lightアイコン 姿なき敵に伏して

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【姿なき敵に伏して】

−−A.D.2207年
:お題2006-No.11「ひととき」

(1)

 格納庫で佐々が、倒れた。

 ちょうど、当直に宮本とともに立っていたところ。
うずくまるように柱にもたれかかったのを見て
「どうした?」と問うと、肩を抱きしめるようにして「寒い……」と言った。
そのまま、ずるずるとその場に崩れこむ。意識が遠のいた。
 「佐々、しっかりしろ…」
駆け寄って抱き起こし頬を触ってみると、熱い。瞼を裏がえしてみると
(熱――ひどいなこれは。まさか!)
 数時間前まで、まったく元気だったのだ。宮本は、佐々を抱きかかえると柱の
緊急ボタンをコブシで殴りつけ、警報を発した。

 『格納庫! どうした』
「宮本です。艦医を、第一種防御体制で。格納庫から居住区までを閉鎖してくだ
さい」
5時間前に、哨戒で小さな漂流船の調査をしたばかり。いくらかの残存植物らし
きもの、生存者無し。
――もしかして?
艦へ戻った時に完全消毒はされるはずだが、ウィルス性のものが体内に入り込
んでいれば、発覚は遅れる。最悪の場合を、宮本は想定していた。


 『宮本、佐々の状態はどうだ』
「艦長!」古代進の声がした。『旗艦からバイオハウンドを出す。医療区へ直接
入れ。お前もだ』
「すみません。了解です」
『ほかには?』
「軽い症状らしきものを表しているのが航海班員と主計官1名、いずれも女性」
『2人も収監しろ――接触したものはとりあえず隔離。峰岸さんに任せて』
「はい、了解しました」峰岸は医療部の衛生兵である。こういったことの専門家。


 アクエリアス艦の医務室で、佐々は高い熱に苦しんでいた。
「どうだ? 何か飲むか?」宮本が脇についてまるで相棒のようにいる。
「さ、むい……痛い……」
身体の節々が痛み、熱が高いのだという。
――ふだん健康な者は、少しの病気や熱でも、相当に苦しむ。
「どこが痛いですか」艦医の佐伯の声が響いた。
「……お腹……背中も。息が、苦しい……」
脂汗を浮かべ、まっすぐ上を向いて寝られない。身体を9の字にまげているのは
相当痛むのだろう。

 ガラス張りの部屋の中、隔離空間は検査が終わるまで出られない。イサス艦
では3人だけだったので、ウイルスを媒介する可能性のある宮本のみが一緒に
搬送された。
 「どういうことですか」
「えぇ――これ、女性だけ感染うつるみたいですな」
佐伯がグラフを古代に見せながら言った。
「男は媒介する――それも体液の媒介です」
閉鎖された艦内。空気感染が最も心配されたがその心配がなくなったことでか
なりホッとした艦長である。
「だそうだ」古代が怒鳴るのに、宮本が難しい顔をして立ち上がった。
「航海班の――斉木。斉木美佐、こっちへ連れてきてもらえますか」
「なに?」
「接触感染なら、彼女も、ヤバい」
 おいおい、と古代は思った。
 今度の相手は斉木副班長かよ……。
「いやぁ、そろそろ切れ時だとお互い思ってたんですけどね、、、」
きっとキスでもしたんだろうと古代は思う。
 哨戒には宮本、佐々ともう一人若い衛生兵が行動を共にしている。
佐々以外の2人は、処置を受けて、その部屋を出された。




「女性たちはどうなるんです――」
「ひどいのは佐々だけだな……あとはたいして入り込んじゃいない。洗浄すれば
大丈夫だろう」
 感染で倒れた2人と、あとから呼び出された斉木は、たくさんの注射をされた
後、処置室に回され、開放された。
「まったくね」宮本が部屋を出ると、そこに斉木。
「最後の最後になってまぁ」ニヤリと笑う。「もうしばらく付き合う?」
そう問うと「やめとくわ――」と肩をすくめて。
「あたしより、佐々の方を心配してるような男と、これ以上付き合ってられない」
「……そんなつもりはないぞ。あいつは同志で長い付き合いだ。あいつの男から
預かってる身だからな」
ふ、と斉木は笑って。「ま、そういうことにしときましょ」
「今日はゆっくり眠れよ」「ありがと、貴方もね」
 子宮の上部にウイルスがカビのように入り込む。
男は血液から流れて出てしまうのだそうで、まだ広がってはいなかったが、患部
摘出の手術は必要かと言っていた。
佐々はまだあまり意識がはっきりしていない。
抑制剤で感染症が広がるのを防いではいるが、それも限界があり、早く処置する
に越したことはなかった。
「子ども、生めなくなったりするんですか」宮本は佐伯に問うと
「心配せんでもいい。ちょっとした粘膜の摘出だけだ。すぐに気づいて良かった
よ。お手柄だな」と言われた。
 科学技術とバイオテクノロジーの発達した現在の地球。デザリウムの侵攻によ
り、休息に身体の機能の補完は発展した。
だが――睾丸は再生できるが、子宮はできない。女性の身体はやはり複雑で、
まだ科学はそこまで追いついてはいなかった。

 ほとんど自動化され、ミクロン単位のオペレーションも危険はほとんどない。
(戦闘空域でなくてよかった)宮本は思う。
ものの20分で済んだ手術を終えた佐々は、薬ですーすーと眠っていた。
額に張り付いた髪が、いたいたしい。
白い服を着せられている肌は透き通るようだ。
――長い、付き合いだな。だが、あいつが倒れたのは……見るのは二度目か。
宮本は覗き込みながらそう思った。
一度は惑星探査のヤマトで。
敵に囚われ拷問され、古代に助けられて、高熱を出し寝込んだ。


 
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