
:古代進&森雪百題-No.17
「生きる」より
= 1 =「生きる」より
ぶぅ…という表情を表に出して、珍しく佐々葉子は1人、 格納庫のベンチの上に足を乗っけてため息をついていた。 両腕を膝に乗せ、顎を指に乗せて漫然と、座り込んでいる。
陽は傾いてすでに落ち……といっても此処は地上ではなくコロニーなのだから、 実際に太陽が落ちて夕陽が翳っているわけではないのだが。
「おうい、佐々――やぁ、こんなところにいたのか」
部下であり、友人でもある古河大地の声がして、小柄な姿が近づいて、すいと前に立った。
「どうした? こんな処で。山田が探してたぞ」
「……ん? あぁ」
「それにユキからも伝言だ。――例の件、どうすんのか早く返事をよこせってさ。 数の最終的なの、知りたいらしい」
それを聞いた途端、無表情がそれを通り越して“不機嫌”になった。
葉子のそんな顔は珍しい。だから大地はくすりと笑いそうになり、 さらにヤツアタリをされそうな気配に、おっと、と手を翳して葉子の視線を避けた。
「どうした? ん? ……佐々葉子ともあろうものが。隙だらけだぞ!?」
えい、とフザケて拳固を繰り出すと、ぱし、とそれだけは片手で受け止めて、だが、 もう一方の手は腰に回るのを避けきれず……また避ける気もさほどなく、 くいと抱きとめられる格好になった。
「――ふうん。そんな佐々もいいな。何か悩みでもあんのか?……いっそ、 俺に甘えちゃうってのは、ど?」
ニヤ二ヤ笑いをして、古河には珍しくお軽い口調で言ってみたら、「莫迦」と言ってふくれた顔をした。 目が少し潤んでいる。
ひょいとその力を緩めた古河だったが、まるで抵抗するわけでもない佐々に少し驚いて。
「ほんっと無防備だな。襲われるから気をつけろ」
「――じょおっだん。あんただからでしょ」気を許してるのは、 という程度には佐々と古河の仲は浅くない。

隣に座って、ほいと渡された飴を葉子は口に含んだ。
「……その、ユキに頼んだそれなんだ。もう、面倒」
「あぁ、あれかぁ」
くすりと大地は笑って、頭の後ろで指を組み、少し背を伸ばすようにした。
「でもな。男連中、あんたから貰うの、楽しみにしてんだからさ。気軽にやればいいじゃねーかよ」
俺も去年、本当に嬉しかったんだ、と大地は心の中で続けた。
「だ・か・ら…」面倒なのよと葉子は続けた。あたしの何かが嬉しいなら、 普段から愛なんてやってる。あたしは部下の男連中、皆、好きだし。愛してるもん。 いまさら遊びでチョコレート配るの、やっぱイヤなんだ。そんな風にも言って。
「それにっ!」
急に彼女は力を入れた声を出した。
「ど、どうしたんだよ…」
「イオ基地と北米支部での大騒ぎっ!! 忘れようったって忘れられるもんですかっ」
要するに、葉子は何故かバレンタインの騒動に巻き込まれ…… 恋人・加藤四郎も大騒ぎだった事件(?)を彼女はまだ忘れていない。
「もうそんな面倒くさいのは、いやなのっ」
ぷい、と横を向くが、だれかれ構わず言ってるわけではないだろう。 大地はくすりと愛しげにそれを眺めると、
「気軽に考えりゃいいんだから。ユキさんが手配してくれんだろ? 数だけお知らせしときゃいーじゃねーか」
「そ、そんなわけに。いかないもんっ」…またそれはそれで業腹なのである。
いったいどうしろというのだろう? 大地は困惑し、 だがそれが佐々葉子は佐々葉子なところなんだなと、 なにを見聞きしても傍に居ることの温かさだけを感じる大地なのだ。
「ともかくさ。ユキさんに数だけ返事してやれよ。此処へ当日までに届けて貰おうと思ったら、 そろそろ締め切りだぞ」と大地は言い置いて、さ、行こうと葉子を立たせる。
あによ。もう少し居る、というのを。だから1人じゃ置いとけないんだと、大地が思うのは、 こんなにかわいくて無防備な彼女だからだ。 戦闘気合バリバリのシゴト中なら心配はしない。こんな姿は、 仲間や、俺たちや――悔しいが、加藤の前だけで見せてりゃいい。そう思う。
