星なんて場所で
1人で鬱々としてたらノイローゼになっちゃうもの。
 1人で居ることは多いけれども、友だちといえるのはこの4人だ。フルメンバー
揃うなんて珍しい……地球も平和になったんだわ。

 結局、それはイブに3日ほどを残す日にということになった。



(1)

 トゥルルル、と電話が鳴る。
え? とバスルームから出て髪を拭いていた彩香は、それを見やった。
珍しい――外惑星通信だ。超高速ハイパー通信……移動している艦からの?
高価だし、めったに使われることはない。それに、アテも――なかった。
(あ、もしかして)
 姉さんかもっ! そう思うと小躍りしてスイッチに手を伸ばす。
憧れの姉――別々に育って、家庭の事情から、恨みもして。
憎くて慕わしくて――この春、初めて会ったばかり。
戦艦乗りの彼女はそれから、時々通信を呉れることがある。たいていは短い
メールだったが、時にはリアルタイムのこともあって。
 移動する戦艦からの通信はひどく制限されていたから、その一時をもってして
も、姉が自分をとても気遣ってくれていることはわかった。
回線を開いて、そこに現れたのは――予想もつかなかった相手だった。
 『彩香ちゃん――元気か?』
画面に映ったのは、こんな時でさえ見惚れてしまうようないい男…だなぁと思う
んだけど、姉さんこんな人よく平気で振り回せるわよね、というような。一度一緒
に仕事をした時には上官だった――姉の恋人である加藤四郎だった。
 慌ててバスローブの前を合わせ、髪にかけていたタオルを外していた。
「お、お兄さん――」
そんな様子を驚くでもなく、四郎は笑みを浮かべていた。
『びっくりしたかい』
「え、えぇ――どうなさったの」
ふふん、と画像の中の青年は笑った。
『あんまり時間もないから用件だけ言うよ――』緊張してしまう。
『12月24日に火星に入港するんだ』
(えぇー! )なんですって! 
嬉しいっ!! もしかしてお会いできるのっ!
『そのまま休暇なんだけど、3日くらいいるから』
「そうなの〜」驚いた。そうしたらもしかして。
『だから、もし彩香ちゃんがクリスマス・イヴとか予定がなければ、と思ってさ』
地球に帰って両親に会う気にもならず、一人寂しく過ごす予定だった身には嬉し
いっ。だけれども、加藤四郎は憧れの人でもある――ちょっぴり後ろめたい。
(姉さん抜きで会ったりしていいんだろうか?)
『葉子も知ってるよ、よろしくって』そんなことはお見通しの姉たちであった。
『良いワインをガニメデで手に入れたからね――火星では手に入らないやつさ。
お土産も楽しみにしててね』
子ども扱い――だな、これ。でも。嬉しいっ。
 着いたら連絡するから、迎えに来なくていいからね、と言うと、ぽん、と本当
に用件だけいうと唐突に通信は切れた。


 
←新月の館blog  ↑新月index3:倉庫  ↓次へ  →新月の館annex・扉
inserted by FC2 system