【君を見つめる10の御題】より

      air icon  君もまた誰かの心の番人なのだ。


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 「君もまた誰かの心の番人なのだ。」

 そう言ったのは誰だったろうか。
ふぅ、と吐いたため息が聞こえたのか、ふっと笑う気配があって、佐々葉子は体を起
こす。
「らしくねーな、どうした?」
古河大地が背後に立ったまま警戒を続けている。
――哨戒に入って2日目。さすがに少し疲れが見えてきたというところだったろうか。
「疲れたか? なら、少し休め――見張ってっから」
 大地は仲間うちでは無口だといわれていたし、また実際に、そうだった。
愛くるしいとか童顔といわれても良いような容貌の持ち主だが、そういわせないもの
が目つきにあり、顎はやはり男を主張する輪郭を描いている。
無口でコワモテ――印象をそう言い換えるのに時間はかからない。そんなやつだ。
戦闘機隊員としてはそれで良いのだろう、わりあいに一匹狼で、ツルむのは好きでは
ない。誘いをかけても三度に一度は断るというから、無愛想だとか人付き合いが悪い
といわれないのはそれなりに人望もあるのだろうと思われた。
 佐々葉子と共にある時に、そんな評判は埒外だというのは、2人だけが知っていれ
ばよいことだ。大地は饒舌になるというわけではないが、柔らかい声音で自分からよ
く言葉を吐く。

 「気にするな――そういうんじゃ、ないんだ」
苦笑して葉子は言う。
少し、思い出しただけ。
こんな時にこんな場所で――考えに浸ってる場合じゃないが。ふと、フラッシュバック
した。
『君もまた誰かの心の番人だ――』
そんなロマンティックな科白を吐いたのが、ここにいる古河大地だったことを、思い出
したからだった。

 すい、と宇宙服の上から大地の腕に触れ、少しもたれるように見上げる。
「ちょっと、思い出しただけだ――気を散らして、すまん」
いや、と大地は言い、「そう四六時中、気を張ってもいられないさ。……それに」
お前の予想だと、事が起こるのはこの先、なんだろ? と笑ってみせる。
それは不敵な、同志にだけ見せる笑顔であるが。
 「あぁ」
佐々は言葉少なに応じた。
「おそらくな――私の計算では、あと30分程度だろうな。…仕掛けたものに気付いて
から丸1日、情報収集に3時間程度。地球からの移動と拠点の確保……そろそろ、
お出ましってとこだ」
「相変わらず食えねー女だな」
大地の言は、柔らかなままだった。
「ふん。……そんな不確実な賭けに、一緒に乗ってやろうって物好きに言われたく
ないわね」
体を起こしてチャキ、と足元にあった銃器を片手に抱える。
「放っといたら危なくてしょーがねぇだろが。俺がついてなくてどうするつもりだ」
「あんたじゃなくても誰か何とかするわよ。これでも一応、中隊の隊長さんよ?」
けっ。と大地は莫迦にした息を吐く。「――あんな奴らに任せといたら、命いくらあっ
ても足りねーぜ」
あら。
と佐々は少しむっとした顔を向ける。「あたしの可愛い部下たちに文句あんの?」
古河大地は直属の部下ではない。一応、指揮権は佐々にあったが、遊軍のような
扱いで、チームを組まない限り問答無用で佐々に従う義務はないのだ。
大地は可笑しそうに言った。「ないない。ござんせん……皆、素直で言うことよく聞く
坊ちゃまばかりだ、な」
「もうっ」「優秀な、って付けて欲しいか?」
ふん、と佐々は古河の足を蹴った。
「付けてほしいわ、もちろん」
「はいはい……上官の教育が良いようで」
 ふん、ともう一度、彼女は古河の足を軽く蹴った。
もちろん本気ではない。
 部下たちは確かに優秀だ。そのうえ、厳しい上官に鍛え上げられて戦力としては
相当にアテにもなるし役に立つ。だが。
……少数で効率を上げたい時や隠密行動に――リレーションを取り、自分で考えて
動いて欲しい時。または対等に考えてくれる相手……そういった意味ではだいちを越え
る男は居ない。残念ながら――いや、幸運ラッキーなのかもしれないが。

「そろそろ、戦闘開始、かな?」
「も少し。……最後の調整といきましょうか」
最終プランを打ち合わせる。……本当に、くるのだろうか? いや、来てもらわなけ
れば困る。そうでないなら、こちらから出向くまで――とはいえ、また宇宙船を仕立
てて海賊さながらにコロニーへ突入するのは勘弁したい。
この月で、罠を張った中へ飛び込んできてくれる方が、すべてにおいてベターだ。
――そのために、周到に準備をして、呼び込む仕組みを作ったんだからね。
佐々葉子の本領発揮というところだろうか。
一網打尽にする。――殺さないように。だが証拠は揃えて…皆、断頭台送りにして
やる。
 断頭台とはまた古いな。
横にいる大地がそう言った。
うっさいわね、気分よ、気分。――本当は拘置所か流刑惑星だろう。
人の生き血を吸い、他人の不幸を栄養にして越え太った金権家たちは。いくらでも
惨めな思いをするがいい……容赦などする気はない。


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 「おう、ご苦労さま」
盛大にねぎらわれて、凱旋した2人を本部は激励した。
最終的には機動隊の1中隊が建物を囲み、全員を逮捕できて万々歳というところだ。
死者2名(敵方の下っ端らしき者が追い詰められて自刃した)、負傷者数名。――宇
宙警察との共同作業だけに、手柄はあちらへ渡したが、一部なりと清浄化するその
後の実質の方が葉子たち基地の者にはありがたい。
 「さすがだな」
「よっ、ゴールデン・コンビ!」
「まぁ汗流してこいよ」「ゆっくり休んでな」
最終突入に連れて行ってもらえなかった佐々の隊の部下どもから恨まれているのは
大地も知っていたが、だからといってこの位置を呉れてやる気は最初からない。

 「どうだ? 着替えたら一杯?」
肩を叩くと、佐々も素直に頷いた。
「――とと、司令補かとうって今夜戻ってくるんだっけ」
ううん、と葉子は首を振った。「来週になるんじゃないかな。いまごろ、古代と木星の
近くを飛んでるはずだけど?」少し表情が変わる。
 「着替えてシャワー浴びたら行くよ。いつもんとこ?」
「――が、いいか?」
いや。と彼女も首を振った。
“いつものとこ”――シャングリラとかに行けば皆が来るだろう。
「……ゆっくり、飲みたいな」 私たちだけで。
そう省略した声は届いている。
 「“ムーン”か?」
こくりと頷く。
「あそこ、辛くね?」 ううん、とかすかに首を振って。「いいんじゃない、そんな日が
あっても」
あぁ。と大地は頷いた。


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 “居酒屋ムーン”は老舗である。
老舗、といっても、ガミラスにツブされ、次に白色彗星に破壊され、復活した後さら
に水惑星アクエリアスに沈められた月。現在の施設は、元の月基地とは多少ズレ
た場所にあり、この“ムーン”は、元の場所に元のように建てられた、というだけで
最初の建物と同じというわけではない。
だが。
マスターも同じ人で――彼もまた、幸運に戦禍の時代を生き残った一人だった。
――だから。
あの時代の、月基地と。そして、今は亡きCT隊を知っている数少ない一人。

 ゆっくりと葉子が入っていくと、フロアの片隅で大地が手を上げた。
あぁ、と片手を上げて近づくと、自然にウェイターが近づき「バーボンになさいます
か」と訊く。軽く答えて葉子がロックで頼むと、席に着いてすぐにグラスが運ばれ
た。
 店のつくりは、変わらない。
あの頃、こうして地球を毎日眺め、その色が赤から青へと変化していくのを見つめ
て、飲んだくれていたのだ。……まだわずか5年。その大半が今は、亡い。
「乾杯」「かんばい…」
軽くグラスを触れ合わせて、目を見合わせると、思い思いに2人はアルコールを口
へ運んだ。ゆったりと流れる時間。束の間の充足感。
一仕事終えた充実感というのは、やはり、ある。クールといわれる2人にしても、
それは興奮するできごとであり、作戦を共にした連帯感というのは、存在している
のだ。
 ふっと一息、アルコールの妙味を味わうと、どちらからともなく作戦の高揚を口に
出す。内容を話したりはしない。だが、なんとなく無駄なことを話し合っているのも
ホッとする時間なのだった。

 「なぁ、佐々――」
「ん?」
少し酔ったかな。
珍しく目元を少しほころばせて、ソファの背に沈み込むようにしている葉子は、弛緩し
ているように見えた。――この男の前だから、なのかもしれない。警戒なく、駆け引き
も、無く。
 あの頃、目の前に見えていた基地は、現在、跡地であり建物の影は無い。かすか
に遠く見えるのが現在の月基地本部なのだ。
この居酒屋は現在、市街地の外れにあたる。場所としては不便な方になるのに、ツ
ブれずに細々と生きながらえているのは、やはり常連がいるのだろう。
 「……お前、そのままでいいのか」
「ん?」 まるで無防備に葉子は微笑んで、あどけなく大地を見返した。
「なぁにが?」「――いや」
聞いても仕方ないことだ。まぁ、2人とも考えてはいるのだろうし。
 「ねぇ」
唐突に佐々が言った。
「あんたも私の、命の番人、なのかな」
「なんだそれ。くだらねー」大地はわざとぶっきらぼうに言葉を出す。
「あれ? あんたが言ったんじゃなかったんだっけ、それ」
「俺は誰かの番犬なんてやる気はねぇっての」
「そぉ?」「そぉ!」
 違うだろ。
大地は思う。
「――“君の心の番人にならなってもいいさ”」
「え?」
「“君の心の番人になら、なっても良い”――そう、言ったんだ、俺は」
もう随分前のことだけどな……そうしたら君はこう言った。
『守ってもらう価値など、ない』と――だから俺はこう答えたんだ。
君もまた誰かの心の番人なのだ。――この場合の“誰か”は固有名詞かとうだけどな、と。
 くい、とその呆けた姿勢のまま、葉子はバーボンを飲む。
言い遅れたが、制服ではなく今夜はきちんとスカート姿で、彼女はキレイだった。
大地もラフなジャケットスタイルで、ブラウンのジーンズにブルゾンを着込んでいる。
 「命の番人、ならね」
「え?」 今度は大地が聞き返した。
「心を守ってもらう必要はないし――守るのもごめんだわ」葉子が続けてつぶやく。
「でもね、命の番人は、必要なのかもしれない……私たち。生きている理由が要るで
しょ」
「佐々――」
「ねぇ古河。――あたしは加藤を愛しているけど」
な、何を唐突に。
「……あんたの命の番人もしているつもり。」
「何をいまさら…」
だって、貴方が私の命の番人だというのは誰もが知っている。命がけの時、危険な
任務、困難な仕事。必ず共にいる――宇宙そら飛ぶ時、必ず横に居てくれる。まるで加
藤三郎の横に、いつも山本が居たように。
――だけど私も、君の命の番人でありたい。
私が居るから、あんたは生きて還らなければならないのだから――最初に、約束し
ただろ。あれはまだ有効だよ――。

 私を守って死んだあいつらのようになってはいけない。
ならないと信じるから、傍にいつもいること、許してるんだから。
ううん、居てほしいと思ってるんだから。
 心の中でだけ本音はつぶやいて、葉子はグラス越しに大地を見た。
「なぁんだよ? へんだぜ、おまえ」
照れ隠しのように大地はそう言って、「おかわり、するか?」と答えも待たずウェイタ
ーを呼んだ。「俺、グレンフィデックな。こっちはワイルドターキー。どっちもロックで」
かしこまりました、と彼が下がるのを待つように、「ありがと」と葉子の声が言った。
 なぁに言ってんだか。
 2人は静かになると、そのまままたグラスを傾ける。

 時間がゆっくりと経っていった。
今夜はもう、出撃することも緊張のうちに作戦の遂行を待つこともないのだ。
ゆっくりアルコールと夜の闇に体を浸し、また月の深夜を過ごせばよい。
 心預けられる友と、同じ時間を過ごす贅沢を。今日は味わおう――。

 西暦2206年――月基地はいつものような夜時間を迎えている。

Fin

eden clip


――A.D.2205年頃 on the Moonbase
綾乃
Count011−−16 July, 2008


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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、登場人物はすべてオリジナル・キャラクタですのでご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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