>KY100・Shingetsu World:古代進&森雪百題 No.76




空は蒼、地球は碧。


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= 弐 =



 「なに? もう一度言ってみろ」
「だ・か・ら。…決まったぜ? コスモ・ゼロ型のテスパイ」
「どこのどいつ?」
 卒業を間近に控えて、4年生の中では後輩たちがどう行くかに注目していた。 戦時中に即戦力となる士官を育成するために設けられた少年宇宙戦士訓練学校生 第二期生に当たる山本明とその仲間たち。戦闘機科として此処を巣立つのは30名に満たない。
 すでに卒業が決まり、大半はバラバラに戦地に散る身だ。
 行き先が知れた途端、“所詮戦時徴集かよ…”そう自嘲する者もいないでもなく 少し前は寮内も荒れたし、後輩どもに憂さ晴らしするヤツ、脱走を企てるやつなどもいたが、 いまはもう穏やかな諦観が漂っている。
――勝ち組と負け組み…そこまであからさまではなかったが、配属先で生死が分かれるとまで いわれる自分たちには、単なる“勝ち負け”で済まない何かがしこっていた。


 戦闘機科の連中はそれでもまだマシだった。特に山本の仲間たち、矢瀧三村を中心とする 十数名のグループは。
 月基地配属。それはまずすぐに命のキケンがあるわけではない、ということを意味する。 “次世代のトップとして”――いずれ戦場に出るのはそう遠くはないに違いなかったが、 それでも研修があり現場の仕込みがある。そうして幸運なのだか不運だかはわからないが ある種“期待されている者”たち――戦艦勤務待機、と辞令が下りた十数名。 即戦力・逝って来い、でもあったが、その行く先の艦隊はさほど悪くはないのである。
 そうして山本は、そのどちらにも含まれなかった。
……何故だ? 同期の誰もがいぶかしみ、首席は無いにしてもトップ・スリーから 落ちたことのない山本が何故、と学生たちも、また教員の一部ですら首を傾げた。 配属先は、打ち捨てられたような、まだ地上にへばりついているような基地――だったからだ。 そこへは山本と、松本匠の2名。
 そうして残りは海外の“支援”へ飛ばされた――行った先が天国か地獄か……それは 行ってみなければわからない。


 それでも戦闘機科はまだマシだったろう。砲術の一部が“特別作戦”に投入され、 チームごと運び去られ(後にこれは“空間騎兵隊”の前身であると知れた)、 一部は土星基地・火星基地へ。地上に残った者はすぐさま現場への投入なのである。


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 そんな中、訓練学校に新機種が配置され、山本・三村に指令が下った。
 『デモンストレーションとファースト・テストを命ず』――である。


 どうせ“次世代用”だろうよ、俺たちの助けにはならない…。もちろんそんな気分もあるが、 俺たち「が」助けになることはできる。それは戦闘士官候補生たちの自負だろう。
 そうして。
「なぁんで俺だけ選ばれねんだよっ」
矢瀧がスネたが、「まぁそう言うな」と三村は優等生らしく宥め、
「悪りぃな、こういうセンスは俺向きだな」と山本が爽やかに言い切り、矢瀧の額の皺を深くした。
「ま、日ごろの行ないだからな、気にするな」
「おい三村、それフォローになってねぇって」矢瀧は落ち込んだ。
 親友同士、トップスリーといわれて4年間を走ってきたが、将来さきは分かれた。 三人三様――三村は月へ、矢瀧は戦艦勤務、そして山本は基地へ飛ばされる。 総合成績こそ僅差の三人ではあったが、その内実は個性的だ。
 参謀肌で知性派、だが戦闘士官らしくがっちりと体力もある矢瀧。
 細身だが切れるような冴えを見せ根っからの戦闘機乗り、だが穏やかな三村。
 見かけによらず熱血で、頭は良いくせに体が先に動く山本。
実技のシミュレーションでは、山本と三村は他を引き離す。


 矢瀧と山本は同室である。その部屋に3人、いつものようにツルんで、届けられた『極秘事項ファイル』 を開いていた。
 「う〜ん…」
ファイルを繰りながら三村が「な?」と山本を振り仰ぐ。 「こういう“新しい”ヤツってお前ぇの得意だ」
なになにと近づき覗き込む山本、その手が肩に置かれて抱え込むように背に体温を感じ、 二人は一緒にそのファイルを覗き込んだ。三村の表情が緩む。
 「おい」矢瀧がため息混じりに手を拡げた。「他人ひとの部屋でイチャつくんじゃねーぞ」
と言って、だが自席からレポートの手は止めずに二人の方を見た。三村は山本と顔を見合わせ、 「そんなんじゃねーよ」と言い、山本はやわらかな笑みを一瞬だけ見せた。
「――それのどこがイチャついてねーっての? ま、いいけどな。もうじき、別れだ」「あぁ」
と二人もそう言い、一瞬の沈黙が部屋に落ちる。
 皆、わかっているのだ。“もうじき、別れ”なのだと。


 そうして騎乗の日が来た。
 朝からセットアップされ、整備部門と教官が機体を調整する作業を見学させてもらった。
「いきなり、だがな。煩い下級生雀どもの前で、しっかり最上級生の威厳を見せ付けてやれ。 失敗なぞ許さんぞ? ん? どうだ」
横で点検をしていた国分教官と、鴨居という若い専任教官が二人に話しかける。
「どちらがいく、か」独り言のように国分がつぶやくのに、三村が口を開いた。
「――山本、お前、乗れよ」
「いいのか」誰もが乗りたいに決まっていた。だが三村は冷静だ。
「俺ぁ一発成功させる自信なんてねーさ。お前の方がいい」
それが本気でないことぐらい国分にも山本にもわかっている。
 「何を阿呆なことを」山本は皮肉に口元を歪ませると、「俺ぁどっちでもいい。どのみち、 卒業までは俺たちんだからな」
「――そうだな」と三村も返す。
 機体の下から鴨居が首を上げた。鼻の頭が少し黒くなっている。
「整備状況もバッチリですね。――なかなか優秀だ、ここの機械部門は」
「悠長なこと言ってられる時代じゃないからな。身につけた技術こそが自分の命を長らえる、 と皆わかってるのさ」
国分がそう返し、そうかもですねと鴨居が言うのを二人は聞いていた。
 「山本。そうだな、お前が行け。……此処だけのことじゃないからな」
え? と二人はその最後を聞きとがめた。
「――三村も聞け。二人が選ばれたのはそのためなのだ。……今は言えん。だが、忘れるな。 口外もするな。これも命令だ」
「国分教官――」
「何故……って訊く権利ぐらいあるかと」山本が視線に力を込めるが、 こくぶはかすかに首を振った。
「非常時だ――訊く権利は無い。私も知らせる権限を持っとらん。ともかくも、 テストパイロットが決まるまではお前たちに乗ってもらってデータを採る。その先は、 各配属にて精勤せよ。此処での訓練成果を生かし――そうして、生き残れよ」
 最後のは俺の望みだ……いや、俺だけじゃない。此処の教官全員の望みだと知ってくれ。
 送り出すしかできない教職員やスタッフたちの想いが込められていた。


 そうしてその日、山本明はその新型=コスモ・ゼロ型21を試乗し、管制塔を振り切って地上へ、 そうして宇宙そらへと飛び出して戻ったのである。


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 テストパイロットの選抜試験が行なわれる、と聞いたのはその翌日だった。 通常成績での書類選考、さらにはシミュレーションによるテスト。最後に実機試乗。 山本と三村はその試験に立ち会うことになっていた。
 「古代進、加藤三郎、吉岡英、九重隆一……か。予想どおり?」
ファイルから目を上げて三村が言い、あぁと山本がうなずいた。
「酒井と津島はいいとしてさ。なんで佐々、出てないんだ?」
「さぁなぁ…」「こんなテスパイ、飛びつくだろふつー」「どうだかなぁ…」
「おい山本」
佐々のことなら詳しいだろ。どーなんだよ、と問われて、ばっけやろぉと山本は吐き捨てた。 知るか、あんな女。
――それよりも、こいつらだな。
 ふふん、とペーパーを三村の手から取り上げて山本は悪戯めいた表情で相棒を見返した。


 「誰が、通ると思う? ん?」
三村も人悪く笑みを返す。
「――2人になるか、3人か。それによっても違うだろ」
「あぁ」
「三期は受けるだけ無駄だな」
「あ? なんでだ?」矢瀧が問い返すと、2人は意味ありげだ。「ま、すぐわからぁ」
 「――古代、進。か」
「あぁ。不思議な男だよな」三村が山本の肩から覗き込むようにペーパーを見る。
「面識、あるか?」と山本は三村に問うた。
「いや」「……だが。面白いかもしれない」
「加藤君はイくだろ、たぶん」
「あぁおそらくな。それでダメだったら首席返上だぜ、四期は」
古代君がどう出るか――それ次第だな。面白いじゃないか。
 山本も三村も、その週末が楽しみだった。


 そうして、結果が発表され、大方の予想を裏切って、飛行科の第四期首席・加藤三郎と、 なんと砲術科の第四期首席・古代進が選ばれた。
 三村と山本はやっぱりなと顔を見合わせたが、他の学生たち――特に事情を知らない 他学年にはそれは驚きで、中でも下級生にぶち抜かれた三期は…。
まぁそれもあと1週間ほどで山本たちには関係のないこととなる。


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