【君を見つめる10の御題】より

      air icon 君の瞳、その心、やがて閉じて。


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 「なんだって!?」
強い調子で言葉を返した彼は、一瞬、その立場や威厳を周囲の人間に忘れさせた。
静かにそれを告げる白衣の白髪の男は、それでも表情を変えることなく、集まった数
人にそう告げた。「――もはや、今となっては。手遅れです」
微かに首を振る様子は、若い頃に言われたような機械的メカニカルな様子は無い。
声には深い同情が現れていた。
 「そう、ですか……」
 次に声を発したのは、加藤四郎だった。
隣の部屋をガラス越しに見やり、透明なカバーで覆われたベッドの中で意識を失った
ままチューブにつながれている連れ合いを見る。その細められた目には深い皺が刻
まれていた。
「――このうえは、一刻も早く、大気圏外そとへ出さなければなりません」
最初の男――杜裳能 学とものう まなぶはそう言うと、古代進の方をみやった。
……仰臥した女性――佐々葉子の連れ合いである加藤四郎よりも、彼の方がより
動揺しているようにも見えた。
「リエさんにもデータを見ていただいたのですが、間違いはありません。……地球が、
この環境が、彼女の体に良くない。命を縮めることとなるのです」
「…地球が」
こくりと彼は頷いた。
 なっとく、できるものか。
歳を経ても、古代進の瞳は深く澄み、髭と白髪の混じった髪、がっしりとした体つき
が貫禄を与えていたが、その彼自身を特徴づける声は変わらない。
――俺たちは、地球を愛し、この惑星ほしのために生きてきたというのに。
なんという皮肉だろう。

 もはやその想いは遥か遠くのものだったが。
 「古代――」
ふいに加藤四郎が声を上げた。
「そう、なのだろう。きっと、そうだ」
「あぁ…」古代はこぶしを握り締めた。後悔しても余りある――彼女だけを、歳を経
てからも要衝を押さえてもらうために、ガニメデ基地へ、そしてコロニーへ外惑星へ
と派遣し続けてきた。代わる者がいなかったという所為もあるし、南部や自分が本
部を仕切るようになってからは、地球から遠い場所に腹心を置くしかなかったのだ。
そしてその夫であり連れ合いである加藤四郎は、地球と月を往復して暮らしてい
る――相変わらず。
 「だから、俺には現れなかったのだな――」
「お父様……」
その場には、2人の娘である山本飛鳥も居た。
「――ゆいさんのことを考えればおわかりでしょう。あれは特殊事例かと……その推
測もあったのですが。そうではない、という可能性の方が強くなりました。ただ山本
明氏の例もありますから、男女で差があるのかもしれません…」
淡々と検査と追跡データの経過を述べる杜裳能の声が、憎らしいほどだった。
 彼は目を上げて、古代と加藤を見た。
 「おわかりでしょうが、お二人とも……」
わかりたくはなかったが、その前に告げられていた二人である。
「「あなた方は必要以上に宇宙そとへ出てはいけない。もはやそうすれば生命の保証は
できない――特に古代さん、貴方は」」と。
「宇宙線が原因かどうかは、はっきりはしていないのです。ただし、太陽/月または
地球からの距離に関係があるらしいことだけは。ですから…」
どなたも共には行けません。行けば今度は逆のことが起きる、と。
 「お父様……お母様」
飛鳥が顔を覆った。

 「ともかく、明日にでも手続きをします。受け入れ先は?」
「……おそらく住み慣れたガニメデかその周辺が良いでしょうね」
努めて平静を装いながら、加藤四郎がそう言い、「ともかく設備はあのあたりではガニ
メデが一番だし、腹心の者たちもいる。それでさらに周辺地域に落ち着き場所を探す
というのなら、それから考えても良いでしょうから…」
だが。
 こくりと杜裳能は頷いて、3人を促した。完全殺菌された隣室へ足を踏み入れるが、
透明なカバーは外すべくもない。
「では、手続きを行ないます」と言って彼は部屋を辞す。

 残された者たちは苦しい表情を見合わせた。
「私が、ついていきます。ガニメデまで往復するのはわけはありませんわ」
飛鳥がそう言い、二人は頷いた。
 だが。
 「――古代」
苦しそうに顔を上げた父を見た彼女は、軽く会釈すると部屋を出た。
あとには男たちだけが葉子の傍に残された。
 「加藤――ついの、別れになるぞ」
「言うな」
顔を背けて四郎はそうつぶやいた。「俺は……もはや引退してもよいんだ。一緒に
行って、たとえそこで多少の命が削られても…」
「莫迦。……多少、では済まないと言われたろう。それに、そんなことを佐々が望む
か?」
いや、と彼は首を振った。
 それに。
古代は言う。そばにいてほしい、と。ユキを失ない、宮本も失なわれた今、お前まで
失ないたくはないのだ、と。もはや残された同志は数少ない――時が。平和な時間
とはいえ、こんどはその時間ときそのものが、彼らの敵となりつつあった。
皆、老いる。
――そして、特異な経験を重ねた彼ら、第一世代には、予測のできなかった状況が
個々に訪れようとしていた。
 「――古代、だが。」

 加藤四郎が言葉を続けようとしたその時、佐々葉子がうっすらと目を開けた。
「葉子!」「佐々」
管をつながれたまま、微かに微笑むと、口を開こうとした。
「話すな……無理しなくて、いいから」
ううん、と顔を背けたようだった。
 「だいじょうぶ、ゆっくり、なら」
息が苦しいのか。ただ、確かに顔色は少し戻ってきていたようである。
「病気、なわけじゃないんだろ。……今朝、学さんが説明してくれた」
こくりと四郎は頷き、傍らの椅子に腰掛けた。
 するりとシーツの下から手が伸び、カバー越しに、四郎はその手を覆う。
古代はそっと目を逸らすと、静かに佐々を見やり、目線を交わすと、そっとそれを外
し、部屋を出た。

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 それからどれほどの時間ときを2人はあの薄暗い病室で過ごした のか、古代は知らない。
――シンプルに改造し、離れは下宿のようなものに改造した今の家は、古代1人となっ
てはだだっぴろく、そこに加藤を招んで共に暮らそうかとすら思った。
 聖樹は彼の跡を継ぐように外周艦隊の長として、銀河系中央域にあり、守一家は火
星にあった。ユキと暮らし、守も育った火星の家をそのまま譲ったのだ。古代自身、
時折不調を訴える身体をだましだまし任務についていたが、その誤魔化しもそろそろ
利かなくなってきたと実感している。風間や須崎あたりがうるさく言い、そろそろ孫
たちが口を挟むのだが、これで任務を失ってしまえば生きている甲斐もないような気
もするのだ。
 (ユキ――)
 数年前に逝ってしまった連れ合いを思えば、若かりし日の自分たちばかり。宇宙の
星の中で語らったあの笑顔ばかりを思い出す。

 古代は通信機に手をやると、ある番号をコールした。


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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、オリジナル・キャラクタによるヤマト後の世界の短編ですので、ご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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