月のかいなに抱かれて

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【月のかいなに抱かれて】


−−A.D. 2229年
2006お題 No.21「I need you」

(1)


 息子が、恋人を連れてきた――。

 ころん、と自室のベッドに潜り込みシーツにくるまりながら。とても疲れてい
るはずなのに、眠りは簡単に訪れてくれなかった。
…だがそれは、いつものことだ。
地球へ帰ってくると、重力と空気の重さと。そんなことがすぐには馴染まなく
て、落ち着くのに少しかかる。――宇宙へ出た時はなんともないのにね。
もう長年の、長距離航行をする戦艦に乗っている自分の、習慣。

 自他共に認める、マザコン、といわれた息子。
だがこういうシチュエーションだとはいえ、一般的に想像される、普通の母親
の心境とは少し違う。――相手の女性は、まるで娘みたいな子だから。
同じ、ヤマトの子弟――幼い頃から、娘と同等にかわいがってきた相手だっ
たから。
 初恋と、その次の真剣な恋に玉砕してから、遊びまくっていたことは知って
いた。
 いい加減にしないと女の恨みで殺されても知らないわよ――そんなことを
言わずにいられないほど。
だが。
若い頃の初恋というにはあまりに真剣に愛した相手、その叔父に、何故だか
まるでそっくりに似ている息子。確かに女の目から見たら魅力的だろうと思わ
ざるを得ない。訓練校にいる女たちも、純粋な魂と、真っ直ぐ前を向いたあの
瞳に、惹かれるのだ。
――自分が、私が加藤三郎に惹かれたように、女たちはあの子に惹かれる。
命賭して、部下を守って、そして戦場を駆け抜ける。たとえ今、平和な世の中
であろうと。
 真剣に愛した若い恋を、理不尽な力で失っただいすけである。
最初は相手が――音楽という至上のものだった。彼女は今も、その使途とし
て、世界中で活躍している。それも彼が手を離したからなのだろう。
そして二番目は――宇宙に散った。
戦闘機乗りだった。彼を愛したまま、若い命を散らせたのだ。

 大丈夫なのだろうか。――あのは。
でも、私は知っているのだ。
――今度こそ。あの2人は、互いを見、互いを生涯の相手として、その命失う
まで添い続けるだろう。


 (月に、行こう――)

少し眠ったようだった。
体も頭も、短い時間だったが、疲れが取れているような気がする。
 朝の光が、窓から差し込んでいた。

 「あれ? 母さん?」
息子の声が聞こえた気がしたが、構わなかった。
とんとんと用意をすると、制服を着込む。
「どこ行くの? 休みじゃなかった?」
――行く先は同じだから先んじなくてはならない。
「ちょっと、出かけてくる」
「…って、その格好」
「うん――月まで。留守番頼むわよ」
「か、母さん――」
 彼が焦ったようだが、まだ寝起きだ。それもそうか、と思う。
出勤時間には間があった。

 余分な荷物はいらない。エアカーのスイッチを入れ、発進させる。
そうすると――なんだか少しうきうきしている自分がいた。
(?……??)
まぁいい。深く考えるより、先に。――なんだか久しぶりだな、タイガー飛ばす
のは。


 「佐々大尉っ!」彼女が現れるのはいつも突然だ。だが毎度のことながら。
「――いきなり何かと思いましたよ、よくいらっしゃいました」
早朝から出頭し、呆れ顔の上官が我に返らないうちに許可証だけ出してもら
い、またもう一通“仕事”を強引に奪取すると、付属の訓練校へ回った。
馴染みの格納庫へ飛び込み、ほとんど現役引退の憂き目に合っている以前
の愛機に飛び乗った。――コスモタイガーII、懐かしい機体だ。
 「どうされたんですか。いつものIII Θシータは?」
「艦隊が帰港したばかりでね、メンテ中だ。――ちょっと2日ほど、借りるよ」
「はいもう、整備はバッチリ」目をきょときょとさせながら、その年配の整備士
は言う。ちょっととぼけてくたびれた風体の男だが、腕は一級で、何よりも艦
載機を愛している。佐々はこの実直な親父がけっこう好きだった。
――彼女自身が整備工場によく出入りする所為もあるかもしれない。
佐々さんも好きだからねぇ……そんな話で盛り上がることもある。
 「すぐに動かせますから」「助かる」
カッカと格納庫へ入り、始動した。
「じゃぁな」「お気をつけて」

 管制から吹き上がってくるいつもの電子音が耳に心地よい。
 地上で発進するのは久しぶりだな――大丈夫だろうか? ちょっと心をそ
んな不安のかけらのようなものが過ぎる。
だが。
スタートしてみれば、すぐに。
 葉子は一陣の風になった。



 
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