地球連邦図書館 宇宙の果て分室>第6回BOOKFAIR バレンタイン/如月の訪ない

butterfly icon異常乾燥注意報

・・St.Valentine Day on the Earth, 2206・・

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【異常乾燥注意報】


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:spacelib:如月の御題-No.02
「乾燥注意報」より
= 1 =

 ふぅ。
 ため息を吐いて手を止めたのを、同僚に見咎められたらしい。
データを打つ手を止めて、「めずらしいわね、ユキ。ため息なんて」といわれてから、 しまったと思ったがもう遅かった。
 定時は過ぎて、秘書室のメンバーは皆、部屋にいない。サブチーフの泰子と、秘書 室主任とも特別秘書ともいわれる位置にいる森ユキの2名だけが部屋に残り、電源を 落としてチェックをしたら退庁するばかりなり、なのである。
 長い付き合いの泰子に隠し事をしても無駄というものである。
 ユキはベテランとはいえ、まだ若い。特殊な経歴と能力を持ち、“ヤマトの女神” と謳われて戦中を戦い抜いてきた戦士でもある――だから25歳の若さで此処に君臨しているけれども、 長官秘書、という立場以外は秘書としては中堅で、 その道一筋のベテランである水無月泰子らに比べれば若いので、 防衛軍の秘書室グループの中ではそれなりのプレッシャーもある。 さらには一種の“女のエリート”を自認する人間も(やっかみも含めて)多いメンバーの中には、 “ナース上がり”どころか現在でも現場を診ることもある森ユキに対し、 風当たりが強いこともないではないのだ。
 ましてや夫は皆の憧れ――ヤマトの戦神カリスマ・古代進である。
 「またなぁんか言われたの? あのあたり・・・・・に、さ」
気にしないのよというような調子で泰子が言い、ユキはううんと小さく首を振った。
「そんなんじゃないのよ…」
普段ならきりりとした姿勢を退庁から家にたどり着くまで崩さないユキが、 珍しくそうでないな、と彼女は思った。


 「――結婚3年目ともなると、夫婦ってこんなものなのかしらね」
 まるでユキの口から出るとは思えない科白に、泰子はぎょっとして、
「ちょっとユキ」と声をかけた。「……聞き捨てならないわねぇ、地球一ラブラブと噂の高い、 古代進と森ユキが。それに、ダンナさん、帰港したばっかりでしょ?」
こくりとユキは頷いたが、表情は明るくならなかった。


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 出ましょうか。
 コートとマフを手にとって制服の上に羽織り、部屋を後にするユキに泰子は付いて、
「古代艦長と待ち合わせ?」と訊ねる。ううん、とユキは首を振って、
「今日も遅いでしょ、きっと。食事も要らないって」


 日程の合う日は短い距離だが待ち合わせて退庁した。どちらかが早く帰れる日は、 早い方が家に戻り、夕飯の下準備をしておく。短くて貴重だからなるべく2人の時間を大切にしたい ―― 一緒にキッチンに立つこともあった。
 守が生まれた頃に古代が外周航路の司令に就任したこともあって地球へ戻りにくくなった。 それはそれなりにタイヘンだったが、頑張ってきたし彼もできるだけ協力してくれていたのだ。
 ところが。
 ここのところ古代の艦隊は、地球周辺を就航している短い航路に在る。 理由は“機密”とかで教えられていない。しかし頻繁に戻ってくるかわりに、 なんだか会話を避けているようなこともあり、家に戻るのも遅かったり、 戻っても守を中にした話しかせず、避けはしないが前のように情熱的に愛してくれたり、 まっすぐ向き合って何かを語り合う、ということがない。
――飽きたのかしら? それとも、習慣になってしまったの?
 それともまさか……ほかに。とまで飛躍するのはさすがに思いすぎ、だとユキも考えるのだが、 いままで何もなかったという方が不思議なくらいなのだ。
(そういうことに関しては少しぼぉっとしているからな、あの人)
気づいたらそうなってた、なんてことも考えられないわけでもない。大戦後の女性たちの積極性、 なかでも軍務周辺の女たちの強さはユキも身に沁みている。
 だが、そう思っても――いいわ。私が惚れた人なのだから。生きていてくれれば。  そんな思いもあった。辛かった戦いの日々を潜り抜けてきた絆――そう思ってはみるものの、 子育てと仕事と家庭。少々、疲れてはしまうユキでもある。


 はぁ。
 ため息が重なると、
「今日は家に誰もいないのなら、飲みに行きましょう? 守くんはいつ戻ってくるの?」
と泰子が聞く。
「――明後日かな。両親がね、どうしてもっていうから」
正直、こんな気分の時は助かっている。これで幼子の面倒を見るのは辛い。もちろん守はかわいいし、 世話を面倒だなんて……母親失格かしら。そう思えばそれも落ち込むのだ。


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