地球連邦図書館 宇宙の果て分室>第6回BOOKFAIR バレンタイン/如月の訪ない

butterfly icon異常乾燥注意報

・・St.Valentine Day on the Earth, 2206・・

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= 3 =

 その日は何ということのない処で細かいミスを頻発し(取り返せないほどのものではなかったので、 泰子がフォローしてくれたり自分でやり直したりをした程度ではあったが)、 一日落ち着かない気分で過ごした。
 「どうしたのよ。しっかりしなさい、森ユキ!」
 泰子に怒られてしまったほどである。
「だめよ。悩みのある時ほど、きちんと仕事はしなくちゃ」彼女は言う。 「――仕事が、貴女を助けてくれることもあるんだから」
そう言われて……そう。そうよね、とユキは思った。
 もしかして――そう、なのかも。萎えそうになる気力を奮い起こし、
(ようし。森ユキ、頑張ります!)
そう、洗面所で鏡に向かってガッツポーズをしてみせた……などというのは、 何年ぶりかしらね。最初のヤマトの旅で…以来かしらと思ってもみた。


 いけないいけない。ヤマトのことは考えないようにしないと――それがどれだけ夫・ 古代進と結びついているか改めて自覚するのだ。


 午後はそうやって集中すれば気力は沸いてくるのだと思った。忙しく過ごし退庁時間が来て ――官舎いえに戻っていると。


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 とん、とん、とん。


 セキュリティガードに姿が写ったと思うと、三段ステップのように、 少し高くなっている玄関の階段を踏み越える気配がして、
「ただいま!」という古代の明るい声――このところとは別人のような古代進が入ってきた。  驚いて立ち上がったユキの所まで来ると腕を広げてその胸にぱふ、と包み込む。
 ぎゅ、と抱きしめられてびっくりした。


 「ユキっ! 終わった終わった!! 無事だったんだ――皆。誰一人欠けることなし。 作戦成功だ! ……それに、俺もちょっと嬉しいことあったしね。ユキ、あれ?」


 一人ではしゃいでぱふぱふと背中を叩き、頬にキスしてちゅ、と音を立てた古代は、 きょとんとしているユキを見て目を細めた。
 「ゆき……」
 古代の瞳が、あの、ユキが大好きでたまらないあの表情を帯びる。愛情に満ちた、 自分だけに向けられている表情かお
「ごめん、な――たぶん、怒ってたんだろ?」
 ユキは言葉が出なかった。


 ううん。と微かに首を振る。何がなんだかさっぱりわからなかったけれど―― 古代がこのところおかしかったのは、この“終わった”といった事の所為だったのだろう。 その内容は、これからきっと説明してくれるに違いない――。
 それに私も。
 古代にはきっと、何か言えなかった事情があり、 それでユキにも最低限のコンタクトしか取らなかったのだろう、 と一気にユキは察するに至った。
 そんなこともわからなかったの? ユキ――気持ちが溶けてみれば、古代自身、 かなり緊張を孕んだ雰囲気だったではないか。あれは仕事ミッション の時の雰囲気だったのに。気づかなかったなんて――もしかしたら浮気?  なんて方まで思ったなんて。
 ダメだぞ、森ゆき。


 「――ごめん」
上着を放り出しただけでソファに座り込みながら古代は頭を下げた。
「ユキも疲れてたのにな……守のこと、任せっぱなしで」
義父とうさんとお義母かあ さんが預かってくれたのを知って、安心してたんだ。君も休めるかなと思って。
――だめだったの、かえって気になってしまって、とはユキは言えなかった。
 自分は思ってた以上に、相当に疲れていたのだとユキはわかった。
 「こっちへ、おいでよ……いや」
そう言って、すっと古代は立ってユキの隣に座った。肩を抱き、その胸に抱え込む。
 古代の温かい体温と馴染んだ匂いがユキを包んで、体がゆっくりと溶けていくような気分になった。 自分がずっと緊張していたことがわかった。
 しばらくそうして2人は話をするほどでもない睦言を繰り返していた。


 「そうだ」
突然古代が言う。
「――明日は休みだろう? もう1日、守を預かってくれるようにお義父さんとお義母さんにお願いした。 どこか出かけようと思ってさ。君も少し休んだ方がいいから」
「え? ……でも、守が」
 うん。と古代はにっこり笑った。
「俺も息子に逢いたいさ。だから早めに切り上げてご実家に行って、夕食は一緒に向こうで食べる。 夜は一家水入らずで此処で過ごそう? な?」
 うん、とユキは頷いてにっこりと笑顔を古代に向けた。
 それを見て、此処までの成果の何よりのご褒美は、このユキの笑顔だなと思いながらも、 やはりユキは疲れてたんだなと思う古代なのである。


 「ユキ――」
「なぁに?」
「やっぱり君は、素敵だ――」
「なぁに言ってんのよ、いまさら」
「あは……そうだな」


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 その晩。ゆっくりと時間をかけて2人だけの時間を楽しんだ進とユキは、 翌朝早く目覚めるとエアタクシーで郊外へ向かっていた。
 互いが埋めたいことがたくさんあって、前夜は話をする時間が惜しかったのだ。 温もり、というのは時には言葉や説明よりも大切なことがある――ましてやずっと“2人” にはなれなかった2人なのだから。


 古代がそれ・・を口に出したのはクルマの中だった。
「――大事なMISSIONがあってね。自分で動けれりゃラクだったんだけどな……」
「どなたか、大事なかたが?」
古代はうん、と頷いた。――潜伏作戦でね。あれほど危険な任務は無い。 俺は苦手だし、あまり採りたくない作戦だし……たいていはそこで洗い出した結果で、 部隊が動くことの方が多いからな、現場の人間なのだから。
 古代はそう言うが、そういった頭脳戦や広い網を徐々においつめていくような緻密な作戦も、 実際の古代は得意であることも、ユキは知っていた。本人が好まないだけで――。
なによりも、自分が動くのではなく自分の仲間を動かすことが古代にとってはひどく辛い。 だからこそのここ1週間ほどの様子だったのだとユキには今なら合点が行く。


 古代の帰還は、実際は“帰還”ではなく目眩ましブラフ だったのだということだ。
 だからもちろん、家族にも言えない。接触も最小限にしろ。だが不審をもたれないように家には帰れ ――というある種、過酷な状況である。家族の性質によっては“研修” という名目で軍の施設に集められた。――ユキは信頼されていた、ということになる。
 作戦は成功し、あぶり出しにも成功した――これはね、ゆき。古代はその時だけ、 言葉少なくそう言った。
「――島が。南部と図ってもう長い間、進めていたものなんだ」
「島くんが?」
……島大介が逝って3年になる。――守の年齢と、同じ。その以前? 
 惑星探査のあとあたりから、時々やっていたのは知っているだろう?  えぇとユキは頷いた。第8輸送艦隊を統べながら、査察ではないかと言われながら。 連邦軍内部に巣食う虫を洗い出そうとしていた島大介。
――それが、ディンギル戦で、一掃された。地球規模の生存を賭けた戦いの前には、 そんなものは小さなことだ、と誰もが思い、誰もが共闘して地球の、 人類の生存のために戦ったはずだったのだが……。
 「どこにでもいるんだよ。そんなことは関係ない人間や、そういう層は。――生き延びればまた、 元に戻ろうとする」
「そうなの、かしら――」
それならば。沖田艦長の犠牲は、ヤマトの自沈は。そして島くんたちの殉死は、 何だったのだろう――いえもちろん。私たちの生命いのちと未来は、 彼らのお蔭でもあるのだけれど。


 ゆき。
 愛してるよ――。
 いつも、俺の横に、前に、居てくれ。これからも、ずっとだ。


 進さん――。


 クルマは地と空の間を走っていく。


 《××年2月13日、午前9時38分――第七極東エリアの乾燥注意報は解除されました…》
《――続いて第三中東エリアの異常乾燥注意報、解除》
《極地方、降雪回復しました――》


 クルマが放送をキャッチしていた。――乾燥注意報、解除。
我が家もそうだわね。
くすりと森ユキは笑った。ん? と古代がそれを見て微笑む。


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 「あ〜〜〜っ! いけない!」
ユキが突然、声を上げたのはその時だった。
「お、おい…」古代がびっくりして「危ないだろ。危うく事故るとこだ」
オートマティックにしてしまえば交通管制システムが目的地まで連れていってくれるのに、 古代は必ず自分で運転したがったからだ。それみたことかと普段のユキなら言うのだが。
 「どうしたの?」訊ねる古代に、
「い、いえ……なんでもないのよ」と口ごもるユキ。
 (あ〜ん。どうしよう。……明日って。明日って――あぁん)
 バレンタイン・デーなのであった。
もちろん“それどころでなかった”のだ。会社へ行けば、きっぱり差配をして、 部課を問わずチョコレートの配置・配布もカンペキだった秘書課である。――なのに。
 古代が忘れていてくれることを祈りたい――でもぉ。そんなはずはない。古代が忘れていたとしても、 回りが放っておかないからだ。部下をはじめ部署・艦・構わず、毎年貰ってくる数が半端じゃない。 今年だってきっとそうだろう。たとえ明日の夜からドッグ入りし、翌日には旅立ってしまうとしても、 である。
 ユキちゃん一生の、不覚。
 これは、あと1日。家に戻って、守が帰ってきて。明日の朝、一緒に出勤するから――あぁん、 どう考えても、時間がないわっ。……でも、なんとかしなくちゃっ!! ユキ、知恵を絞るのよっ。


 「それとね」
 夫の声でユキの思考は中断された。
古代は前を向いたまま囁く。――たいしたことじゃないんだけどさ。
 ん? とユキは問い返した。
 「昇任試験――受けたろ?」
イヤがりながらも戦艦の階級を上げていくには絶対に必要なことだった。 尉官のままヤマトに乗っていた方が異常だったのだ。
「結果、来たよ」「え? それじゃ…」
「あぁ。春から“少佐”だな―― 一応」「そう」
 軍人は公務員である。命がけであろうとそうでなかろうと、手当てや特別手当を除けば、 給与や待遇は地位に比例する。――なによりも決裁権が拡がることが、 古代の使命感に合った仕事のしやすさにつながるだろう。
 そうか。そうなのね――殉死した島大介は二階級特進して中佐、だったか。 まだ追いつかないけどね。ユキは心の中で話しかけた。


 「あら?」
透明窓にぽつりと水が落ちてきた。
「雨、だな――」
「雨がこんなに嬉しいのって久しぶりね」
乾燥注意報解除――。すい、と古代の指が自動管制運転のスイッチを入れる。
ふい、と抱き寄せられた。
 「我が家の乾燥注意報も、昨日の夜から、解除、だ――」
唇を古代のそれが柔らかく覆って、甘い息が互いを満たした。


 車は雨の中を走っていく。日本列島は、潤いを取り戻したらしい。


【Fin】

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――10 Feb, 2011

 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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