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戦闘は僅かな時間で終わったという。
やはりプラントへ取り付き、現地の暴発およびエネルギー炉を確保するのに空間騎兵隊と機動隊 (艦載機隊)が活躍した。敵ミサイルはほぼ殲滅され、姿を現した頃には、 古代たちの追随艦隊の餌食になった。
だが、前回の戦いと異なったのは――初期手の遅れが味方にも犠牲を出してしまったことである。 真田副長官が居なかったことも影響したのだろうか。 防衛会議が地球から遠く離れた場所で行なわれていたことも災いした ――その情報は事前には発表されなかったのだが、どこからか漏れ、 それを狙われていた形跡もある。
古代の艦隊からの一報を得て、コロニー基地は騒然となった。
「――古代艦長。それは真実なのか?」
『……必死で捜索していますが。現場に居た人間の話ですと、絶望的だと…』
だん、とソナ大尉はパネルに拳を打ちつけた。「いったい、佐々に何と言えば…」
「私が、どうかしたのですか?」
その場へ入ってきた佐々に、画面の中の古代も佐々も言葉を失った。
「佐々――」
「古代、活躍おめでとう。金星プラントは無事だったようだな」
『あぁ……』その沈痛な面持ちが気になった。
「どうした? 誰か怪我でもしたか?」
まさか…「古河がドジ踏んだとか?」古代は首を振った。
次の瞬間、胸をズン、と鋭い衝撃が突いた。
「! 加藤はっ!? 加藤四郎は、無事なんだろうな?」「……佐々…」
室内に防衛軍からの報告と音声が流れる。その響きの中に聞き取れたのは…。
『金星プラント、被害は××。第○機に微損、第△機は始動停止―― 一時的に出力20%ダウン。 人員、技官に損傷無し。怪我5名、交代要員を派遣する……』
『艦隊被害無し、……第三機動隊、隊長・加藤四郎以下数名、行方不明。現在、捜索を継続中……』
「なんっ!!」
頭の中にガンガンとその言葉が響いた。
[……加藤四郎、隊長、行方、不明……捜索、…]
「か、加藤がっ! 死んだのか!?」
『――戦闘中に被弾して、行方不明だ。部下の一人が見ていた、岩塊に取り付いたそうだから、 無事、と思ったが救助に向かった時には行方がわからなくなっていた』
「――どこにいるのか、生きているのか? 酸素は」
『現在、全力で捜索している。同時に居なくなった一人は発見した――だから、 われわれも諦めていない』
「古代……」佐々は立っているのがやっとだった。
古代隊はコロニーへ戻ってきた。古河は残って捜索に加わるつもりだったが、 佐々の様子も気になったので、あとは頼んで古代の艦で共に戻った。
戻ってきた古河は迎えた佐々を見て、つかつかと歩み寄るとその前に立った。
「佐々――すまん」「古河…」
「思い切り、殴れ。手加減しないで、いいぞ」
「古河、何を」「いいから、殴れよ」
少し体を引いて、じっと佐々を見る。
(俺は加藤を護れなかった。後続として出撃したが、先行したエネルギー波につかまった。 そんなドジを踏むやつじゃない。)
加藤は「俺に続け」と先陣を切り、その指示機の隙を狙われたのである。
佐々の拳が古河の頬に、腹に入った。
女の細腕とはいえ、佐々は戦闘員である。よく鍛えられた敏捷な体。実践と現場で鍛えられたそれは、 ナイフのように切れ味は鋭い。(敵からだけでなく) 身を護るためにも女戦闘員たちの体術は優れていることが多く、また佐々もその例に漏れなかった。
古河は防御もせずそれに体を晒し、すぐに頬は切れて唇から血が流れ、その場に吹っ飛んだ。 壁に背中から打ち付けられてその場に崩れこんだ。
ハッと気付いた佐々は、自分がどれだけ思いきり殴ったかに気付いて慌てて古河に駆け寄った。
防御するとばかり思っていたのだ。
それを振り払い、「いい……こんなもんじゃ、ないだろ。まだ。……やれよ!」 そう言う古河を見て、膝をついたまま、佐々はいやいやをするように首を振った。 体を抱きかかえ、「ごめん」と言った。髪に隠れた頬を涙が伝っているのを古河は感じ、 首を抱いて胸に引き寄せた。
「――ごめん。……護ってやれなくて――ごめん」
ううん、と佐々はそのまま首を振った。言葉を出せば泣いているのがわかってしまうから、 何も言えない。
「加藤は、生きている。絶対、帰ってくるから。心配、するな…」
ぎゅ、と力を込めてやった肩が震えていて、古河はそれが哀れだった。
――いけすかない野郎なのだ、加藤四郎というのは。後輩のくせに、抜け駆けしやがった男。 尊敬する……尊敬し、愛していたといってもよかったその兄・加藤三郎の、 弟であるというだけで許し難いのに。最愛の女を奪っていったやつ。 最初から、どうにもそりが合わない。
だが。
この女が心から愛している男だった。――そうしてあいつも。
(それだけは認めてやるよ――だから、無事。帰ってこい)
そうでなければ、バレンタインも何も、ないだろう? 俺の分のチョコレートもやるから、 帰ってこい。そうして慰めてやれ、加藤。
俺じゃだめなのだ。こうしていても、哀しみだけが伝わってくる――そんな佐々葉子なんぞ、 見たくないんだ、俺は。
古河はそう思って、腕にもう少し力を込めた。
佐々はぐい、と顔を拭くと立ち上がった。
「すまん――痛かったろ? 私もだらしないな」
「いや」古河も立ち上がって制服の埃を払い、唇をぬぐった。
少し顔が引きつってはいるが、いつもの佐々――に戻ろうとしている。 できることはない……待つことだけだ、われわれは。