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古河大地の“伝説”とでもいうものはこの時に始まったといってもよい。
結局、極刑は免れた。銃殺刑にするほどのものではないにせよ、刑事事件として扱われることはなく、 軍内部での“処理”とすることに成功したのだ。
それには古代の裏根回しが功を奏したともいえるかもしれなかった。
地球から一時的に離してしまおう――それが双方の一つの結論である。
古河は惜しまれる反面、扱いにくい一匹狼という印象を皆、持っている。 だから戦闘機乗りという商売には適当な人格であり、またその能力でもある。 平和時には粛清されかねない素材だが、古代たちが思うように“平和に見える”太陽系は、 まだ軍を解体・縮小できるような状況ではなかった。
「古河大地――元・本部第三機動部隊小隊長・大尉」
彼は前へ進み出た。
縄や手錠は打たれていない。手は拘束具で縛められていたが、彼にはもともと 逃げ出すつもりも何もなかった。ただ静かに、やけにもならず、宣告を待っていた。
彼は返事をすると、一礼をして前へ進んだ。
「――上官不服従および傷害の現行犯にて刑を執行する。――軍規定により実刑」 彼はまた頭を下げた。
「階位剥奪。これより貴君は大尉の階級を返上し、罪を償うまで無位無官とする。 ただし軍籍は抜けない。――アルファ・ケンタウリ圏サライ星において強制労働と収監。 軍務の責務も負う――任務として精勤せよ」
は、と彼は顔を上げた。
驚いたのだ。もっと重いかと。
「……期間は」
無期懲役は困る。そうしたら俺は、さらに罪を重ねるとわかっても脱走するだろうな、 と漠然と思った。
「1年――だが場合により短くなることもあり得るので、誠意努力せよ」
驚きを表に出さないように深くまた一礼をした。……短い。
実質は模範囚でいれば刑期は三分の一といわれるのが軍辺境星域での“実刑”である。
――だが、サライ星? 聞いたことが…。
「サライ星は旧政府が開拓途中で投げ出した小さな惑星だ。鉱物資源の存在が認められて 再開発に着手したが、なにぶん環境が厳しい。現在は収容惑星と、同時に開発も行なわれている」
管理官の説明は滑らかだった。
係員に両側を固められ、部屋を去ろうとした古河は、声が追いかけるのに振り返った。
「あぁ、古河隊士」(もう、大尉ではないのである)
「はい、何か」
「――罪をつぐない刑期を終了すれば、君の地位は元の最初……少尉まで戻る」
「!?」
驚きが顔に出たにちがいない。あり得ない……考えられないことだからだ。
「――君は元ヤマト乗組員に与えられた特権/義務については熟知していないようだ」 古代艦長から知らされてなかったかね?
古河は首を振った。
“ヤマトと共に戦った多くの戦士たちへの特別措置――なにがあろうとも、最終階位を 失うことはない”
――ヤマトが自沈した西暦2204年。古河はCT隊の補助指揮官・少尉だった。 ……そんなことがあるとは。――知らなかった。
それが罪人においても適用されるのか? だが、“なにがあろうとも”。
これは絶対、ということだ。
彼はその翌日、アルファ・ケンタウリに送られていった。
古代進も、佐々葉子も、それを見送りはしなかった。――ただ、どこから訊きつけたか、 宮本暁だけが、其処へ向かうカーゴを見送りに来た。
「早く戻ってこいよ。お前がいないと退屈だからな」
相変わらずの皮肉を顔に貼り付けてそう言う。
古河は言葉少なに笑って答えた。
「――帰って来れますかね。あちらで何か“事故”があっても、俺は驚きません」
実際、そうやって“始末”される可能性もあったのだ。
「大丈夫さ、今回のこれには古代の思惑も絡まってるからな」
「古代艦長が? まさか」
「――いや俺は、経緯はしらない。だが、留守は護っててやるから、とっとと戻ってこいよ」
「はい」古河は宮本が何を言おうとしたかをわかり、そうして素直に頷いた。
そのアルファ・ケンタウリでもまた彼は新たなエピソードを作ることになるのだが、 辺境でさらにその生命力の強さを発揮し、現場になじみつつ過酷な条件を生き抜いた。 だけでなく有用な仲間も得、自身についてもいろいろ考えたのではないか。
予測どおり――彼が帰還したのは4か月めに入ろうかというところで、 防衛軍に新造戦艦アクエリアスの就航が決まった頃だった。
古河大地――戦艦アクエリアスを旗艦と仰ぐ第七外周艦隊主力駆逐艦イサスの戦闘指揮補。 歴戦の戦闘機乗りで、銃撃戦・白兵戦・潜入/ゲリラ戦も得意とする。
賞罰多数――現在の階位・大尉。うち、降格3回、昇格5回。外見に拠らずその戦いぶりは容赦なく、 現場でのトラブルは何度も起こしている。
軍刑務所およびその他刑務惑星等への収監・派遣数回。
愛機・CT−IIIΣ(シグマ)、腕前・超一級。飛行時間・約8,700時間。30歳・独身。
――西暦2212年の記録である。
・・・生涯を一戦闘員として艦隊司令・古代進と戦闘員・佐々葉子の許にあった。 まるで太陽に対する月――さらにはその影のように。そしてそれは数多くの戦士たちの作った “伝説”の一つとなったのである。
【Fin】
――10−12 July, 2010
――10−12 July, 2010