鎖−縛るもの、解き放つもの

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【鎖−−縛るもの、解き放つもの】


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−−A.D.2222頃、地球
:2006−No.89 「鎖」A
   
(1)

 「ねぇ四郎、ちょっといい?」
官舎いえへ帰って久しぶりにのんびりした日。
あぁそうだ、今日は日曜日だったな――息子も娘も出かけてしまった静かな朝食
後のひと時を、加藤四郎は小さな自分の書斎で、資料を調べることに費やして
いた。……ちょっと調べたいことがある。軍の資料室には無かった、どこかローカ
ルのエリアネットにあったような気がしたんだ。そんな日。
それに。
せっかく葉子が家にいるのだ。なるべくなら一緒にいたい……十数年を経ても、
その思いは変わるどころか、いまもってさらに強く四郎を拘束した。
遠く、星の海を隔てて……今は珍しく長期にわたって――といっても3週間ほどだ
が――地球に降りている第7外周艦隊は、一仕事終えての帰還である。昨年の
長征で大事故&戦闘に巻き込まれ、九死に一生を得た妻。――療養期間を経て、
元気に復帰し。だが少々前とは違った位置にいるらしいのは、
「そろそろ私もトシかな」
など、以前なら言いそうもなかった科白を吐いたことからなんとなく推測している。
 戦闘機隊の副隊長――もしくは隊長。旗艦アクエリアスを護る護衛艦イサスの
女戦闘機乗り。――古代司令の副官に。請われていると四郎は聞いている。
どうするんだろう、受けるのかな。
 異性の副官は例がない。常に行動を共にすることもあり、部屋に出入りし身の
回りの世話もする。――だが陸兵や空間騎兵と異なり、艦にある上は、さほど問
題はないのではないか。一部では検討されているらしいというのは、この2人
なら良いのではないか、それを特例として認めるのかどうかということ所以だ。

 「どうした?」
くるりと椅子ごと振り向いて入ってきた葉子の方を向く。
――お茶、などもってきてくれたのを、ありがとう、といってサイドテーブルに
置き、そのまま手首をつかんで体を引き寄せると口づけした。
 ん…まぁ。おいたしないで。
おいたじゃないよ? ――大輔も、飛鳥もいないし。今の君は僕のものだ。
そのまま膝に抱え込むように背を抱いて、もう一回、キス。
四郎ったら……もう。

 「そういう用事じゃなくって」
もう。と葉子は立ち上がってサイドテーブルの脇の椅子に座った。
「これ」すい、とプリントを差し出す。
昨日、四郎の処にも送られてきていたプライヴェートデータだ。
「大輔が、どうかしたの」
ううん、と首を横に振って。
 健康診断と運動能力測定の結果――学校から送られてきた。
母の顔になって、葉子はそう言った。
……この時代、伝達事項は本人と保護者に同時配信される。もちろん試験の
成績などはプリントでもらうのだが、それって一種の励ましと儀式のような意味
もあるのかもしれない。
「……これが、どうかした?」ん? と言ってプリントアウトしたそれを覗き込ん
だ四郎は、ふぅむ、と言って葉子を見返す。「なるほど」
 体力は申し分無い。身長、体重その他、理想的だ。
免疫系が弱いのは仕方ないな――まだ月2回の注射は行ってるだろ? 飛鳥
だってそうだったんだから、すぐに通常レベルになる。それは問題ないし。
筋肉量が若干多い、つまり体脂肪率が低いのは、ある程度仕方ないな。少し
食事変えるか、って程度? 血液検査の結果も――まぁ普通の14歳男子とし
ては。良い……だが。
「――ね?」
 ある数値が高すぎる。――子どもの運動能力としては。
「……このまま無試験で訓練学校入れるな」こっくりと葉子は頷いた。
鍛えすぎたかしらね。ちょっとシュンとした顔をして彼女がいうのに、ふいと手を
伸ばし、頬に触れて四郎は首を横に振る。微笑んで。
「――そうしたからって誰もがそうなるわけじゃないだろう? 大輔自身の選択
だよ、それは」「でも…」
ふいと引き寄せられるまま、膝に頭を乗せて床に座った。
その髪を大きな掌がやさしく撫でる。君は彼のためを思ってそうしてきただろ? 
現にゼータの上で、彼は無事に生き延び、帰ってきた時はこれが自分の息子
かと思うくらい、逞しくなっていた。いや、精神的にってことだよ。
――いい子に育ててくれたね。
 ……四郎。
ううん、と彼女は膝に顔を乗せたまま首を振って。
 私は。母親失格だもの――放ってばかりいて。飛鳥にも、済まないといつも
思ってる。
 君は、君だ――母親の背を見て育つ子がいても、良いんじゃないか。その分
僕が傍にいるんだから、いいじゃないか。
――四郎……。
 膝が少し湿った。
ほら、泣くなよ。いい歳してみっともないぞ。
「いい歳は余計ですっ」――ぷい、と顔上げて睨むのを、四郎はまたくしゃと
笑った。
「そうそう。君はそうやって睨んでる方が君らしい」
――大輔のことはまた考えよう。
「えぇ。でも、すぐに何か問題が出るわ――。数字だけじゃなくてね。技術もつけ
ちゃったから」――ここまで使う機会はなかったし、気をつけるようには言って
あるんだけど。
「対処方法は僕も考える」四郎は言った。「決めているんだったら予科に通わせ
た方がいいかもな」
「――そうはしたくないけど。中学校の間くらい、自由にさせてあげたい。まして
や良い友人たちや、広がりも持ってる子だもの。…私たちの時代とは違うわ」
「そうだな。…」

 今ごろ、学校で道場に立っているであろう息子のことを2人して思った。

 
背景画像 by「雀のあしあと」様

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