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月の光がカーテンに映る二階の窓。子ども部屋にお邪魔して眠っている息子と、 この家の息子・・・聖樹の毛布をかけなおし、二人の寝顔を眺めて頭を優しく撫でると、 葉子はそっと微笑み、廊下に出た。
「もう、寝たか?」家主が階段を上がってきて、葉子に語りかける。
「あぁ、ぐっすりな」
答える彼女も母親の顔をして、ふと古代と顔を見合わせて笑った。
月が、きれいだな、と言って、第二の我が家という程度に勝手知ったる通路を回り、 ベランダに出た。かなり冷え込みはするが、それよりも月を見たかったのだ。
古代も黙ってついてきて、セキュリティを解除し特殊加工のガラス戸をあけてくれる。
「きれいだな……」「あぁ」
並んで月を見上げた。
東京メガロポリスのはずれにあたるこの家は、右手にその市街地のドームを望み、 反対の側には海が広がっていた。奥は築山に続いており、どこまでが家の敷地なのかわかりにくいつくり。 さほど遠くない向こうには軍基地が見えており、 常にそれが見える範囲で暮らさなければならないのは古代夫妻の立場でもある。
メガロポリス外れの士官官舎に暮らす葉子は、連れ合いの四郎もそうだが、 この家に来ると深呼吸ができるような気がした。
「・・・近くに引っ越してくればいいのに」
葉子の心中を言い当てたわけでもなさそうだが古代がそう言って、彼女は無表情のまま、
「月がきれいだ」と言った。
「・・・ヤマトの中で」「あぁ」
「クリスマスしたのって1回だけだな」唐突に彼女は言う。
戦いの艦だ。それも当たり前だろうと人は言うだろうが、 長距離航行艦というのはそれ自体が生活の場でもあり、人生そのものでもあるのだ。 人のその文化的背景によってアニバーサリーや季節行事が行なわれるのが、 この宇宙時代の通例ともいえた。
ヤマトはそんな時代に生まれた艦ではない。
地球は滅亡の危機にあり・・・日々切羽詰った中で。だが、あの時は、オクトパス星団の嵐に阻まれて、 艦そのものが足止めを食らい、そこで過ごしたクリスマスとお正月は、 隊員たちの救いにもなったのだ。
「ユキがシャンパンもどきを出してくれてね」
「そうだな」と古代も遠くを眺める目になる。
「・・・加藤(三郎)を思い出した」
並んで眺めていた柵から背を向けて葉子は少しはにかんだようにそう言った。
この女はこの歳になって、子どももいたりするくせに、こんな表情をする、 と古代は思った。それは決まって、加藤や山本や、斉藤や……あの戦いで逝ってしまった連中を思うときだった。
加藤と山本はいつも一緒にいるわけではなかったが、 あの日はなんだかいろいろ話したんだと加藤(三郎)が佐々に言ってくれたことがある。 訓練学校から一緒だった葉子には周知のことだったが、山本が歌ってくれた曲やあげた家庭のこと、 音楽のこと。
「お前ぇ、知ってたか?」
と雑談にまぎれて訊かれたのだ、あの時は。笑って頷くと、
「ちぇ」と加藤は言った。「ずりーな。あいつ、俺は孤児なんじゃねーかってけっこう心配してたんだぞ、 古代と同じに」そんな風に加藤は言っていた。月に行ってからのことだ。
「なんであんな立派な家があるのに帰らねーんだ?」と尋ねる加藤に、
「…お前、わかんねーの?」と山本は言った。
それを聞いた加藤は、そうか、そうだったな……と言ったまま、口をつぐんだっけ。 あの頃皆、同じだったのだ。地球が慕わしく、地球が懐かしく……だが地球に、 あたしたちの居場所はなかった。ヤマトの仲間たちこそ、BTの連中こそが"家族"になっていたともいえる。
だが山本も加藤も……自分の家族を愛していたし、心も結ばれていたのだと葉子は思う。 私は? …どうだったのだろう。
だが、今、手元にいるのは"自分の"家族だ。
「どうした?」
古代の声が響いた。
「……思い出す、か」ヤツはまた月を眺めた。
「お前たち、ずっと、あそこにいたんだもんな、あの頃」
あの頃……ヤマトが帰り、ヤマトが出るまでの1年間。そうして、旅立った先は、 連中の死出の旅だったのだ。
様々な場面が胸に迫って、加藤三郎の面影と、山本の姿が目に浮かび、2人はしばし言葉を無くした。 月にはほとんど共にいたはずだった。平和だが緊張し、大事な仲間と、任務のあった日々。 充実して、幸せだったはずなのに、よみがえるのはあの、緊迫し、 追われるようにただひたすら戦いながら前へ行くしかなった、二つの戦いでのヤマトの旅での、 彼らばかりなのだ。
「ユキは?」と葉子が尋ねると、下で用事をしていると言う。 多忙期間だったのを無理やり帰宅したので、少し仕事が残っていたと在宅で処理しているのだそうだ。 加藤(四郎)ももう着くだろ? と古代が問い、そろそろ着くよと佐々が答えた。
「そうか。善いクリスマスだったな」
息子の寝顔を眺めに二階へ上がり、満足そうに笑う加藤四郎は、葉子にそう言った。
リビングに下りて4人で少し乾杯したあと、夜食? いただく。腹ぺこぺこだぁ、 助かると言って残り物をパクついている。
「たいへんだったな」と古代がねぎらい、
「まぁ、よくあることさ」と加藤は答える。 「皆、クリスマス休暇で早く帰りたいから……ミスが出るのかもしれないなぁ」
「人災だろそれ」と葉子は苦笑してユキは「まぁほとんどの場合、そうよね」と同意する。
善い一年だった・・・そうね、大きな戦いもなく。誰も死ななかった、、、まぁそれは御幣があるな、 少なくとも部下たちは皆、無事だ。そう言う艦長と隊長である。
「来年はどうなるかな」古代が加藤を見てそう言い、
「俺は月にしばらく居ることになりそうだ」と言って、傍らの葉子を見た。
「・・・なるべく、帰ってきたいけどな」と古代はその二人を眺め、
「気にするな」と葉子が言う。「ユキには面倒かけるけどな」と親友を見、 彼女はこくりと頷いた。
古代のアクエリアス艦隊の戦闘機隊に葉子は所属している。外周艦隊を統べる若き司令官でもある古代進。 ますます地球への帰港頻度は下がるかもしれないと皆は承知だ。
「来年の年越しは、地上で迎えるのは無理そうだな」葉子が言い、ユキが頷いた。
「だけど、どこに行っても。帰る場所は地球よ」
そうだねと葉子が言い、そうだなと古代が言った。
帰る場所は地球ではない、君と、子どもたちの処だと、彼の胸の裡も加藤や佐々の胸の裡も同じである。
ともあれ、メリー・クリスマス。
もう一度、4人はグラスを掲げた。変わらぬ友情・・・そんな言葉がなくとも生死を共にし、 使命感を一つにする仲間である。共に苦しい戦いを乗り越え、友の、 仲間の屍を乗り越えて現在、この生の中にある。
ゆっくり休もう、翼をたたんで。また飛び立つために、だ。
年の瀬は、平和に暮れていった。
【End】
――17 Dec, 2010:07 Jan, 2011