地球連邦図書館 宇宙の果て分室>第6回BOOKFAIR バレンタイン/如月の訪ない

butterfly icon異常乾燥注意報

・・St.Valentine Day on the Earth, 2206・・

(1) (2) (3)




choko icon


= 2 =

 「異常乾燥注意報、か――」
「え?」
 ワインのグラスをゆっくり開けながら、気の無い様子でいたユキは、泰子の科白にそう言った。
「――あぁそうね。今、地球の半分は異常な乾燥だってデータが来ていたわ」
「午前中から乾地帯へ水部隊が派遣されたそうよ。第三機動隊が出動したんじゃない?」
(第三機動隊――加藤くんとこか)なんとなくそう頭に浮かぶ。
「どこから運んでくるのかしら」
「――う〜ん。あまりあちこち穿り返すわけにもいかないしね。海水還元なんじゃないかと思うけど」
「じゃぁブラジリアかな」「そうね…」
 ブラジリアには科学技術省の本庁があり、海と絶壁に護られた実験場がある。
 「水位が下がっていたりもするの?」
「干上がった湖と水量が大幅に下がって影響のある河川があるって――中東エリアと、 アジア極東。つまり日本の、こっち半分よね」
「そう……」ユキはぼぉっとそれを聞いて、で?と問いかける。
 「あんたたち、夫婦の間にも――乾燥注意報が出てるってわけだ」
少し意地悪めいて言う。
「なによ、それ」ユキがとんがると、
「――いつでもジューシィってわけにはいかない」
「もうっ。ひどいわ」
 泰子は恋人を戦いで亡くしている。熱愛の相手で結婚を決めていた、やはり宇宙戦艦乗りだった。 ――この時代、そんな男女は山ほどいる。森ユキたちの世代には。それ以来、 適当に遊んでるからいいのよといいつつ、家庭を持つ気はないらしい。
 ひょうひょうと、だがゆったりと生きている。年齢はユキより三つ四つ年上であろう。


 (異常乾燥注意報、か――)
 自分たちにそんな時間が訪れるとは思ってもみなかった。


 「あ、あら……ユキ。ごめんなさい」
え? と思ってわれに返った。
 なに、これ? ――ポタリと手の甲に落ちたもの……私。泣いてるの?
 幸いにも涙は一つか二つ、粒が落ちただけで、それ以上ユキを揺らすことはなかった。


 「――悪かったかしら」
泰子が気の毒そうにユキを見、その目は優しい。
 ううん、と言葉が出なくてユキはまたカクテルを口元に運んだ。――そう、お酒の所為よ。
 泣く、なんてあり得ないと思ってはみたものの。涙もそれ以上出ないなんてね。
 “乾燥”もいいところだわ――自嘲する気分になった。


star icon


 泰子にエアタクシーに押し込まれた。
「いいわよ、チケット切っちゃいなさい。皆、やっているんだから」
とそれを手渡され、自宅へ戻った。
 いい加減遅くなったというのに、官舎は真っ暗で、冷たい空気が淀んだまま。
 ――なんだか疲れが倍増した気がして、そのままリビングに座り込むと、 余計に冷え冷えとした気分になり、そそくさと服を脱ぐと寝室に直行し、 布団に潜り込んだ。


 守が居ない3日間――両親は、進とゆっくりしなさい、そんなつもりがあったのだと思う。 半ば強引に
『たまには孫と水入らずにしてくれてもいいだろう? 親孝行ってものだよ』
と言って連れていってくれた――ゆっくり眠って。 そうして古代が居てくれれば充実した時間になっただろう。
 だが、その本人があれだ。
 泰子が言った、
『夫婦の間にも乾燥注意報があるのかもね』
という言葉が頭に響き、ユキはそのまま重い眠りに落ち込んでいった――寝苦しいとも思わず眠ったのは、 本人が思っていた以上に、疲れていることを意味する。


 古代が深夜を過ぎてから――いやほとんど明け方近くに帰宅し、愛しげに髪を撫でたことも、 その額に柔らかく口付けて隣に滑り込み、眠りを邪魔すまいと少し体を離して背を向けて眠ったことも、 知らなかった。
 翌朝目覚めて、夫が隣に眠っており――ただ以前のように自分を抱きかかえるようにでなく、 少し離れて背を向けて眠っていたことが余計に悲しかっただけで。


planet icon


 一つの歯車が行き違うと、こんな風になってしまうのだろうか?
 重い体を引きずってキッチンに立とうとしたが、とてもその気力が沸かなかった。 洗面所で鏡を見ると、どことなくやつれの見える顔――しっかりしろ。森ユキ。 ……こんなんじゃ、いくら古代くんだってイヤになるわよね。
 そこには以前の美しかった自分の面影は無い(と、本人だけが思っている)。 くたびれた主婦? いやだなそんなの。


 顔を洗ってぷるん、と冷たい水をはたき、気合を入れる。
 手早く化粧をし、紅を引いて――ガタタンと寝室の方で音がし、
「あら? 進さん。起きたの?」と言う間もなく、
「もう出るからいいよ。朝(食)も要らない――」
そう言って玄関に行くのがわかった。
 慌てて洗面所を出ると、すでに支度を終えた古代が居る。 寝室の隣にも簡単な水場があるのでそこで顔洗いは済ませたらしかった。


 「あ、あらごめんなさい――食事もしないの?」「時間がないんだ」
その口調が尖っているように聞こえたのはユキの気の所為だっただろうか?
 背を向けて靴を履き、制帽を小脇にかかえたまま扉を出ようとする古代の大きな背が、 急に遠くなったような気がした。――こうやってまた。あの頃のように、 古代くんの背を見つめて暮らすのかしら? 宇宙へ出ていく貴方を、待つのかしら? 
――古代くん!?
 その、呼びかけが聞こえたわけではなかったのだろうが、出かけようとした古代が振り返った。
 「――ユキ」
相変わらず無表情で、キツい瞳だった。が、
「――今日はおそらく、普通に帰れる。君は?」
そういう会話は、今回帰還してから初めてだったような気がする。
「え、えぇ……」
「居てくれ」「え?」「――いまは言えないんだ」
 戸惑いながら頷くユキである。不安が胸の中で膨れ上がり――まさか、ね。 そんな気持ちも沸いてくる。別れよう? なんて言うのかしら。
 まさかと思うが。


star icon



 
 ↑第6回Bookfair会場へ  ↑前へ  ↓次へ  →新月の館annex

幻想素材館's_linkbanner

背景画像 by「幻想素材館 Dream Fantasy」様
copy right © written by Ayano FUJIWARA/neumond,2010-2011. (c)All rights reserved.
inserted by FC2 system