【君を見つめる10の御題】より

      air icon 君は耳を塞ぐ前に口を塞いだ。


(01) (02) (03) (04) (05) (06) (07) (08) (09) (10)




 その知らせを聞いた時に、衝撃を表情に表したのは、桂木陵の方が先だった。
通信機に手をついたまま動かない相方を見つめ、ダイニングの椅子を引き、カタンと
音を立ててそれに腰を下ろした。
振り返った相方――古河大地の顔は、実年齢以上の老人になってしまったかのよう
に見えた。
 「……大地」
ここへ来てくれ、と陵が手招く。
二人の暮らしもすでに30年近くを経て、たいがいのことは言葉に出さずとも通じるよ
うになっている。
 大地は背後から陵の横に回ると、黙ったままその肩に手を置いた。
「――お前が、落ち込むことではない。……いつかは、何か、起こると思っていた
ことが現実になっただけだ」
その手を思ったよりも強い力で陵は掴むと、彼は顔を上げた。
「――そうじゃない。……方法は、一つしかない、のだろう?」
「わかるか――」そうだな、お前だって科学者だものな。
「だから?」
 あぁ、と彼は首を振ってテーブルに伏した。
嗚咽が、伝わってきた。
「何を、泣く――」首を振ったまま、応えない。
「リョウ……どうした? ん?」
柔らかい声音で愛人の耳元に囁く。――愛人、といってももはや老境に入り、体を
つなぐことこそなくなっていたが、いまだ二人の間には温かいものが流れており、そ
れが時折熱い血流を生んだ。
リョウは目を上げて、覗き込んでいる大地の目を見つめると、首を抱き寄せ、深いキ
スをした。……どのくらいぶりだろう、と思わせるような、熱い口付けだった。
 「どう、した? リョウ。お前、ヘンだぞ?」
「いいや……へんじゃないさ」
「どうしたんだ?」
明るい目で、心配させまいと微笑む大地を見つめる陵。
――いとしい。どうして未だにこんなに愛しいのか、わからない。
離したくない、もうすべての終わりまで、此処で。穏やかに二人で旅を終えたいと
思ってきたのに。どうして宇宙の神は――やはりこいつは。俺の腕の中で一生を終
える男ではないのだろうか…。
「大地……だいち――」

 桂木陵は60代も後半に入る。だが壮健で、いくつかの関節を人工のものに変えた
以外は、内臓にも損傷なく、頭脳も明晰だ。現在は一線を退き、科学技術省の顧問の
1人として長年培ってきた研究の成果を後輩たちが引き継ぐのを見守り、また自身は
趣味の領域に入る新しい研究にも着手しつつ週に数日、同省へ通う生活をしていた。
 そして、古河大地は――。
すでに退役し、最後に奉職した防衛軍訓練学校に、時折軍事および教育顧問を務める
以外は、息子たちの経営する産業機器企業の技術顧問を務めている。さすがに戦闘
機に乗ることは無くなったとはいえ、壮健で、適量のトレーニングも欠かさない。61とい
う実年齢よりはずいぶんと若く、まだ一線気分は消えていないようにも見える。

 「どうした、陵――」
今夜は一緒に休もうか――不安定に見えた陵を気遣って、久しぶりに同衾した。
抱き合い触れ合う。まだ大地の方はその気になれば現役で女を孕ませる程度の力は
ある(だろう、おそらく)が、さすがに男同士で愛し合うのは厳しいものがあり、現在は
寝室も別だ。こうしていても触れ合うだけ、しかしそれでも満足を得られる程度には、
二人の間は深い――。
興が乗れば口付けを交わし合い、互いを慰める。
 温かいものが掌や肌そのものから伝わってきた。
髪を撫で、目元に口付けすると、陵は微かに寂しげな笑みを浮かべた。
「言いたく、ない――言えば本当になってしまうような気がするから」
「お前らしく、ないな…」
静かだが頑固な男だ。意志が強く――それが風来坊のような大地をつなぎとめて今
に至る。
 彼は珍しく大地の胸に顔を埋めて、子どものように泣いた。
「おかしいぞ? 陵――」
は、とその時、大地は体を硬くした。
「お前、もしかして――」
顔を上げたその顔は涙に濡れてはいたが、笑っていなかった。
「――わかってしまった」

crecsent icon

 背を向けてくれ、と縋るように言われて、そうした。
背中の温み。これは何ものにも替え難い――愛しい。今となっては愛している、最も
大切な男。なのに、俺は――そうか、わかってしまったのか。
 「…行く、んだろう?」
その背を通じて、声が響いてきた。大地は応えられず、ただ頷いた。
微かな動きが伝わったのか、陵は向きを変え、そのひょろ長い体躯に大地のがっしり
とした体を包み込んだ。
「――すまん……こんなこと…今さら、こんなこと。裏切りだよな」
ぎゅ、と陵の腕に力がこもる。
一瞬にして取るべき行動は目の前に見えていたが、迷っていた。当然だろう――どう
してこの誠実な男を裏切れるだろう? だが。それでも自分は…。
 「だけど――行かせてくれる、か?」
彼は答えない……だが。しばらく抱きしめていたかと思うと、急に激しい口付けをし、
体に手をかけた。
「お、おい――陵、どうしたんだ、お前、年、考えろよっ」
裸に剥かれて、それらにキスを。舌で愛撫を。手指で触れて――それはまるで若い
頃のように。ゆっくりと、大地を味わおうとしていた。

 あ……あぁっ――や、めろ……陵。どうしたっ。

ゆっくりと身体が兆す。この年になっても、か? 俺は、どうしたんだ!?

 止めることは、できない――。

 静かに、息を吐き出すように陵は言った。
そうして、また彼の体を舐め求める。抱き取り、さすり、そして、キスを。
(陵――やはり、な)
 わかってしまったのだと、思う。
そして、そして――。

 許してくれようとしているのだ。
もはやついの別れになるだろう、旅立ちを。
しかも、性急な旅立ちを――1人、お前を残していく俺を、許してくれ。
 大地の頬を、涙が一筋、伝った。

eden clip

 「独りでいるなよ?」
にこりと大地は笑って、敬礼をした。
「太一んちの離れがあるだろ? 一緒に住みたいと連絡があったぞ?」
「あぁ……少し落ち着いたらな、そうするよ」
「俺は――もう。帰って、、、こないんだから。待つな…」
「あぁ――わかっている」
 陵は近付いた。

君は耳を塞ぐ前に口を塞いだ。
 それ以上、言わせまいとでもするように。

 深い、深いキスが覆い、2人は長い間、離れなかった。
今生の別れ――おそらく、地球を離れられない彼と、宇宙の惑星で彼女めがみを守る
大地とは、再びめぐり合い、触れ合うことはもはや無いだろう。
 「行けよ――」
「あぁ」
ゆっくりと抱擁を解いて、二人は笑顔を向け合った。
(30年――ガニメデで俺が出たり入ったりしてた頃を入れると、もっとになるか。
 長いようで、短かったな――)
そうして、あの、りょう再会しであった 惑星ほしで、俺の人生も終わる。
「陵――」
柔らかな光に満ちたような桂木が、ふいにひどく愛しくなった。
「陵……愛してる。愛していた――俺の命と、体のすべてで、愛してた」
「あぁ……知ってたよ。……ありがとう、愛してくれて」
「陵――」
 違うんだ。
無表情といわれる大地の表情がふいに崩れた。
両頬を滂沱と涙が溢れ、流れた。
彼はびっくりしてその指でまなじりを拭く。
「すまん……陵。おれ、俺は――」
「オカシイぞ。子どもみたいに泣くな、いい年した爺さんが」「……そうだな」
 俺が、愛していたのだと、わかった。
だから、俺たちは素晴らしい人生を生きたのだと、そう思う。
彼女あいつを守るのは、俺が生きている理由わけそのものだから、行くけれど。
魂の半分は、此処に置いていこう――今、そう決めた。
 二人はまた、微笑み合い、抱き合って軽くキスすると、握手を交わした。
「元気でな――」
「壮健で。未緒ちゃんや佐々さんによろしく」
「あぁ。お前も」

 名残は尽きない――だが。
地球へ来たと、いや最初の頃からと同じように、ナップザック一つを肩に担ぎ、大地
は其処を後にした。
軽く手を上げると、もはや振り返らずに――。宙港へ――彼の最後の旅路と、最後
の使命が待つ場所へ、彼は歩み始める。

Fin
eden clip

――A.D.2245年頃 on the Earth
綾乃
Count015−−19 Aug, 2008


←чёрная луна 御題index  ↓connect  →新月の館annex
背景画像 by 「Little Eden」様 

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、オリジナル・キャラクタによるヤマト後の世界の短編ですので、ご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

inserted by FC2 system