真実ほんとうと疑いのあいだ

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真実ほんとうと疑いのあいだ

−−A.D.2222頃、地球
:お題2006-No.59「疑い」

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(1)

 春の合宿から帰ってきたところで、大輔はなんだか家の中に違和感を感じて
いた。
 飛鳥はこの春から半寮制の私立学校へ行くようになり――母が遠征に出る
際は寮生活を送る、それ以外は家から通う、という基本的には、片親だったり
両親が忙しかったり宇宙へ出てしまっていたりする家庭のための、最近増えて
きた形態の学校だ。
小・中・高の一貫教育で、共学とはいえ男女別クラス、という今どき珍しい仕
組み。まぁ私学のお嬢様学校といえばよいだろうか。ちなみに、一つ年下の
古代さんちの次男・聖樹くんも同じ学校だ。
 家の中には、だから誰もいなかった。

 おかしいな。 母さん帰ってるはずだけど。また出かけたのかな――。
 戻り日は通知してあったはずだ。いや中学校2年生にもなって母親のお迎え
が欲しいというわけではなくて、ちょっと相談したいことがあるからって言っ
てあったのに。
とりあえず、汚れ物を洗濯機に放り込むと、スイッチをオンにして。稽古着は
後にしよう、面倒だし(それは自分で洗えといわれている)。
 机の上をふと見るとメモが置いてあった。

 『おかえり。

 急用があり、出かける――
 夜は帰れないかもしれないから、先に休んでいるように。
 洗濯物だけは、出しておいてね  葉子』


 ちぇ。
なんとなくつまらない気分になった。
合宿から家に帰る――いつもの風景。
そりゃ父さんも母さんも留守がちだし、2人の代わりに弥生さんがご飯つくり
に来てくれることだって多いけど。…でもね。合宿の話なんか、したかったん
だけどな。
 小惑星ゼータに居た頃は、母はヘビーな仕事をこなしていることはわかって
いたけれども、毎日毎晩、家に居れば必ず、その日の出来事を聞いてきた。
どんな小さなことでも、どこで何を見たかなんていうことでも。
かといって、僕が話したくないことは無理に聞こうとはしなかったけど、それ
でもいろいろなことを話した。寒ければくるみ込むようにして――それで、母
さん自身のことはあまり話さなかったけれども、どんな仕事をしているのかは
部下の兵隊さんたちからも聞けたし、その人たちの話は楽しそうに話してくれ
たし…。
 地球に帰ってきて半年。最近、急になんだか母さんが遠い人になったような
気がする。
 前と同じで、朝、出勤して夜は戻ってくる。再び古代さんの艦に乗ることに
なって、少しずつ遠征も始まるのだと聞いていた。だから時々出張に出かけた
り、ドッグに泊り込みもあるし、短い航海に出ることもある。相変わらず忙し
そうだ。時々は連邦大学にも出かけて行く。母さんそこの研究室にまだ席が
残っているなんて、知らなかったな――机はとっくに撤去されちゃったけどね、
時々情報の交換にもいくのよ、なんて言っていたっけ。

 ごろん、とソファに寝転がり、自分のために置いてあったらしいお菓子をつ
まみ、お茶を入れる気分にもならずにペットボトルから炭酸水を流し込んでい
ると。
いつの間にか少し眠ったようだった――やっぱり疲れてるんだよね。
 光の加減が変わった気がして目をこすると、2時間くらい眠った勘定だ。
夕飯の時間までにはずいぶん間がある。
――安井んとこでも行くかな。
サッカー部も今日は戻っているはずで、合宿の成果を披露しあうのも悪くない
か、そう思う。さっそく帽子をかぶり、ポシェットを持つと、家を飛び出した。




 「そー。それでさ。結構、先輩たち苦労してんでやんの」
「へー。あの済ました人がねぇ」
「女子部の数人から“憧れてましたっ”なんて言われて真っ赤になってたぞ」
「いいんじゃない?」「お前はそういうのは?」
「さすがにどーでもいい」
 いくつかの部の合同合宿中に、告白したりされたりするのは中学生の“お約
束”だ。厳しい練習と体力づくりのメニューで、夜更かしするやつはあまりい
ないが、わずかの休憩時間、そして夕食後のひと時。生徒たちにとっては、
“一緒に泊まっている”というのは、なかなか刺激的な出来事なのだろう。
毎年何組かはカップルが誕生する。
 実は大輔も、何人かから告白された口だが、「今は興味ないし」と言って
断った。はっきり言わないと傷つける――正直、それどころではない、という
気分だったから。
「ごめん、振られたばかりで、まだ…」と気弱そうに笑ってみせると(初恋の
彼女と別れたばかりだというのは、確かに知る人ぞ知るである)、女生徒たち
は、それで“胸キュン”になるらしく、それ以上の追求はなかった。ただし、人
気は相変わらず上がってしまうことになるのだが、本人には自覚なしの罪な
ヤツである。
 そんな雑談をファーストフード店で延々としたあと、ふと外を見ると、見か
けた姿が見える。
(えっ!? 母さん?)
いつもの格好ではなかったし、チラリと見えただけだけれども、
 慌てて、物も言わずに飛び出した大輔を、「お、おい…」と言って國彦が追う。
ガラス戸を開け、道を渡りきって角まで走った処で、見失ったように立ち止ま
った。
 「おい…大輔、待てよ…」
ぜいはぁ、という風情で國彦が追いつくが、おい、帽子。そう言って手渡され
るのをまだ呆然としたまま見送った。こういう時のすばしこさや瞬発力は、普
通の中学生に追いつけるものではない――まだ、抜けないんだ、癖が。
だが、地球上でいきなり猛ダッシュすると大輔自身も息が切れ、回復するの
に時間がかかった。ふたりして街角に立ち、ぜいはぁといっている姿も。
(でも――あれ、確かに母さんだ)
後姿がチラリと見えただけ。制服じゃなかった――だけど、一緒に居たのは
誰だ? べたついているようには見えなかったけれど、古代さんでも、南部
さんでも、もちろん父さんでもない人。スラリと背が高くて、母さんは警戒する
ことなく一緒にいる雰囲気で。違和感があったのはそれだからだ。
――何なんだよ…。

 父・加藤四郎は月基地にいる。
母が居れば毎週のように戻ってくる父であるが、なんだか大きなプロジェクト
が動いているのだと古代さんが言い、「済まんな」と言われただけで。帰れず
にいて――さぞかし母さんに会いたいだろうに。
僕だって会いたい。だってまだ、4月になって進級してからは、一度しか父さ
んには会っていないのだ。
 そんな留守に――母さん一途の父さんなのに。
大輔の中に、ふっと生まれた、反発だった。
 
背景画像 by 「空色地図」様

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