air icon 攻防・・@イオ基地



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= 1 = 時は今…。

 《…敵は目下、第三司令部から南進! 第四ゲートをくぐり、第七隔壁からエ
リア7-4を突破して基地外に逃亡を図る模様っ。早急に確保、各隊分散して対象
を確保せよっ!!》
きりりとした女性の声が館内の一部エリアを放送で震わせて、加藤四郎は一瞬
天井を振り仰ぐと顔をしかめた。
 ここは木星の衛星、イオにある太陽系第三方面機動隊本部。終業時間が過ぎ、
ややもして鳴り響いた警報と放送は、歴戦の勇士である加藤四郎戦闘機隊長
(現在、月基地から新機種CTプロジェクトに参加/出張中)をびびらせた。
演習ではない。もちろん、敵機来襲というわけでもない。
(まったくもぅ…勘弁してくれよ)
心底情けない、という気分でため息をつくと、向こうの通路に顔なじみの隊員が
見えた。

 「あっ、いたぞ!」「おっし、連絡しろ、“司令”に」
お、ま、待て…「おい! やめろ。待てっ!!」
咄嗟に四郎はそこから飛び出して、そいつに走り寄り、手許の通信機を扱わせま
いと手首をつかみとった。
 「いてっ」「加藤っ。何すんだってめぇ」
はぁ、と息をついて腕をぶん、と振り下ろした四郎は
「お前ら、あっちに協力すんのか?」
とにらんだが、二人はへへん、と笑ったあと、な、と顔を見合わせた。
 「悪いねぇ、四郎。協力・通報者には“特典”が付いてくるのよん」
と意地悪く目を光らせる斉木と、等々力も「そうそう。かわいいオペレーター
ちゃんたちとお食事、とかね。デートもOKってやつ」
「お、おめぇらなぁ…」四郎は呆れてため息がてら吐き出した。「お友だち甲斐が
なさすぎるぞ…」
「なに、恋の前には友情の一つや二つ」「そうっそ。綺麗な花は咲いているうちに
摘めってね」
「斉木〜。等々力も。……通報だけはやめてくれって」
「なぁにがだよ。お前、あんなに思われて男冥利に尽きるってもんだろ?」
 なぁにが思われて、だよ。絶対おもしろがってるだけに違いないんだから。
あの連中は。
「ともかく、いますぐの通報だけはやめてくれ」
「どぉしようかなぁ…美女ちゃんたちとのデートも捨てがたいよな」「な」
 「……わかった。7分経ったら連絡してもいい。少し、待ってくれ」
必死の想いで四郎はそう言うと、脱兎のごとくその場を駆け去った。

 「7分、ね…」「なんというかまじめというか」
後に残った二人は顔を見合わせて苦笑した。「5分とか10分って言わない処が
加藤ですよね…」
「あぁ、それに。加藤らしいっちゃらしいよな」
「あぁんなとこが、オンナの気持ち惹くんでしょうかねぇ」
わかんねーな、と両手を広げて斉木は言う。
「…あと、5分」
「まったくなぁ。いいぜいいぜ、5分で。…あと3分だ」
 分単位の時間に細かく律儀なところは、商売柄とはいえ似た者同士なのかも
しれなかった。

 
 要するにバレンタインのイベントなのだ、と、この基地で一緒になった同僚が
言った。毎年2月14日の終業時間。女性たちは“今年のターゲット”に対して“捕
獲宣戦布告”をする。
……本来の目的からいえば、その時点でこくったも同じなのだが、あとはいかに
意中の人に目的を遂げるか。そうして男が逃げれば女は追う、という一種の攻防
戦が繰り広げられるのである。いつからか恒例となったイオ基地行事で、前線
の女性陣は、おとなしやかに待っているわけではない、という好例のようなもの
だ。

 ところが、今年。
 月基地からこの時期に加藤四郎司令補が滞在している、ということが事を大き
くした。
 加藤四郎といえば、あの“ヤマトの生き残り”。兄と同様、精悍な姿とすらりと
した体躯、そして一級の戦闘機乗り。さらには涼やかな顔立ちと男らしい立ち姿。
さらに気配りの人でもありたよりにもなるとなれば、彼女の一人や二人いたとこ
ろでモテることには代わりはない。
 なにもそんなに生真面目に考えなくても。
 現地妻ならぬ、この地の恋人でも、一夜の愛の時間でもよいわぁ、という女性
は枚挙にいとまがない。
これを手をこまねいているのでは、イオ基地女性陣の名がすたるというものだ。
…ということなのだが、当の加藤自身は、昨年同じ時期に出張に来ていた同僚
の助言がなければ、速攻でつかまって“生け贄”にされるところであった。

 (冗談じゃない)
自分には心を捧げた恋人がいるのだ。……たまたま今回は、彼女が北米基地
なんかに派遣されてしまったから離ればなれだが、熱烈に愛し合っている仲(の
はず)である。
 だがそうは言ってみたものの。皆、
「そんなの知ってるってば」「でも実際、此処にいまいるわけじゃないでしょ」
と、どこ吹く風。
――女も思い込むと怖い。

 現在の恋人(?)と出会うまでは、女性方面でも歴戦の名を欲しいままにして
いた(要するに若い頃から結構、遊んでいた)四郎にしてみても、そのまま人身
御供にされるのを黙って甘受したり、立場を利用して食い散らかす気はないの
であった。

 

 

背景画像 by 「幻想素材館 Dream Fantasy」様 

イラスト by 「一実のお城」様 ほか

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