leaf icon過去への記憶・未来の夢



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【過去への記憶・未来の夢】

−−A.D.2228年、地球
:二字熟語お題−No.26「引力」

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= Prologue =

 コンサートは半ばに達しようとしていた。
舞台の上では華やかな照明が光の渦となり、バックを努めるオーケストラとPA
のゴージャスなサウンドが体を包む。
その2階サイドのVIP席に座り、端正な横顔を見せている少年は、内心のため息
を押し殺し、改めて背筋を伸ばした。そっと、視線を眼下の客席に這わせる。
(退屈――どうせオーケストラならちゃんとクラシックの方がいいのに)
そんな言葉は表に出せない。今をときめく彼――がクラシックじゃダサすぎだろ。
白いスーツに色シャツとネクタイ。華美にならぬ程度に派手な装いは、その年
齢の少年に着こなせそうにも思えない正装だが、彼はごく自然にそれを着込んで
いる。衆目の注目を集めていることを十分に自覚しながら、イライラを外に出さ
ないよう努力していた。
音楽はとうに耳に聞こえてきていない――。あと10分ほどで休憩だ…。
 その時、すっと横に人の気配があり、空いていた座席に滑り込む男がある。
(( さとるさん、遅いよ―― ))
前を向いたまま囁き声で、だが、不機嫌にそう囁いた少年は、その気配が見知っ
たマネージャーのものでないと知り、ぎくりと肩をこわばらせた。
「――すまない。会議が長引いてしまってな――落相おちあいくんは先に行って
待っているそうだ」
 YOUゆう――現在、星間テレビでもステージでも活躍中のアイドルは、その
営業用の外面そとづらを一瞬忘れて振り仰いだ。
親父おやじ――何故?」

 出るか?
休憩に入った処で、カーテンの陰を伝って案内の人が仕切られた特別室へ案内し
てくれる。コンサート会場に座っている姿を見せるのも仕事のうちだが、これが
休憩時間にロビーへ出たりすれば、それこそSPと交通整理の必要な大騒ぎにな
るだろう。それではせっかく“応援に来た”はずの、出演者にも迷惑をかけてし
まう。
 「今日は、仲間の応援、なのだったな――」
「ちがうよ」特別ルームにしつらえたソファに向かい合って父に子は言った。
「今度、映画で一緒させてもらう先輩。会ったのは1回きりだ――同じ事務所だ
けどね」
新世紀歌手として人気抜群のグループのヴォーカル、KIKIききの陣中見舞いという
シチュエーション。これもまたプロモーション活動の一環に過ぎない。
 「車を待たせてある――ご挨拶に行くなら行ってきなさい」
業界のことがわかるわけではないが、それくらいは常識だ。
するりと立ちあがって案内を請うと、すぐに楽屋へ連れられていった。
楽屋にはマネージャーはじめ記者たちやカメラマンも入り込んで、スタッフも
ウロつくし、ぐちゃぐちゃなのはいつものこと。KIKIは着替えとメイク直しの
最中だった。
 「KIKIさん、今日はご招待ありがとうございます」
楽屋の外から声をかけるとフラッシュが飛んだ。
「あ〜っ、YOU。来てくれたの〜、どう? どう、どう? 今回の曲、素敵で
しょ?」
れっきとした男である。
バンドの人って、いまいちよくわかんねーと思うYOU。
そのYOUだってアイドル界がわかるとはいいがたかったけど。
「はい。俺、次の仕事あって行かなきゃなんなくて」(少し嘘だ)KIKIはその
まま立ち上がって扉の処へ出てきた。「あっら〜、残念。でも忙しい処来てく
れて、ありがとね」
「はい――すごく素敵でした。僕も、お仕事一緒するの、すごく楽しみです。
後半、がんばってください」
「はぁい、もちろん。君もがんばるのよー」
――内心とはまったく別の言葉がするりと口をつぐ。もう半年この業界に居て、
慣れた。
 年下、後輩は常に先輩の前では礼儀正しく。
……案外保守的なのが芸能界というところだ。それは芝居の世界でも同じだが。

 じゃ、と辞して戻ると、SPがガードする通路をすでに父は前に立っていた。
会場の特別ルートを使い、外へ出る。
黒塗りの車が出迎え、おそらく防弾仕様だろう窓と扉が開いて、するりと父はそ
こへ滑り込んだ。YOUも続いたが、父のように流れるような動作はできない。
 座った途端、携帯のベルが鳴った。
「さとるさん? どーしたの」
『ごめんごめん――ちょっとナツがトラブっちゃってさ。もう済んだから、直
接、先に回って待ってるから――車行った?』
「あぁ。今、逢ってそっち向かってるけど――それで、いいんだよね?」
急に心細そうな声になる。外見に見せているものはどうであれ、YOUはまだ
12歳。小学校を卒業してまだ間がない――少年なのだった。

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 YOU――本名・吉岡悠宇が世の中に顔を知られ急激に人気を博するようになっ
て半年ほどになる。スタートは大衆向け少年活劇SFドラマだった。
 普段は大人しい少年、だが地球を狙う異星人スペーサーが現れると変身して正義
を守るチームのリーダーとして活躍する[ミレイ]少年役に抜擢され、その華奢
で美少年ともいえる顔立ちと、相反する元気なキャラクターや俊敏な動き、正義
感の強い役のキャラが人気を博し、台本の良さもあって一躍アイドルとしてお茶
の間を騒がすようになったのだ。
 当初2クール(半年)の予定だった番組は、主役ミレイのあまりの人気に続編
が企画され、1年ものとなった。だが撮影はもう半分以上を撮り終え、ほかの仕
事も増えて一躍アイドルとなったYOUは休む暇も――学校へ行く時間もないと
いう多忙を強いられている。

 悠宇自身は、芸能界へ行きたいと望んでいたわけではないし、こうなったのも
偶然に過ぎない。だが入ってみた地球の華やかな世界は、ガニメデで楽しいまで
も単調に暮らしてきた彼にはまったく別世界だった。何よりも毎日毎日起こる出
来事の刺激に夢中になったといってもよい。
地球のある階級の贅沢な暮らしなど知らなかった世界も驚きの連続で、頑張れば
頑張るほどそれが自分のものになっていく快感は、悠宇を魅了した――だが、
半年。少し疲れてきたことも確かだ。
 きっかけはガニメデへやってきたロケ隊にスカウトされたことだった。

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背景画像 by 「Little Eden」様 

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