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−−A.D.2207年春、地球
:お題2006-No.07
   
【プレゼント】




(1)


 「ただいま」
と扉を開けると、奥からタオルのつぶてが飛んできた。
ばほ、と顔に直撃してしまい――こんな処から狙いを外さないのはさすがと
いおうか何といおうか。
いや。――というより、こういう処が子どもっぽいんだから、この女性ひとは。
 苦笑しながら、足許に落ちたタオルのつぶてを拾い上げ、
「入っていいんだよね」と言う様は、普通の女なら首っ玉にかじりつきたくな
るほどの笑顔。困ったような顔が「母性本能をくすぐるのよ〜」と一部の部下
たち女性キャリアたちにも大人気の、加藤四郎戦闘機隊長である。
 そんな風評にも、人好きのする容姿にも惑わされない女が、ここに1人。

 「誰が、入って良いって言った――」
横を向いたまま、リビングの入り口脇に置かれた小さなデスクに向かって
設置端末の通信回線を開いたまま指を動かし続け、その画面から目も離さ
ずに言った。
「え、だめなの」
声からは感情がわからないような返事が返って、仕方ないな、と脱ぎかけ
たブーツをもう一度履きなおす。――素直に出ていった方がよいかな、と
思ったからだ。なにせ此処は彼女の、官舎いえ
ふぅと小さなため息を吐いて、また扉に手をかけた処で、
「何も、帰らなくてもいいでしょう?」という。
ふぅとまたため息をついて。
ここで怒ってしまうようでは、この女性ひとと付き合う資格はない。
振り返ると、すいと立ち上がり、初めてまっすぐに見つめてくる彼女の姿が
あった。




 相変わらず無表情で、しかもちょいと機嫌が悪そう。――でも、ちょっと
困った目をしていて。最近はそれがわかるようになっていた。
きっと、もしこのまま帰っていたら、明日は口も利いてくれなかっただろう、
ということも。
 そして、その彼女の顔を正面から見た途端、「葉子さん――ただいま」
そう言って、言葉を返される前に腕に包み込む。
――早い者勝ちだったりする。
 それよりも。そうしなければ、どうにも居られなかったから。――ただ、
愛しくて。
 「……」
息をふさいでしまうほどの強さで、思わず。その華奢にも思える体を。
何も言わなくて、ため息のような息が吐かれて、それでもこの腕の中で、
ほっこりと体が緩む感じがした。

 「ばかね……仕事の仕上げしてたの。もう少しだったから、黙って待っ
ててくれればよかったのに」
腕の中から胸に響く声。くすりと笑う気配がした。「お帰り――」
少し緩めた腕の中から、あどけないとさえいえそうな顔が見上げていた。

なんともいえない、瞳。
「愛してるよ――」
口からそんな言葉がすべり出て、返事を待たずにその唇をふさいだ。
逢えて、嬉しい――2か月ぶり。もうすれ違って今回は会えないかもしれ
ないと思った。まだ居てくれて、良かった、と。

地球に戻ると、この人に逢うことしか考えられなくなってどのくらい経つだ
ろう。
受け入れてくれて、心が結ばれて――いや心だけじゃなく。
そして辛い季節を一緒に過ごしたあの年と、そしてそれから離れ離れに
任務に就いている平和な今と。どちらが、どれだけ辛いのか。
何も約束もないまま、僕らはこうして、束の間の逢瀬をむさぼるように
過ごす――そう思っているのは、もしかして僕だけかもしれないけれど。


 
このページの背景は「Silverry moon light」様

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