>YAMATO・3−Shingetsu World:三日月小箱百題2006-No.62より




- moon light sonata -


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sord clip


= 2 =



 業をにやした。
 ここまで堕ちない女、というのも珍しかったので、食事に誘ってみた。用があると断られ、 仕事の残業にかこつけて飲みに誘ってみたが、それもすり抜けられた。
 少し強引に、業務上必要といってバーに誘ったことがある。そうしてハッキリ言われたのだった。 「――管理官は私に何を、お求めですか」と。
だからハッキリ言ってやった。
「――君とねんごろになりたいだけだよ」と。彼女の答えは、
「仕事上必要な部分に限らせてください――あまりしつこいと訴えます」である。


 世間知らずといってもいいほどのまっすぐな対応で、これは絡め手には弱いと想像する。 "諦める"という言葉は彼の範疇には無かった。


 作戦を変えた――途端に、彼女は本来の闊達さを無くしたようだった。


glass clip


 事故った時に真っ先に駆けつけて救急隊に指示を飛ばした古河は、彼女を搬送し、 病院へ付き添った。――それ以前から気づいてはいたのだが、ヤツも俺と同じ立場なのかと勘ぐった。 ストーカーというやつだ。


 だが、それは勘違いだったようだ。
 佐々は古河を頼りにしているようだった。その目を見た時にカッと感情が逆立つのを 中條は感じたのだ……嫉妬、でもあったろう。――そっけない女には燃える。
当然のことだった。
 古河と佐々の関係は、長く盟友をやっていたわりには特に親しくは見えなかった。
プライヴェートで逢っている様子どころか、一緒に飲みにいくことすら稀で、しかも その時には必ずほかに人もいた。むしろ過去に何かがあって、互いの恋人なりに 誤解を招かないように避けているのかと思ったほどだ。


 だが、そうではないらしい。
 古河の片思いなのか???


sowrd clip


 美少年ともいえそうな古河の印象を裏切っているのはその目。そうして小柄な中に 鍛えられた筋肉と寡黙な雰囲気だ。――中條にはまったくソッチの趣味はないが、 にこやかに笑い、その内面を素直に出せば、どれだけの者が彼に惹かれるだろう……現に、 ソッチの男たちからは人気抜群だ。
――では、あいつは同性愛者ホモか?


 そんなことを思った矢先だった。
 佐々はその日、本部かいしゃを休んでいた。休養が必要ということで1日、 出勤不要ということになったのである。
 その日のこと。
 中條管理官は、不審な手紙に誘われ、一人その場に来ていた。
もちろんセキュリティはかけてある――30分したら、腹心の仲間がこの場にやってくることになっているし、記録ヴォイスコーダーも回っていた。


 薄暗い格納庫、間接照明で、あちこちに機材や棚の影ができる。
その影から、有無を言わさず飛んだのが、コスモガンのエネルギー波だった。
(誰だっ! 危ないじゃねーか。…だいたい、火気厳禁だろう、ここは)


glass clip


 姿を現した古河大地は、剣呑な雰囲気をまとっていた。だが殺気もなく、 最初のギラりとした一瞬の雰囲気は次の瞬間、消え、彼はただ無表情に銃をこちらに向けて立っていた。
 だが、スキというものがまったくない。
 「ふ、古河――お前、自分が何をやっているのか…」
わかっているのか、と言おうとした途端、もう一度真正面から衝撃波が飛んだ。
ひっ、と声を失い震えながら(意地もあり)見返すと、銃口は微動だにせず自分を狙っていた。 目はしっかりと据えられており、迷いのないこともわかる。
(――こいつは、キチガイだ……)
その目の光を見た時に、竦んだ。


 中條は前線へ出たことはない。こんな時代だ。軍人をやっている限り戦いと無縁では いられなかったが前線基地でも盤上の駒を動かすように仕事をこなしてきた。
戦艦に乗る機会は戦中まで無く、それで生き残ってきたともいえる。
 だが現場を恐れていたわけではない。機会がなかった――それを幸いとした部分も自分の中にある。 一通りの戦闘能力は持っていたが、それを直接人に向けてぶつけあった経験もない。 だから――こういった“戦場帰り”は苦手だった。
 「――佐々に手を出すのは……干渉するのも、やめてもらおうか」
口調はすでに、上官へのものではなかった。
(こいつ、本気だ。――)
背筋にゾッとしたものが這い上がった。
――ここで約束しなければ、こいつは本気で撃つに違いないと思った。


 そこまで大事か? 自分の進退と引き換えにしても、か?
 中條は時間が過ぎるのを待とうと思い、なんとか誤魔化そうとした。


 「時間稼ぎは無駄だぜ、おっさん」
次の瞬間、喉元にひんやりした感触があり、首を締め上げられていた。
移動したのがわからなかったほどにその動きは素早く、上半身が自由にならない。
この小柄な体に拘束されていると思うと、なんとか足掻こうとしたが、
「無駄だ。動くなっ」
という凍るような声がし、中條はなんとか声を絞り出そうとするのが精一杯だった。
 「な、何が言いたいのだ――」
「約束してもらおうか」「何を……」
「しらばっくれるな」
ぴし、という音がして、頬が痺れた。殴られたのだということに気づいて呆然とする。 中條の常識では考えられなかったのだ――部下が上官を殴るなど。しかもこうやって脅すとは。
「佐々に……手を出すな。これ以上、あいつに何かしたら、許さない」
 「――あぁもう手は出さない」
中條はだが古河を何とか見返した。「私が、約束を守るとどうしたらわかるのかね。 ……私は君をどうとでもできる立場だぞ?」
ふん、と片頬で彼は笑い、また氷のような目で見返した。
「――俺は、一度言ったら忘れない。どこへ飛ばされようと、どんな手を使おうと、 約束を守らなかったら必ず報いてやる」――それは、事実だ。
実際、こいつならやるだろう、と中條は感じた。 それに言ったほどの影響力(ちから)が中條自身にないことは自分が一番良く知っていた。 せいぜい、担当部署を外す程度だろう――だが。


 「何をしているっ」「古河っ!!」
ばらばらとそこに数人が駆け寄って後ろからヤツを取り囲み手をかけた。
古河はガンガンっ、と二人ほどを振り払い、殴り倒したが、多勢に無勢。 ようやく中條は彼の腕から自由になった。
 ふん、と埃を払うように立ち上がり、取り押さえられている古河を見下ろすと、言った。
「約束してやる――だがお前も、ただで済むとは思うなよ」
それに対して、暗い目を上げ一瞬ヤツは睨み返したが、すぐに無表情に戻った。
 「連れて行け」
「はい」「――大人しくしろ」
 手錠をかけられ、武器を取り上げられた古河。通報に構内警察が来ており、
「大丈夫ですか」と担当官に言われてあぁ、とひと息ついた。――まったく、やっかいな相手だ。


glass clip


 古河は収監された。
裁判も、証言も拒否したためだ。

 ――中條にしたところで、その経緯など説明したくもなかったので、"業務差配の逆恨み" で通した。相手も証言はしないだろうと思ったからだ。――おそらく古河の価値観は、 “佐々に迷惑をかけないこと”これが第一義だろうと思われたのだ。
 そうしてそれは間違っていなかった。


 「どうしてっ! どうして古河が禁固刑なんですかっ。あいつ、何かやったのですか!?」
それがわかった時、佐々の方がやってきて慌てたが、俺は自分の恥は言いたくなかった。
古河もそれは望まないだろう。
「――喧嘩したなら、両成敗じゃないんですか!? 何故、あいつだけが」
上官侮辱罪、というのがいまだ軍には存在する。そういう名称ではなかったが、 上下の関係を崩すことは命令系統の混乱、さらには作戦の失敗と命の危険につながることから、 事はけっして礼儀や権威だけの問題ではない。
 しかも許可されない銃器の帯同、さらにはそれを無抵抗の人間に向け、あまっさえ彼は 二発発砲していた。いくら本職とはいえ、殺人未遂罪に問われても仕方が無い。
 「発砲した、なんてよほどのことなんでしょう?――古河は冷静な男です。貴方、なにか…」
そういい募ろうとして、「まさか…」と佐々は息を呑んだ。
目が大きく見開かれ、言葉につまる。自分のことかと思ったのかもしれなかった。
 キッとキツい目が中條を射、その前の常にないうろたえた様子といい、 この女はこんなに美しかったかなと改めて思ったのである。
――彼は知らなかった。佐々が最も美しいのは、他人のために戦う時である。 恋人や好きな男のためだけではない。誰かを護って――あるいは地球を護って。そんな時、 彼女の輝きは増す――だが戦闘機乗りである。だからそれを間近に見るのは、 共に戦う男たちだけだ。戦闘機を駆り、共に敵地で白兵戦に走り、艦上で銃を撃つ仲間だけなのだ。
 その深さを最も知っている一人――それが古河大地なのである。
 中條はその一部をかいま見たのだった。


 佐々が去ったあと、中條はう〜ん、とイスに座り込んだ。
諦める気はなかった。そういった意味では一級の粘りとパワーの持ち主であった。
(だが、方法は変えねばな)


flower clip




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