【君を見つめる10のお題:より】02-06

= Epilogue =



air icon 永遠とわの始まり



(刻まれた数字)  (瞳、閉じて)  (耳より口を)  (21. 暮色)  (本編)  (epilogue)




 それから佐々葉子は、2か月を生き、静かにこの世を去った。
眠るように。

 その頃から彼女は、うつらうつらしていることも多くなり、一日の大半を書斎で過
ごすようになる。頻繁だった外出も、離れの温泉に浸かることも稀になり、時折、散
歩をする姿を見かけることもあったが、時折は寝ついた。
――美緒や大地はじめ周りの者は心配し、医師の来訪も頻繁になったが、特にどこが
悪いというわけではない。ただ
“ゆっくりと、消えて行く感じなんだ――”
そう言って笑っていた葉子である。

 その頃から大地は、葉子と同じ部屋で起居するようになっていた。
眠っている間に逝ってしまうのではないか――その心配で自身が眠りが浅くなり、
また、まるで艦内での戦時中のように彼が夜も張り番をするようになったからだ。
 「小父さま、頼むから、やめて――」
大地の老齢と疲れを心配した未緒が言い、それならと彼女みおが勧めたのである。
――今さら、であろう。
そうやって大地と14歳の未緒が、葉子を見守る日々が続いていった。


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 「……どうした、葉子」
うとうとと眠っているようでいた彼女が、微かに目を開き、傍らで見つめていた大地
に目をやった。ゆっくりと焦点が合ってくるようで、幸せそうに微笑んでいる。
「――眠いのか?」
ううん、と彼女は童女のように笑った。
「最近、目が覚めると幸せそうな顔してる――な」その大地の笑みは蕩けるようで、
葉子の胸を少し辛くした。
 「あぁ……目を閉じるとこの頃、明るい光の中に、あいつらが、居て」
明るい光? あいつら――?
「妙だな――宇宙だと思ってたんだけどな。加藤が、いた。お前の同期どももいたぞ?」
「川崎や、杉田か?」
「……あぁ。吉岡も――」
「待ってるって?」
危険な発言だと思いながら大地は、返す。彼女があまりに幸せそうなので。
 微かにかぶりを振って葉子は言った。
「――もう、釣りあわないな」
なにが、と問おうとして、加藤三郎のことだと気づく。
「……あっちは若いままで、相変わらずイイ男だし。……やっぱ、大輔に似てる」
くすりと、楽しそうに笑う。
 「――だから、わたし……は。四郎のものだ……」
「葉子――」「今さらだよ…」
うっとりとまた眠気に誘われたように、彼女は再び目を閉じたまま唇に言葉を乗せる。
「すぐ来てくれる――だから待ってる方がいい……また、逢える」
大地はぎゅ、と彼女の掌を包み込んだ。
 「――お前は来ても蹴り返すそうだ――」
「なに…?」
大地は苦笑しながらも、加藤隊長ってそういう人だったと懐かしく思い返した。
 あぁ。俺はまだあっちへなんか行ってやらない――彼女を送って、加藤や、山本さん
や、南部や、相原や、太田……皆が行ってしまってから、最後に凱旋してやるさ。
大地のその生命力は、どこからか沸いてきて、愛しい女が命を少しずつ時の中に取り
こぼしていくというのに、消える気配はなかった。

 そんな会話を何度か繰り返しただろうか。
ある日の午後。珍しく起き出して散歩に中庭を歩き、その夕刻。書斎に紅茶を運んで
いった大地が見たものは、本の間に伏したまま、動かなくなっている彼女だった。
幸せそうな笑みを浮かべて――音も無く。
 未緒を呼ばなくてはいけない――理性はそう告げたが、大地はしばらく二人だけ
で居たかった。
最初の沈黙のあと、紅茶が床に流れ、カップが飛んでしまったことさえ気づかずに。
ゆっくりと歩み寄り、その、光沢を失った頬にくちづけし、冷たくなった手を取る。
さするように温めて、抱きかかえ――彼は何を語ったのだろう。
 涙が――泣くとは思っていなかった。
涙が、静かに流れ、また流れていった。
それが彼女のケープに染みを作り、色の濃い部分が少しずつ広がっていった。
陽が陰り、時間が経ち――そうして未緒が戻ってくる時間まで、ただ二人。座して
そこにいた。求めていた瞬間が訪れ、そして死はまた二人を分かつ。
この先は、宇宙の神と、あちらで待つ仲間たちの許へ、彼女は還り――そして愛し
い者と、巡り合うのだろう。

 未緒が泣きながら、だが冷静にことを運ぶのを見守りながら、大地は心につぶやく。
(――さようなら。お前は、幸せだったか? 俺は――こんなに幸せなことは、無
かった。ありがとうよ――葉子)
 ごく僅かな間だけ、許されたその名を呼ぶ。
心の中で、神聖なものであったかのように。

 彼は彼女を見つめ続け、その欠点も、醜さも、当然知っていた。幻滅したこともあ
り、恨んだことだとてあったのだ。だが――。
(いつも俺の前に居て、戦いの中―― 一緒に戦火を潜ったな)
ともに飛び、ともに戦った。ともに敵陣を穿ったことが、何度あっただろうか。
そしてこの、最期の静かな日々――報われて余りある。

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 カチャリと扉に鍵をかけ、それを未緒の掌の中に、握らせた。
未緒は14歳になっており、これからは通っている私立学校のガニメデ本校寮へ入る
のだ。
「――ここは買い取ったからね。このままにしておく……お婆さん――葉子さんの
部屋も、そのままだし、俺のも、そうだ。葉子さんの部屋は君が使いなさい。いや、
それだけじゃなく、この家ごと、君に譲る。此処は大切な生と死のあった場所――」
 「小父さま――大切に、するわ」
涙を拭きながら、未緒はそう言った。
「忘れない、私。葉子ママのことも。小父さまのことも。古代の小父様のことも――そ
うして16になったら。あと2年経ったら私、お父様やお母様や……貴方たちの後を
継いで――この大切な星を護る人間になる」
「未緒――」

 ふいに愛しいものがこみあげて、古河大地は少女を抱きしめた。
歴史は繰り返すのか――人の体は朽ちても、想いは受け継がれ、そしていつか。宇宙
に本当の平和が訪れ、地球はその護り手の一つとなるのだろう。未来は、このたち
が、作るのだ。
 「小父様――お元気でね? 戻られるのでしょう?」
「あぁ――」
大地はゆっくりと微笑んだ。その笑顔は――たとえ60を過ぎているとはいえ、未緒
がまだ14歳の少女だとしても――とても魅力的だった。
 戻るとは思わなかった地球――だが大地は自身がまだ壮健で、当分、死にそうも
倒れそうもないと知っていた。
(何故こんなに元気なんだろうな?)
自分でも不思議だ――あれだけ痛めつけられた若い日――もっと早くにガタが来て
もよかったかもしれないのに。
一つだけ心当たりがある――もしかしたら。その所為なのかもしれなかった。
自分の体が、何度も切り刻まれ、再生させられたあの時。もはや完全に地球人のもの
だと、誰が保証できるだろう? おそらく生理年齢よりも若いといわれる細胞年齢も
然りなのだろう。
――ならば。
(また、リョウに逢えるな――)
どんな顔をして迎えてくれるだろう?
家は処分してしまっただろうから、居候の自乗になるだろうが、(桂木)太一は気にす
まい。

 いくつもの人生を貰っている気がした。

 古河大地はそうして地球へ戻り、さらに5年を暮らす。
西暦2252年/宇宙暦12年。桂木陵が没すまでのことだ。
――彼の死を看取り、墓に詣でたあと、彼の消息は失せた。
地上からも、宇宙のどこの惑星ほしからも――。だがその日、個人登録された小さな
宇宙船が出立したのが、小さな記録として残っている。
古河大地はそうして、地上から、消えた。
――白色彗星戦、最期の生き残りの一人だった。

Fin

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――A.D.2252年 in Galaxy
綾乃
Count017−−25 Aug,2008


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背景画像 by 「Little Eden」様 

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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